第128話 超界の漂泊者
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
――これは、遠き神代の残響。
それは語られることなく、忘れられることもなく、ただ世界の縁に在り続けた名。
その名を、古き世界は〈オルフェウス〉と呼んだ。
渡り人。超界の漂泊者。世界を超える者。
彼は、在るべきでない場所に現れ、在るはずのない知恵を語り、去り際には変革の焔を残すという。
――時は、黎明。
魔の森の最奥、建国儀礼〈フェルマータ・グランディア〉が奏でられしその瞬間。
蓮たちの前に、“門”は開かれた。
石碑は震え、空は裂け、大地は無音の咆哮を孕んだ。
そこに、彼はいた。
黒と金の外套。
銀灰の髪。
虹色に輝く瞳。
世界そのものを俯瞰するような、静かなる微笑。
名乗ることなく、名が知れ渡る存在。
「……オルフェウス、か」
蓮が、その名を呟くと。
彼は、あたかも遠き友へ挨拶するように、言葉を落とした。
「――はじめまして。“未来の創造者”よ」
彼は知っていた。
蓮の名も、歩みも、そして、この地に至る全てを。
それは神の叡智ではない。
ただ、観測の果てに積み上がった知識。
無数の世界を渡り歩いた“漂泊者”だけが持つ、超越の記録。
「……何者だ」
イリスが警戒の声をあげ、リーナが魔力を込め、シャムが剣に手を掛ける。
だが、オルフェウスは微笑むだけだった。
「私は誰でもない。私は誰にでもなり得る」
「……それは」
「渡り人の常套句さ」
彼は嘘をつかない。
同時に、真実も語らない。
彼は“語るべきもの”を語りに来たのではない。
彼は“伝えるべきもの”を置きに来たのだ。
「この地は、世界の端にして始まり。君たちは、終わりと始まりの両方を歩む者」
彼の指先が、古代石碑に触れた瞬間。
情報が、奔流となって流れ込んだ。
――超界技術
――異界通信
――創界工学
未知なる理論。
異界の叡智。
幻想の具現。
「これは……!」
イリスが目を見開き、リーナが呆然とし、シャムが呻いた。
この世界に存在しない“技術体系”が、彼の指先から解き放たれている。
だが。
オルフェウスは、こう告げる。
「この叡智は万能ではない。願いを叶える道具でもない。だが……」
彼は、蓮の瞳をまっすぐに見据えた。
「正しく用いれば、世界を変え得る力となる」
それは、彼からの“贈り物”であり、同時に“試練”でもあった。
「最後に一つだけ」
オルフェウスは静かに語った。
「この世界の〈深層〉に眠るものには、気をつけるといい」
「深層……?」
「この地はまだ“起きていない”だけだ。だが、君たちが歩むその先には――」
彼は、言葉を濁した。
それは警告か。予言か。あるいは、彼自身が越えてきた“痛み”か。
「……必要ならば、また来るとしよう」
そう言って、彼は一歩、後ろに下がった。
その瞬間、彼の姿は霧散するように消えていく。
まるで、この場に“最初から存在しなかった”かのように。
静寂が戻った。
蓮たちは、ただその場に立ち尽くしていた。
圧倒的な存在感。
異質な叡智。
残された試練。
リーナが、ぽつりと呟く。
「……何だったの、今の」
イリスが呟き返す。
「……神話だよ。あれは、きっと」
シャムが苦笑した。
「いや……神話よりタチが悪い。だって、今のは“現実”だった」
蓮は、静かに前を向いた。
オルフェウスが遺した“叡智”。
それは彼らに、新たな未来を拓く鍵となるのか。
あるいは、未曾有の混沌を呼び寄せる楔となるのか。
だが、一つだけ確かなことがある。
――物語は、さらに“その先”へ進んでいく。
それこそが、漂泊者〈オルフェウス〉が残した最大の“意味”なのだから。
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