第112話 セラフィアの記録
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――静寂の果てに、それは起動した。
帝国中枢〈至聖書庫〉最深部。制御核〈叡智の輪〉。
無数の魔導刻印が空中に浮かび上がり、幾重にも編まれた光の輪が回転を始める。まるで宇宙そのものが螺旋を描いているかのように。
音はない。
振動もない。
ただ――世界そのものが一つの心臓を持ち、脈打つかのような感覚だけが蓮たちを包んでいた。
倒れ伏す〈智骸の管理者〉の残骸を背後に、蓮はゆっくりと歩を進める。
「始まった……」
リーナが震える声で呟いた。
膨大すぎる情報圧が、この空間を支配している。
通常の知覚では捉えきれない、古代知識と異界技術の奔流。
「これが……セラフィアの“記録”か……」
イリスが息を呑む。
そして、セラフィアが語り始めた。
『――認証完了。帝国制御コード、不完全承認』
『外部存在による干渉確認。限定的アクセス権限を付与』
無機質な声が、空間全体に響く。
次の瞬間、蓮たちの前に“映像”が出現した。
それは、かつて存在した帝国の記録。
古代帝国ヴェルディア――繁栄と滅びの物語。
始まりは遠い昔。
古代帝国ヴェルディアは、異界への扉を開いた。
目的はただ一つ。
異界の叡智と力を取り込み、永遠の繁栄を築くこと。
異界召喚術の原初は、単なる禁忌の技術ではなかった。
むしろ、帝国の正統な国家事業であり、多くの学者や魔導師がその研究に従事していた。
――だが、異界は応えた。
欲望に塗れた人間たちに与えられたのは、力ではなく、呪いだった。
侵蝕。
異界因子の拡散。
召喚事故。
次元の歪み。
精神汚染。
異界技術によって作り出された“兵器”や“存在”は、制御不能となり、帝国の各地で暴走した。
〈異界の獣〉
〈旧帝国の影〉
〈断罪の異端者〉
人が異界に手を伸ばしたその報いは、帝国そのものを焼き尽くす業火だった。
『……我らは失敗した』
映像の中、帝国最後の皇帝と思われる人物が語る。
『異界の知識は、人の手に余る。制御は不可能ではない。だが、その代償は常に“存在そのもの”に及ぶ。帝国は、その法則に抗おうとし、敗北した』
そこにあったのは、悔恨と諦念。
だが同時に――
『未来の探求者たちよ。我らの失敗を、ただ呪いと呼ぶな』
『異界は恐怖ではない。未知とは、必ずしも敵ではない』
『真の叡智とは、対話にあり。観測にあり。理解にこそ、道は開かれる』
『セラフィアを開いた者よ。汝の名は――?』
その問いかけに、蓮は一歩前に出る。
「……蓮。世界を旅する者。異界と、この世界の真実を求める者だ」
次の瞬間――
セラフィアが“応えた”。
『――ようこそ、探求者よ』
光の輪が再び回転を加速させ、巨大な情報構造が展開される。
『帝国最後の記録を汝に授けよう』
『これは、異界召喚術の“本質”に至る扉』
『そして、古代帝国の滅びの中でなお、未来へと託された希望』
無数の魔導図式。
異界構造論。
世界法則の相互作用。
召喚陣と門の理論。
そのすべてが、蓮たちの眼前に広がった。
「これが……」
リーナが言葉を失う。
「……ヤバすぎるレベルの情報だね、これ」
シャムが冷や汗を流す。
「世界そのものの、裏側……」
イリスが呆然と呟いた。
だが、蓮は静かに目を細める。
「――まだ、終わってない」
彼は気づいていた。
このセラフィアの記録の奥底に、さらに深い“何か”があることを。
それは、ただの知識ではない。
“存在そのもの”に関わる、核心。
すると、セラフィアが最後に語る。
『……蓮。探求者よ』
『汝がこの記録に至りし時――次に待つは、〈至聖書庫〉最奥への道』
『そこに在るは、古代帝国が最後に封じた“異界との門”』
『汝が進むならば、その扉は開かれるであろう』
静寂が戻る。
だが、蓮の胸には確信があった。
これは、帝国と異界を巡る物語の、ほんの序章にすぎない。
(待ってろよ……)
(帝国の真実。異界召喚の本質。そして――この世界の秘密)
(全部、暴いてやる)
こうして、蓮たちは知る。
異界召喚術の起源と、古代帝国の滅び。
そして次なる目的地――
帝国最奥の禁忌領域。
〈異界門域〉
その扉が、静かに、彼らを待っていた。
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