第104話 処刑人と密書
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帝都の夜は、昼間とは異なる顔を見せていた。
特に〈赤灯の裏通り〉と呼ばれる地区は、魔道と科学、そして犯罪が渦巻く混沌の坩堝だった。
街路は狭く入り組み、頭上には無数の配管や電線が絡み合い、まるで蜘蛛の巣のように空を覆っている。
建物の壁には怪しげなネオンが灯り、路地裏からは得体の知れない蒸気が立ち上っていた。
蓮、シャム、リーナ、イリスの四人は、慎重にその地区へと足を踏み入れた。彼らの目的は、情報屋グレンとの接触だった。
「ここが〈赤灯の裏通り〉か……」
蓮が周囲を見渡しながら呟く。彼の目には、この地区の異様な雰囲気が鮮明に映っていた。
「まるで別世界ね。魔道と科学が無秩序に混ざり合ってる」
リーナが低い声で言う。彼女の目は、路地裏で行われている違法な取引や、怪しげな装置を操る者たちを鋭く捉えていた。
「気を引き締めろ。ここでは何が起こっても不思議じゃない」
シャムが警戒心を露わにしながら言った。彼の手は、いつでも武器を抜けるように腰に添えられている。
「グレンの居場所は?」
イリスが小声で尋ねる。彼女の目には、この場所への嫌悪感が隠しきれずに滲んでいた。
「情報では、この先の地下酒場にいるはずだ」
シャムが答え、一行はさらに奥へと進んだ。
地下への階段を降りると、そこには薄暗い照明の下、様々な人種や種族が集う酒場が広がっていた。
煙草の煙とアルコールの匂いが充満し、耳には低い笑い声や取引の囁きが飛び交っている。
「グレンは……あそこだな」
シャムが視線で示した先には、一人の男が座っていた。
長い銀髪を無造作に束ね、片目に眼帯をしている。
服装は一見すると粗末だが、その動きや佇まいから只者ではない雰囲気を醸し出していた。
「怪しさ満点ね」
イリスが小声で言うと、リーナが頷いた。
「でも、情報は確かよ。彼がグレン」
一行はグレンの元へと歩み寄った。
「あなたがグレン?」
蓮が問いかけると、グレンはゆっくりと顔を上げ、ニヤリと笑った。
「そうだが、君たちは?」
低く渋い声が返ってくる。
「俺たちは、帝国の召喚術再現計画についての情報を求めている」
蓮が率直に切り出すと、グレンの目が鋭く光った。
「ほう……その話をどこで聞いた?」
「それは関係ない。重要なのは、あなたがその情報を持っているかどうかだ」
シャムが冷静に言う。
グレンはしばらく彼らを見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「なるほど。いいだろう。ただし、情報には対価が必要だ」
「何が望みだ?」
リーナが尋ねると、グレンは微笑を浮かべた。
「簡単なことさ。帝都の中央図書館にある“禁書”を手に入れてきてほしい」
「禁書?」
イリスが眉をひそめる。
「そうだ。『異界召喚術の理論と実践』という書物だ」
グレンの言葉に、一行は顔を見合わせた。
「それは……」
蓮が言いかけると、グレンは手を上げて制した。
「もちろん、危険な任務だ。だが、それに見合う情報を提供しよう」
しばしの沈黙の後、蓮は頷いた。
「わかった。引き受けよう」
「賢明な判断だ」
グレンは満足げに笑った。
「では、成功を祈っているよ」
一行は酒場を後にし、帝都の中央図書館へと向かった。
夜の図書館は静寂に包まれていた。
高い天井と無数の書架が並ぶ広大な空間。
彼らは慎重に足を進め、目的の書物が収められている禁書庫へと向かった。
「ここが禁書庫か……」
シャムが呟く。
「鍵は?」
リーナが尋ねると、イリスが小さな道具を取り出した。
「任せて。こういうのは得意だから」
彼女は手際よく鍵を解錠し、扉を開けた。
中には古びた書物が整然と並べられていた。彼らは急いでその禁断の知識が記された書、『異界召喚術の理論と実践』を探し始めた。
それは、帝国がかつて封印した危険な禁書であり、触れれば帝都の治安局や教会騎士団が即座に動く代物だった。
「……あった。」
イリスが震える声で呟いた。
書架の最奥、厳重な封印符と魔力錠で守られた一冊の黒革の書物が、まるでこちらを嘲笑うように静かに佇んでいる。
「……これを帝国が再現しようとしてるってわけか。」
蓮が苦い表情を浮かべる。
異界召喚。
それはこの世界と“外”を繋ぐ術。成功すれば世界の法則を歪め、未知の力を呼び寄せる反則技。
だが同時に、世界そのものに甚大な負荷と代償をもたらす禁呪だった。
リーナが低く呟く。
「この書を誰が欲しがっているのか……黒幕の正体が気になるわね。」
シャムが短く指示を飛ばす。
「急げ。長居は無用だ。」
イリスが慎重に封印を解除し、書を革袋に収める。
──その瞬間だった。
「おやおや。まさか本当に盗みに来るとはね。」
低く、乾いた拍手の音が静寂を裂いた。
闇の中から、ひとりの男が現れる。
黒衣。
顔の下半分を覆う仮面。
腰には二振りの湾曲した処刑刀。
帝都暗殺組織《黒房》所属──
通称『処刑人』。
「帝国禁書を奪う罪人共……」
その声は、冷たくも機械的だった。
「裁きを執行する。」
イリスが青ざめて呟く。
「“処刑人”──帝国直属の粛清者……!」
リーナが歯を食いしばる。
「来るわよ──!」
──瞬間。
処刑人の姿が掻き消えた。
否、速すぎて目視できないだけ。
音速を超えた踏み込み。
斬撃は風圧すら置き去りにし、蓮たちへ襲いかかる──!
「シャム、上!」
「把握済み!」
ギィィン!
シャムの双剣が処刑人の刀を受け止め、火花を散らす。
重い。
ただの人間とは思えない剛力と魔力強化。
「……さすがだ。だが──」
処刑人は不気味な軌道で宙を舞い、死角から再び襲い来る。
蓮が叫ぶ。
「イリス、リーナ!本は守れ! 時間を稼ぐ!」
リーナは素早く魔法陣を展開。
「雷撃障壁、発動──!」
眩い雷光が障壁を形成し、処刑人の軌道を制限する。
だが──
処刑人は雷光ごと斬り裂いた。
「無駄だ。」
シャムが舌打ちする。
「コイツ、規格外……!」
しかし。
その一瞬の隙。
蓮は全身の魔力を一点に集中させる。
「──“虚撃”!」
次元を裂く一閃が、処刑人の仮面をかすめる。
仮面が割れ──覗いたのは意外にも若い男の瞳。
「……ほう。遊びにしては面白い技を持ってる。」
処刑人は一歩退き、間合いを取り直す。
「今日のところはこれで十分だ。」
彼は革袋を奪わず、そのまま闇に溶けて消えた。
「……追わないの?」
イリスが尋ねると、シャムは首を振った。
「いや、あいつは『試した』だけだ。俺たちの力を。」
リーナが呟く。
「つまり……本命は、別の誰か──」
蓮は密書の入った袋を見つめる。
(帝国の召喚術再現計画……そして“処刑人”を動かす黒幕……)
まだ全ては、序章に過ぎない。
そう思わざるを得ない、重い夜だった。
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