第111話 セラフィア起動
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
……静寂が、あった。
それはまるで、帝国中枢〈至聖書庫〉最深――制御核〈叡智の輪〉が存在する空間だけが、時の流れから隔絶されているかのようだった。
蓮たちはそこに立っていた。
重厚なアーチ状の天井。宙に浮かぶ無数の魔導刻印。その中央、荘厳で異質な存在感を放つ、巨大な輪――
それこそが、帝国が数百年にわたって秘匿し、護り続けてきた〈叡智の輪〉――セラフィア。
「……これが、セラフィア……」
イリスが呟く。
微かに震える声。
戦士である彼女ですら、その場に存在するだけで身体の芯が凍りつくような圧力がある。
「何か、感じる……。これは、知識……? いや、記憶の集積……?」
リーナが目を細め、周囲の魔力の流れを読み取っていた。
「まるで、この場所そのものが“知っている”みたいだね。世界のすべてを」
そう語るシャムの声も、どこか掠れていた。
――静。
ただそこに「在る」だけで、精神を圧する存在。
それが〈叡智の輪〉だった。
しかし、その静寂は――破られる。
低く、響く音。
警告のように、あるいは宣告のように。
『……外部存在、確認。侵入者、排除を開始する』
それは声というより、意識そのものに響く情報だった。
蓮たちの目前に――「それ」は立っていた。
骸骨に似た機械構造体。
半有機的な魔導フレームに、無数の呪装符と浮遊する魔核。
両腕はまるで刃のように長く、頭部は歪な仮面に覆われている。
帝国最深の守護者。
〈智骸の管理者〉
「……来たか」
蓮は、一歩前に出る。剣を抜く音が、空間にやけに響いた。
「動かないとでも思ったか。セラフィアの起動には、こんな連中が“当然”いる」
「理解。排除行動、開始」
その瞬間――
静が、爆ぜた。
「来るぞ!!」
鋼の爪が閃き、殺到する。
質量と速度が融合した攻撃。
その初撃を、蓮は間一髪で受け止めた。
衝撃が腕を痺れさせる。
間近で見たライブラ・ネクロスの機構は異様だった。
再生と変形を繰り返し、まるで戦闘の中で進化していくかのよう。
それはまさしく、“動”の権化だった。
「イリス、リーナ! 一気に行くぞ!」
「了解!」
「援護する!」
イリスが双剣を翻し、リーナが魔術を詠唱する。
シャムは高速展開する魔術障壁で支援に回った。
だが――
「!?」
蓮たちの攻撃が、ことごとく「読まれて」いく。
無駄がない。
迷いがない。
すべての行動が最短最速で、彼らの動きを封じていく。
「こいつ……戦いながら学習してやがる……!」
そう。ライブラ・ネクロスは〈至聖書庫〉の管理者であると同時に、戦闘記録と知識を蓄積し続けた「進化する番人」だった。
戦場は加速する。
火花。
爆発。
衝撃音。
幾度も攻防が交錯し、空間そのものが軋む。
そして、動の極致の中で――蓮は気づく。
〈叡智の輪〉は、ただ静かにそこに在る。
何があろうとも、その存在は揺るがない。
(……静と動。こいつは“動”に囚われすぎてる)
だからこそ、打ち破る術はある。
「リーナ! 干渉コードを用意しろ! セラフィアの中枢に“静的干渉”を叩き込む!」
「なるほど……了解!」
リーナの魔導端末が閃光を放つ。
シャムが防御と補助を最大出力に。
イリスがライブラ・ネクロスの意識を引き付け、蓮は突き進む。
「――セラフィア!」
その名を、蓮は叫ぶ。
「我らがここに至ったのは、“知”への渇望ゆえ! その扉、開かれよ!」
干渉コードが撃ち込まれた瞬間――
〈静〉が、世界を包んだ。
音が、消えた。
戦闘音すら、ライブラ・ネクロスの駆動音すら、すべてが遠ざかっていく。
セラフィアが、目覚めたのだ。
『……認証確認。存在承認。干渉コード、有効』
『至聖制御中枢、起動』
青白い光が輪からあふれ、空間を支配していく。
ライブラ・ネクロスの動きが鈍った。
その身体の一部が、静的制御によって固定されつつある。
「イリス!」
「任せろ!!」
イリスの双剣が閃く。
ライブラ・ネクロスの機構部を断ち切り、その巨体が崩れ落ちる。
蓮は、静かに告げた。
「……これが、セラフィアの“静”か」
制御核〈叡智の輪〉は完全に起動した。
光の輪は緩やかに回転し、その中心に仄かな像を結ぶ。
それは――人の形。
いや、意識の投影か。
『ようこそ。叡智の継承者たちよ』
その声は、静かにして圧倒的だった。
ここからが、本当の“核心”――帝国の禁忌、そのすべてが眠る場所だ。
蓮たちは、ついにその扉を開いたのだった。
――音が、消えた。
爆発も、衝撃も、金属の悲鳴も。
すべてが、まるで深い湖の底に沈んだように、遠ざかる。
静寂だけが支配する空間。
いや――違う。
これは、単なる「静か」ではない。
情報の遮断。
運動エネルギーの停止。
物理法則すら捻じ曲げる、“絶対静寂領域”。
「これが……セラフィアの防御機構……!」
リーナが呆然と呟く。
世界そのものを“静”に巻き込む領域。
その中心に、ただ在り続ける〈叡智の輪〉。
「……これは……時間停止に近い現象。いや、もっと根源的だ」
シャムが震える声で分析する。
「世界の“動き”そのものを遮断する……。これが帝国の奥義か……!」
だが――
ひとり、その“静寂”を破って動くものがあった。
〈智骸の管理者〉――!
「ちっ、こいつは……セラフィアと同調して動いてやがる!」
通常の法則では止まるはずの存在が、セラフィアの中枢制御と直結することで、“静”の中を自在に動く。
もはやこの空間で動けるのは、セラフィアの許可を得た存在だけ。
ならば――
「だったら俺も――そこに手をかけるまでだ!」
蓮は吠えた。
干渉コードが、セラフィアのコアに深く突き刺さる。
激しく脈動する魔力と情報流。
それは精神への暴力に等しい。
あらゆる知識。
記録。
歴史。
帝国が積み上げてきた膨大な叡智が、洪水のように蓮の意識に流れ込んでくる。
「ぐっ……!!」
しかし、蓮は牙を食いしばる。
(ここで止まれるかよ……!)
仲間たちの想い。
この世界の秘密を知るための戦い。
――そのすべてが、ここに繋がっている。
ならば、自らを“静”に繋ぎ、“動”から外れることでしか――この守護者は超えられない。
(静と動。外と内。速と遅。陽と陰。破壊と創造――)
その境界線に、俺は立つ。
「――イリス、リーナ、シャム! 最後の一撃、行くぞ!」
蓮の声が、静寂の中で響いた。
まるで、その声だけが“許された動”であるかのように。
イリスの双剣が、リーナの魔導式が、シャムの術式が、一斉にライブラ・ネクロスに襲いかかる。
そして蓮自身は――セラフィアの力を一瞬だけ“借りた”状態で、空間そのものを斬り裂く。
「――抜刀・静破!」
空間を越える一撃。
〈智骸の管理者〉が、断たれた。
その巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
まるで“静かに眠る”かのように。
そして――
『――外部干渉、認証完了』
『〈叡智の輪〉――起動開始』
巨大な輪が、静かに、しかし確実に回転を始めた。
何千年と眠り続けていた世界の心臓が、再び鼓動を打つかのように。
世界の秘密は、今――開かれようとしていた。
「これが……帝国の叡智……」
イリスが呟き、
「見えてきたね。全ての核心が」
シャムが目を細め、
「行こう。まだ先がある」
リーナが静かに言う。
蓮はゆっくりと歩を進めた。
その先には、真実がある。
――そして、さらなる戦いが、待っている。
ブックマーク・評価・いいね、出来れば感想とレビューをお願いします!
モチベーション向上のため、よろしくお願いします!!




