第107話 蜘蛛の巣に記されたもの
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夜の静寂が、帝都の片隅にひっそりと降りていた。
瓦礫と埃にまみれた古びた倉庫の一室。蓮たちはそこに身を潜め、つい先程の激闘の余韻をまだ身体に刻み込んだまま、目の前に広げられた一冊の本を囲んでいた。
それこそが——帝都最大の情報網〈蜘蛛の巣〉の名を冠した禁書。
『蜘蛛の巣』。
帝国中枢の闇に繋がる、決して公にはならない秘密が詰め込まれた書物。
「……これは……」
イリスが、目の前の古文書を食い入るように見つめていた。精緻な筆跡で書き連ねられた情報の数々。
その隙間には暗号や符号が織り交ぜられ、素人には到底理解不能な構成がなされている。
だが——イリスの瞳には、確かな興奮と危機感が入り混じっていた。
「解読、できそうか?」と、蓮が問いかける。
「ええ……完全にとは言えないけど、少しずつ見えてきたわ」
ページの端には、奇妙な印がいくつも刻まれていた。
魔術的な符号。
軍事的な記号。
極めて専門的な情報。
普通の諜報活動とは次元が違う、帝国の〈裏の裏〉を知る者たちによって記された知識。
「この『蜘蛛の巣』……単なる情報網の記録じゃない」
イリスは息を呑んだ。
「これは……帝国の魔導研究機関——それも、極秘中の極秘。〈異界召喚術〉に関する実験と、その成果、失敗例、さらには——」
彼女がページをめくる手を止めた。
「“異界からの訪問者”……?」
リーナが怪訝そうに眉を寄せる。
「召喚された……人間?」
「それも、かなりの数よ。帝国はこれまで幾度となく、異界から人や物を呼び寄せてきた……しかも、そのほとんどが……」
イリスの表情が曇る。
「——実験材料として扱われている」
沈黙が、倉庫内を支配した。
蓮はゆっくりと拳を握る。
「……ふざけやがって」
その行為は、彼にとって絶対に許せないものだった。
かつて、異界から召喚された者としてこの世界に立つ自分にとって、それは“他人事”ではあり得なかった。
「ここに書かれている実験記録は……一部が符号化されているけど、場所や時期は断片的に読み取れるわ」
イリスが指差した一節を、シャムが覗き込む。
「……この座標……帝都南部、〈皇帝直轄領〉の地下か」
「そこに、異界召喚の研究施設が?」
「可能性は高いわ。しかも、ここを拠点に今も実験は続行されている可能性がある」
「異界召喚術の本質……そして、俺たちが探している“あの禁術”の全貌も——そこにある」
蓮は、冷たい決意を瞳に宿らせた。
数時間後——。
『蜘蛛の巣』の解析は、イリスとシャムを中心に着実に進んでいた。
その過程で、さらに恐るべき事実が浮かび上がる。
「これ……」
リーナが震える声で呟いた。
「“異界召喚術の理論と実践”——あの禁書、その原典が……帝国の〈至聖書庫〉に保管されているって……?」
イリスが頷く。
「帝都の中央図書館にあったのは写本の一つに過ぎない。完全な原典は、帝国皇帝直属の機密区画にしか存在しない」
「つまり——」
シャムが静かに言った。
「最終的に、俺たちはそこに辿り着くしかない……帝都最大最深の、禁断の領域にな」
その言葉は、誰の胸にも重くのしかかる。
帝国の中枢へ——。
それは決して容易な道ではない。
だが、その先にこそ、自分たちの求める真実が存在する。
「……それだけじゃない」
イリスは、さらに恐るべき一文を指差した。
「このページに記されているのは……」
“異界召喚術の発動に必要なもの”
——“媒体”
——“鍵”
——“開門者”
「これら三つが揃ったとき、完全な異界召喚陣が成立する」
蓮たちはその文を読み、互いに顔を見合わせた。
「……その中の一つ、“開門者”って……」
「つまり……」
シャムが言葉を継ぐ。
「この世界に召喚されし存在——つまり、異界から来た“お前”のことじゃないのか?」
「……!」
蓮の脳裏に、かつての出来事がフラッシュバックする。
異界召喚——
自分がこの世界に呼び出された日。
失われた記憶。誰が何のために自分を召喚したのか。全ては霧の中にあった。
だが——
その答えが、ここに繋がっている。
自分自身が、異界召喚術における“鍵”そのものだという可能性。
「……おもしろい」
蓮は、静かに笑った。
「なら、その鍵……帝国の思い通りにはさせない。俺が、この手で全ての真実を暴いてやる」
リーナもイリスも、そしてシャムも、静かに頷いた。
この戦いは、帝国との情報戦では終わらない。
異界召喚術を巡る、帝国最大の禁忌と真実——
それを暴き、破壊し、取り戻す戦いへと進化しつつあった。
そしてその先に待つのは、かつて蓮をこの世界に呼び出した“召喚主”の正体——。
それが、誰なのか。
そして——何を望んでいたのか。
『蜘蛛の巣』は、ついに次なる戦場への道を開いた。
帝国中枢——〈至聖書庫〉へ。
物語は、さらに深淵へと突き進む——。
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