第129話 世界の深層
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――世界は、静かに動き始めていた。
魔の森。
かつて呪われし未踏の地と恐れられたその領域は、今や新たなる希望の胎動の地と変貌を遂げつつあった。
蓮たちが〈ロード・オブ・ウィルド〉を討ち果たし、建国儀礼〈フェルマータ・グランディア〉を果たしてから、すでに数か月が経過していた。
だが、その時間は決して平穏の証ではない。
むしろ、嵐の前の静けさ――そう言った方が正しい。
その理由はただひとつ。
あの男。〈超界の漂泊者〉オルフェウスが最後に残した、あの言葉。
『……この世界は"まだ"知らない。
本当の"世界の深層"を。
いずれ来る。
彼の座より目覚める者が。』
それが意味するものを、誰ひとり正確に理解はしていなかった。
だが、それでも蓮は動いた。
動かねばならないと、本能で悟っていた。
――備えよ。
それが唯一の答えだった。
「まさか、ここまで早く……形になるとはな」
その言葉を零したのは、シャムだった。
魔の森の中心部、かつて魔源域と呼ばれた場所は、いまや急速に変貌を遂げていた。
巨大な城郭都市〈グラン=アーク〉。
蓮が〈アイテムボックス〉から取り出す異世界の素材、遺跡群から発掘した古代技術。
そして人間族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、はては竜族たちが持つ知恵と技術。
それら全てが混じり合い、わずか数か月の間に、都市国家の基盤が築かれつつあった。
中央には、蓮たちの拠点ともなる巨大な玉座の間を擁する城。
その周囲には住居区画、交易区画、訓練施設、工房、研究所――ありとあらゆる文明の礎が揃えられていく。
「物資の確保はアイテムボックス任せ。建材は森の魔獣素材と遺跡石材の融合。労働力は各種族の協力。制度は俺がテンプレぶち込みながら、イリスとリーナと相談して調整。結果……国家建設、超加速モードってわけか」
蓮が肩を竦めれば、イリスが呆れたように微笑む。
「……それでも、これほどの速度で進むとは。さすがは蓮、ね」
リーナも苦笑しつつ資料を整理する。
「制度設計も一応は形になってきたわ。『代表評議会』と『国家元首』の二重構造。各種族から代表を選出して議会を構成し、最終決定は蓮に委ねる……民主と王政の折衷型。かなりバランスはいいはずよ」
「国家名も決まったんだろ?」
「ああ。『新帝国フェルマータ』――世界に終止符ではなく、新たな旋律を奏でる帝国。あの建国儀礼の名に因んで」
蓮は、その名を噛み締めるように呟いた。
――フェルマータ。
世界の果てに生まれた、新たな国の名前。
だが。
その平和と発展の裏側で。
異変は、静かに進行していた。
それは、森のさらに深奥――かつてすら誰も近寄れなかった領域。
〈奈落域〉と呼ばれる地帯。
そこに、奇妙な反応が観測され始めた。
「蓮。これ、見て」
リーナが示したのは、魔源域から採取した魔力の流れの変動データだった。
そこには、通常ではありえない動きが記録されていた。
「……魔力が、逆流している?」
「それだけじゃないわ。完全に“外”から流れ込んでいるの。しかもこの波長……あのオルフェウスと同系統」
イリスが険しい表情を浮かべる。
「……超界の波動。異界――いや、深界の力」
その時だった。
遠方より、巨大な咆哮が響いた。
それは、世界そのものを震わせるような、異形の存在の咆哮。
シャムが剣を構える。
「……来やがったか。いよいよ、"向こう側"の住人ってわけか」
蓮は静かに立ち上がる。
「行くぞ。世界の深層……その真実を、見に行こうか」
そして。
蓮たちは知ることになる。
この世界がまだ知らぬ、本当の“世界の深層”の存在を。
それは神話でも、伝説でもなく。
紛れもない、現実そのものだった。
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