第126話 魔源域の主
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空は昏く、風は唸り、森が呻く――。
魔の森の最奥部。
古より“魔源域”と呼ばれるその地は、空間そのものが重力を拒絶し、空気が魔力の奔流で軋む異質の領域であった。
根を這う巨木は意思を持つかのように伸縮し、地を覆う蔦は血のような紅を湛える。
ここに踏み入る者は、大地に見下ろされ、空に捕らえられる。
「これが……魔源域か」
蓮は、長衣の裾を風になびかせながら、森の中心にそびえる“黒樹”を見上げた。
黒樹――天を貫くほどの巨木。
魔力の本流がそこから溢れ出し、森全体を支配しているのだ。
だが、蓮の視線は更にその奥へと向かう。
そこに在るのは、この地を統べる王。
魔源域の主〈ロード・オブ・ウィルド〉――
「この気配……“ただの魔獣”じゃない。これは……もう、“災厄”の域だな」
イリスが呟いた。
彼女の竜の瞳が揺れている。
古代竜として数千年の時を生きてきた彼女でさえ、この存在には畏れを抱くのか。
「魔力密度……通常の百倍以上。それに、あれ、見て……」
リーナが指差す先。
黒樹の根元――そこに、巨大な影があった。
四肢は岩山の如く、漆黒の体表には魔核石のような輝きが浮かぶ。
頭部は獅子を思わせ、その背からは六枚の翼が光を吸収するかのように羽ばたいている。
獣の名は失われた。
だが、異界からの召喚によってこの地に生まれ、森そのものの意志と融合した存在――。
それが、“ロード・オブ・ウィルド”。
「来るよ……!」
リーナの警告と同時に、大気が弾けた。
黒い王が咆哮する。
その瞬間、大地が揺れ、重力が一変した。
蓮たちは瞬時に構える。
イリスは竜の姿へと変貌し、シャムは一歩前に出て、影を纏いながら言った。
「こいつが、この森の“心臓”だ。ここを越えなきゃ、建国なんて夢のまた夢――」
「なら、ぶち破るだけだ」
蓮は左手に魔導環〈アーク・ギア〉を展開し、右手に“虚無の剣”を召喚した。
深黒の剣は静かに共鳴し、彼の意志に応えるように震える。
「総員、準備はいいか!」
「当然だ」
シャムが刃を構える。
「遅れないようにねっ!」
リーナが弓に魔力を込める。
「全力でいくよ、蓮……」
イリスが空に舞い上がる。
そして――
「攻撃開始ッ!!」
戦端が開かれた。
初撃はイリスの咆哮。
空間を裂くような音波が魔源域に鳴り響き、ロード・オブ・ウィルドの翼を砕かんとする。
だが、それは風に溶ける霧のように分解された。
「効かないのか!?」
「いや……効いてる。けど、再生してやがる!」
リーナが視認した。魔核が自己修復しているのだ。
つまり、この魔獣は“魔源”そのものであり、破壊しても“源”から再生される。
「なら、その源ごと、断ち切るしかないってことか……!」
蓮が突撃する。
虚無の剣が振るわれ、空間を裂く。
魔獣の前足がそれを迎え撃ち、衝突の衝撃で地面が反転するほどの余波が発生した。
「ぐっ……!」
衝撃に耐えながら、蓮は“鍵”を解放した。
〈異界継承〉。
蓮の体内で異界の力が奔流する。
全身の血管が青く輝き、虚無の剣が第二形態へと変化した。
「“虚無共鳴”……行くぞ、イリス!」
「うんっ!」
空からイリスが炎を纏って突撃し、地上からは蓮が斬り込む。
二つの攻撃が交差し、ロード・オブ・ウィルドの胸部へと叩き込まれた。
轟音。爆光。
世界が一瞬、白く塗り潰された。
煙の中から現れたのは、傷ついた黒の王だった。
再生が追いつかない。
「今だ!リーナ、シャム、援護!」
「光よ、貫け!――《煌矢》!」
「影よ、呑み込め――《黒刃・夜葬》!」
矢と刃が魔獣の足を縫い止める。
その瞬間、蓮は跳躍し、宙から心臓部を狙った。
「――これで終わらせる!!」
異界の力が剣に収束する。
世界の理すらも否定する一撃――《無の断罪》。
剣が突き刺さる。
魔源が悲鳴を上げる。
魔源域そのものが、揺れた。
戦いが終わったとき、森は静かだった。
黒樹は沈黙し、大地の魔力は落ち着いていた。
魔源域の主――ロード・オブ・ウィルドは、完全に消滅した。
「……終わったな」
蓮が膝をつき、空を仰ぐ。
イリスがそっと寄り添い、リーナとシャムが無事を確認し合う。
「これで、“この地”は自由になったんだね……」
「いや、これからだ」
蓮は立ち上がり、目を細める。
「ここを、“国”にするんだ。俺たちの、新しい未来のために」
誰もが、その言葉に頷いた。
魔の森は、ついにその支配者を失った。
これから、この地は蓮たちの手で――“理想”の国へと変わっていく。
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