第108話 帝国中枢〈至聖書庫〉への道
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帝都——〈赤灯の裏通り〉からさらに南へ。
その領域は〈皇帝直轄領〉と呼ばれ、一般人の立ち入りが厳しく制限されている。
そこに存在するとされる、帝国最大最深の機密区画——〈至聖書庫〉。
異界召喚術の原典。
帝国が秘匿する最大の禁書。
そして——蓮たちが求める、真実への扉。
それは同時に、帝国権力の象徴であり、最も侵すべからざる聖域だった。
「……潜入作戦か」
古びた倉庫の一角。地図と資料を広げ、蓮たちは次なる行動を検討していた。
「〈皇帝直轄領〉への侵入は並大抵じゃない。帝都の中でも軍の支配力が最も強いエリアだ。監視、結界、兵力……全てが桁違い」
シャムが淡々と説明する。
「普通に突っ込めば、まず生きては帰れない」
「わかってる」
蓮は地図を指でなぞりながら、静かに呟いた。
「だからこそ——抜け道を探す」
『蜘蛛の巣』に記されていた断片的な情報。
かつて帝国の暗部で活動していた密偵たちは、この〈皇帝直轄領〉に潜入するための幾つかの“非公式ルート”を確保していた。
そのひとつが——古代地下道〈ナグ=シュルート〉。
「……帝都建設以前から存在する遺跡の断片か。帝国の地下にはまだこんなものが眠ってるとはな」
シャムが感心したように漏らす。
「しかも……この地下道は、〈至聖書庫〉のすぐ近くまで通じている可能性が高い」
イリスがそう断言するのには理由があった。
『蜘蛛の巣』の中には、〈ナグ=シュルート〉に関する複数の符号化された地図と、その一部区画への接続ルートが示されていたからだ。
「問題は……入口か」
リーナが唸る。
「地下道の入り口は、帝都南部の貴族街にある旧館跡地。今は帝国軍が立ち入り禁止区域として管理している。つまり——」
「そこに潜り込むしかないってわけだな」
蓮が小さく笑った。
「上等だ」
そして——夜。
彼らは行動を開始する。
黒衣に身を包み、闇に溶ける蓮たち。
目指すは帝都南部——貴族街外縁。
そこに存在する、一見廃墟と化した旧館——〈ヴァルナス邸跡〉。
かつて帝国の異端研究に関わった貴族の屋敷跡であり、事件の後、軍によって封鎖された場所。
「監視は……三人。巡回が一組」
シャムの声は静かだった。
「やるぞ」
蓮が一歩踏み出す。
〈ヴァルナス邸跡〉周辺は、帝都の中でも異質な空気を纏っていた。
瓦礫と枯れ果てた庭園。
ひび割れた噴水。
苔むした石造りの門柱。
「妙ね……結界の痕跡がある」
イリスが指摘する。
「でも、これは……外への封印。内部から何かが出ないようにしている」
「つまり……中に“何か”がいるってことか」
リーナが顔をしかめる。
「……来るぞ」
蓮の殺気が、一瞬で辺りを切り裂く。
ゴゴゴゴ……ッ
地下から——何かが蠢く音。
「“監視者”か……!」
それは——
古代の魔術によって生み出された、異形の存在。
《鉄鎖の番犬》。
全身を鎖と鉄片で覆われた獣型の魔像。
帝国の古代防衛兵器のひとつであり、侵入者を排除するためだけに作られた存在。
「問答無用ってわけか……!」
蓮が踏み込む。
激突——。
鎖が唸り、牙が閃く。
だが——それを超える速度と精度で、蓮の斬撃が空間を断ち切る。
「——邪魔だ」
疾風の一閃。
アイアン・ハウンドの頭部が跳ね飛び、鉄屑となって崩れ落ちる。
「数は多くない……だが、時間はかけられないわ」
イリスの声に頷き、蓮たちは内部へと突入する。
地下への通路は、朽ちた石段の奥。
その先に待つは——
古代地下道〈ナグ=シュルート〉。
黒き迷宮。
帝都の地下深く、歴史の裏に葬られた道。
「ここから先は……未知の領域だ」
蓮は刀を握り直し、呟く。
「行くぞ。〈至聖書庫〉は——この先にある」
帝国地下——古代地下道〈ナグ=シュルート〉。
石と鉄と、闇と時間に呑まれた空間。
湿った空気が肺を刺し、無数の古代文字が崩れた壁面に刻まれている。
「……これは、異界語?」
イリスが眉をひそめ、壁面の刻印を指でなぞる。
「古いな。帝国語に転写される前の原初文字……。これ、〈異界召喚術〉と直接関係があるわ」
蓮は周囲を警戒しながらも、確かな手応えを感じていた。
この道は確かに〈至聖書庫〉へ繋がっている。
だが——それは同時に、帝国が守ろうとする“理由”そのものと繋がっていることを意味する。
「……足音」
シャムが低く警告する。
「複数、しかも軽い」
リーナが即座に身構えた。
そして——闇の先から現れた影。
それは人間の形をしていながら、明らかに異質だった。
「自動人形か……?」
シャムが目を細める。
否——違う。
イリスが震える声で告げた。
「——あれ、“旧帝国の影”よ」
“旧帝国の影”——かつて帝国が異界技術を用いて生み出した兵器群。
肉体と魔術回路を融合させ、不死に近い戦闘能力を与えられた存在。
人でも魔像でもない、異形の兵士。
「つまり……あれが、この道を守る“鍵”ってわけか」
蓮は静かに刀を抜いた。
「やるしかねえな」
戦闘開始。
影の兵士たちは異様な速度で襲いかかってくる。
その身は腐蝕し、歪み、もはや生者のそれではない。
しかし——動きは鋭い。訓練された兵士のそれに近い。
「イリス、援護!」
「了解!」
魔術の光が奔り、シャムとリーナが左右から挟み込む。
蓮は真正面から突貫し、影兵の一体を瞬時に斬り伏せた。
「まだ来るぞ……!」
次々と湧き出す影。
だが——蓮たちは止まらない。
この道の先に〈至聖書庫〉がある限り——。
数分後。
血と鉄と、古代技術の残骸だけが残された空間。
蓮たちは荒い息を整えながら、さらに奥へと進む。
そして——辿り着いた。
巨大な石扉。
中央に帝国の古紋と、異界文字による封印術式が刻まれた門。
「……ここか」
イリスが息を呑む。
「間違いない。この先が——〈至聖書庫〉」
シャムも無言で頷く。
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