第130話 深界出現
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――それは、静かなる侵食であった。
世界は、音もなく蝕まれていた。
かつて〈魔の森〉と呼ばれた地――新帝国フェルマータの建設が進むその裏側で、誰もが知り得ぬ異変が確かに進行していた。
それは、魔力の逆流。
それは、世界の底から滲み出る異質な波動。
それは、深界という未知の領域からの、確かな来訪者の足音。
そして――その兆候は、ついに臨界点を迎える。
「……始まる、か」
グラン=アークの王城最上階。
蓮は城のバルコニーから、遠くを見据えていた。
その視線の先には、森の更に奥。
〈奈落域〉と呼ばれる禁断の地。
そこから、立ち上る黒い霧。
渦巻く魔力の奔流。
そして――巨大な“門”。
それは、大地そのものが裂け、天空までも歪めるような異常な存在だった。
「……あれが……“門”?」
隣に立つイリスが呟く。
彼女の蒼き竜瞳が、僅かに震えている。
普段の彼女なら決して見せない、明確な“恐怖”の色があった。
リーナが、震える声で解析結果を告げる。
「間違いないわ。魔力波形は……完全にオルフェウスと同一系統……でも、それ以上。これは……異界ではない。もっと……もっと深い場所……」
「深界……」
シャムが低く呟く。
その声は、剣士としての本能を刺激された獣のように、研ぎ澄まされている。
「“彼の座”から来る者たち……か」
蓮の脳裏に、オルフェウスが残した最後の言葉が蘇る。
それは警告であり、予告だった。
いずれ、世界の奥底から目覚め、現界する者がいると――
その時だった。
大気が、世界が、音を立てて“割れた”。
――ギィィィィィィィィン……!!
耳鳴りのような、悲鳴のような、世界そのものの断末魔。
そして――
〈深界の門〉が、完全に開いた。
「……来るぞ」
蓮が、静かに宣言した。
門から、最初に現れたものは――“影”だった。
それは黒煙のように蠢き、形を持たぬ混沌そのもの。
だが、次の瞬間――その“影”は、形を取った。
それは……異形。
この世界には存在しない、“概念”すら超越した存在。
六本の腕。
三つの顔。
翡翠と紫に輝く双眸。
そして全身から流れ出す超界の波動。
〈深界の眷属〉――
その存在は、オルフェウスすら遥かに超える“異物”だった。
「……なんだ、あれ……」
シャムが戦慄する。
戦場を幾度も潜り抜けた剣士の本能が、あれを“戦ってはいけない存在”と警告していた。
イリスが、竜としての威厳をもってそれを睨む。
「……あれは、旧き神々(アーカイヴ)に連なる者……この世界の理を超えた、“深界種”」
その時。
異形は、声を発した。
――■■■■■■■。
意味不明。
理解不能。
だが、その音が響いた瞬間。
グラン=アークの結界が、一瞬で粉砕された。
「――ッ!」
リーナが悲鳴を上げる。
シャムが即座に飛び出そうとする。
だが――それより速く。
蓮が前に出た。
「……やれやれ」
その表情は、微笑みですらあった。
だが、その瞳の奥には――かつてないほどの闘志と覚悟が宿っている。
「……だったら、やるしかないだろ?」
〈黒曜の魔剣〈カース・オブ・ナイト〉〉を抜く。
その刃に、己が全ての魔力と意思を込める。
「……俺が、この世界の“壁”になる」
次の瞬間。
蓮の周囲に、数多の魔法陣が浮かび上がった。
古代魔術。
超界術式。
召喚式。
そして――深界対抗式。
それは、蓮が異世界の技術と遺産、全てを統合して編み出した、最終の防衛魔法。
「いくぞ――」
蓮の一歩と同時に、世界が震えた。
魔力が爆発的に迸る。
空間が歪む。
世界の深層と、この地上を繋ぐ〈門〉へと、真紅の斬撃が放たれた。
「――〈黎明絶界陣〉!!」
それは――蓮という存在が、この世界に刻む“拒絶”の宣言だった。
爆音。衝撃。
そして――沈黙。
異形の姿は――そこには、無かった。
ただ。
深界の門は、未だ完全に閉じてはいない。
「……まだ、終わりじゃない」
蓮は呟く。
イリス、リーナ、シャムが彼の元に集う。
「やっぱり……来るんだな。“彼の座”から……本格的に」
「世界の深層……本当の意味で、未知の世界」
「俺たちは……それと、向き合う覚悟が必要だ」
蓮は、静かに微笑んだ。
「だったら、行くしかないだろ? 俺たちの――この世界の未来のために」
そして――
深界の出現は、これから始まる長い戦いと冒険の、ほんの序章に過ぎないことを。
彼らは、まだ知らなかった――。
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