第118話 虚無を継ぐ者
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〈ネメシス・パラディウム〉──それは、世界の理さえ呑み込む“虚無”の神域だった。
踏み入れた瞬間、蓮たちを包んだのは、音も光も色彩さえ消え去った、ただただ白き虚無。
「……ここが、異界召喚術の……原初領域」
イリスが呟いたその声音だけが、唯一の存在証明。
だが、その静寂を破ったのは──
『汝ら、虚無に至りし者たちよ』
全方位から響く、声なき声。
『この先は、“選ばれし者”のみが進むを許される』
次の瞬間──
蓮の目の前に、光の環が浮かび上がった。
否。
それは──イリスの頭上に浮かぶ、選定の印。
「イリス……おまえが、“後継者”……だと?」
蓮の問いに、イリスは微笑んだ。
「……蓮。わたし、たぶん……思い出した」
彼女の瞳に宿る、かつての断片──
”異界召喚術”との、あまりにも深い縁。
ここに至り、イリスは告げる。
「わたしは──“異界の鍵”を継ぐ者」
そして始まる。
異界召喚術の真髄──虚無との共鳴〈ネメシス・レゾナンス〉。
それは、人と異界を繋ぐ“最後の継承儀式”であった。
──虚無の深淵。
音すら死滅した暗黒に、ただ二つの存在だけが佇んでいた。
蓮と──イリス。
異界終宮〈ネメシス・パラディウム〉の最深部。
そこに存在するのは、あらゆる召喚術の原初たる存在〈虚無核〉。
そして、そのコアが選んだ継承者〈サクセサー〉は──他でもない、イリスだった。
「……イリス」
蓮は静かに、彼女の名を呼ぶ。
だが──その声に、イリスはわずかに首を横に振った。
「蓮……来ないで。これ以上、近付いたら──私は、あなたを……」
イリスの両の掌が、微かに震えている。
彼女の周囲を取り巻く〈虚無共鳴〉の波動は、次第に異様なものへと変貌しつつあった。
まるで──蓮そのものを拒絶するように。
「……試練か」
蓮は理解した。
これは──〈ネメシス・コア〉による最終試練。
〈虚無核〉を継ぐ者に課される「孤独と対峙する儀式」。
「──お前に、それを乗り越えろって言うのか。こんな、救いの無い形で」
だが、蓮は──笑った。
皮肉でも、自嘲でもない。
そこに宿るのは、確かな信頼だ。
「だったら俺のやることは、一つだろうが」
彼は一歩、踏み出す。
虚無の波動が刃となり、蓮を切り裂こうとする。
意識すら飲み込もうとする。だが──それでも。
「お前が、誰かを拒絶して生きていくなんて。そんな未来、クソ食らえだ」
蓮は、イリスの目の前まで歩み寄り──その額に、そっと自分の額を重ねた。
「お前は、独りなんかじゃない。絶対にな」
──瞬間。
「……っ!」
イリスの瞳に、光が戻る。
虚無の波動が、その場で爆ぜるように消失した。
やがて、ぽろりと──彼女の頬を伝う涙。
「蓮……うん……私、忘れかけてた……。誰かと、繋がってることの温かさを……」
蓮は、にかっと笑った。
「だったら思い出せ。何度でも。俺が、何度でも思い出させてやる」
その言葉と共に──イリスの胸元に、淡い輝きが宿る。
それは〈ネメシス・コア〉そのもの──虚無を統べ、異界召喚術の原初を司る、真なる力の継承。
その瞬間──異界終宮〈ネメシス・パラディウム〉全域に、優しい光が降り注ぎはじめた。
「……やったな」
背後から、リーナとシャムが駆け寄ってくる。
二人とも、涙と笑顔を浮かべながら。
「イリス……ほんとに……ほんとに無事で……!」
「さすが我らがリーダーと……我らがツンデレ姫」
「ツンデレ言うな!」
そんな掛け合いさえ、愛おしく思えた。
だが──次の瞬間。
異界終宮〈ネメシス・パラディウム〉の天蓋から、機械的な音声が響き渡る。
《──継承完了。異界召喚術、最終制御権限、確立》
《問う。汝らは、異界の未来に──何を望む?》
蓮とイリスは、静かに視線を交わす。
まだ、終わりではない。
いや──ここからが本当の始まりなのだ。
異界召喚術の「原初」すら超えた、その先の未来へ。
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