第1話 異世界召喚と非情な決断
日本で孤独な生活を送っていた青年、天城蓮は、突如異世界へ召喚される。しかし、彼を召喚した国の貴族たちは彼の価値を見極めると、冷酷にも「不要」と判断し処分しようとする。命の危機に瀕した蓮は、未知の魔法の力を目覚めさせ、国を逃げ出すことを決意する。
「……っ!?」
天城蓮は目を覚ました。
目の前には、白く輝く魔法陣。そして、重厚な装飾が施された広間の天井が見える。豪華なシャンデリアが揺らめき、甲冑を纏った騎士たちが整列していた。
「ここは……どこだ……?」
朦朧とする意識の中、蓮は周囲を見渡した。目の前には壮年の王らしき男が鎮座し、その傍らには高貴な衣装を纏った貴族たちが並んでいる。
「召喚は成功したか?」
皇帝が低く呟いた。
「はい、陛下。我が国の召喚術により、異世界人をこの地に召喚いたしました。」
長い白髪を持つ初老の魔術師が答える。
「……異世界人?」
蓮の頭が混乱する。ついさっきまで、日本の薄暗い食品工場で働いていたはずだった。それが突然、異国の城の中にいる。まるで夢のような感覚だった。
「ふむ、では、さっそく調べよう。」
皇帝の指示により、一人の貴族が蓮へと近づく。中年の男で、金色の髪を後ろに流し、嫌味な笑みを浮かべている。
「私の名はラドクリフ公爵。お前の魔力量を測らせてもらう。」
そう言うと、彼は蓮の額に手をかざした。すると、淡い光が蓮の体を包み込み、数秒後に消え去る。
「……ほう、魔力量はなかなかのものですな。しかし、それ以外は平凡ですな。」
「なんだ、戦士でも魔法使いでもないのか?」
「異世界人というのだから、もっと特別な力を持っているのではないのか?」
貴族たちがざわめく。蓮は、じわじわと嫌な予感を抱き始めた。
「……では?」
皇帝がラドクリフ公爵に目を向ける。
「陛下、こやつは役に立ちません。処分すべきかと。」
「……ふむ。ならば、そうしろ。」
あまりにもあっさりと、蓮の命が切り捨てられた。
「――は?」
蓮の目が見開かれる。
「ま、待てよ!? 俺を召喚しておいて、不要だから殺すってどういうことだ!?」
「何を騒ぐ。異世界人であろうと、国に不要な者を生かしておく理由はない。」
皇帝は淡々と告げる。それを聞いた瞬間、蓮の体は震えた。
「……ふざけるな!!」
蓮が叫ぶと同時に、周囲の空気が震えた。
「むっ……!?」
「こ、これは……!?」
貴族や騎士たちが驚愕の表情を浮かべる。蓮の体から、蒼白い光が溢れ出していた。
(……なんだ、この力……!?)
蓮自身も驚いた。内側から込み上げる、未知のエネルギー。今まで感じたことのない感覚が、全身を駆け巡る。
「な、何をしている! 早く処分しろ!」
皇帝の怒声が響く。しかし、蓮の魔力が急激に膨れ上がるのを見て、騎士たちは一歩後ずさった。
「お、おのれ……異世界人風情が!」
ラドクリフ公爵が指を鳴らすと、数人の魔術師が詠唱を始めた。
「《火炎弾》!」
赤い火球が蓮へと飛んでくる。
「くそっ……!!」
蓮はとっさに手を突き出した。すると――
「《氷壁》!」
蓮の意志とは関係なく、突如として氷の壁が現れ、火球を防いだ。
「な……!?」
「魔法……? いや、詠唱なしだと……!?」
貴族たちがざわめく。蓮自身も驚いていた。しかし、この力を利用すれば――
「《風刃》!」
無意識に、蓮は風の刃を放った。それは魔術師たちを吹き飛ばし、皇帝の玉座の近くまで到達する。
「き、貴様ぁぁ!!」
皇帝の顔が怒りに染まる。しかし、蓮は迷わず動いた。
(ここにいたら殺される……逃げるしかない!)
彼は踵を返し、城の外へ向かって駆け出した。
「追え! 絶対に逃がすな!」
騎士たちの怒声を背に受けながら、蓮は走る。
城を抜けると、外は夜だった。大きな月が輝き、冷たい風が吹いている。
「はぁ、はぁ……」
蓮は息を切らしながら走った。後ろからは、馬に乗った騎士たちの足音が迫ってくる。
(くそっ……! どうすれば……!)
道は二つに分かれている。ひとつは城下町へ続く道。もう一つは、深い森へと続く道だった。
(……町へ行けば、また捕まるかもしれない)
蓮は迷わず森へと駆け込んだ。
「逃げられると思うなよ、異世界人め!!」
騎士たちが後を追う。しかし、蓮は走りながら手を翳し、再び魔法を放った。
「《霧の帳》!」
濃い霧が立ち込め、視界を塞ぐ。騎士たちが混乱している間に、蓮はさらに奥へと走り込んだ。
(……これで、しばらくは撒けるか?)
森の中は暗く、危険が多いだろう。しかし、それでも――
「ここから……生き延びるしかない」
蓮は決意を新たにした。
彼の異世界での逃亡生活が、今始まる――。