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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

牢獄

作者: 夜桜 椋

閉じ込められる話です。構想自体は数年前からおいていたものを部長に言われたので作品に仕上げました。具体的には、中学生か高校生くらいに思いついていたものの、文章が書けないでいたものを成長したかなぁと書いてみたら意外とかけたのです。

 衝撃で目を覚ました。僕の身体はどうやら仰向けになっているらしい。眼前、すなわち天井は、全くの灰色で、裸の白色豆電球が一つだけ吊られている。薄暗く、じめじめとしていて、気色の悪さが天井と四方の壁からにじんでいる。

 左右に首を動かすと右にパイプ製の簡易なベッドが見えた。左には鉄製のドアと、その小窓から人工らしいオレンジの光が見えた。小窓に窓ガラスははまっていないようだった。ドアハンドルは付いていない。

 状況から察するに自分はベッドから落ちたのだろう。

 立ち上がろうと、手を動かす。ガチャリと音がして、右手の方に何か引っかかりを覚えた。

 手錠がかけられている。手錠のもう片方は古いベッドの脚に繋がっていて、引っ張っても動かない。下を見やると脚が床と固定されている。先端の部分がコンクリートの塊で盛り上がっていた。

 ベッドの下には小型のダイヤル式金庫が挟まっている。取り出そうにもベッドの下の出っ張った部分が引っかかってつかえてしまう。十分に奥に置けば、扉を開くだけの空間はありそうだ。が、要の番号を知らない。

 立ち上がってから、一度よろめいて、ベッドに倒れこんだ。頭痛がする。

 何とかもう一度立ち上がって、壁伝いに部屋を一周した。ベッドの反対にあるドアを除くとやはり空間に何もなく、また辛うじて左の指先が鉄製のドアの表面に届く程が動ける範囲のようだ。勢いよくドアに向かって行くと、二回、弱くだがドアを押すことができたが、動く気配はなかった。施錠されているか、或いは何か特別な方法で開けるしかないのだろう。

 どうして、閉じ込められているのか。

 硬いベッドに座り込んで、必死で思い出そうとする。しかし、思い当たる記憶が、いや、そもそもの記憶がほとんど抜け落ちている。

 最後に記憶しているのは数日前にかかりつけの医者と話した記憶だ。

 確か、精神疾患の何かだった筈だ。仕事もそれで辞めてしまった。かなり一方的な辞職だったが、医者の診断書を出して認めさせた。

 近くの精神科に歩いて向かった。問診票を書いたところまでは覚えている。だが、どうして行ったのか。そして、肝心な医者の診断。自分で行った筈が、そのような殊更に重要な点については曖昧な記憶しか残っていない。空返事をして、適当な薬を貰って、自宅に帰ってから、それを……飲んだのだろうか。

 更に、その曖昧な病院に関する記憶以外は幼少期の記憶すらも存在していない。無理に思い出そうとすると、激しくなる頭痛がそれを妨げる。

 耐えきれずベッドに横になった。ドアの方を眺めながら、膝を抱く姿勢になる。

 音のしない空間で、自分という異物の立てる呼吸音や、衣擦れの音が強調されて聞こえる。意識すると、より強く気にしてしまう。そうすると、遂にそれにしか意識が向かなくなった。



 勝手の知らない新居での生活は難しい。例えば、電気やガス等のライフラインだ。前の人間が何もしないままなのを、そのまま借りているから使用するのに気が引ける。

 早急に手続きを済ませたいが、経験がないから、何をどうすれば良いのか分からない。落ち着いたらそれぞれの会社に電話をかけてみようと思う。

 ガスといえば料理も難しい。前の住人は、まめな人間だったようで、幾つかの料理本がキッチンに並べてあった。基礎のものから、有り難く読んで少しずつ理解を試みていく。そうすると、慣れないものでも食べれるくらいには作れるような気がする。

 アラームが鳴った。二十一時になったのだ。この時間になると、私は薬を飲まないといけない。医者とそう話したのだ。

 そうしないとどうなるかは、知らない。だが、医者が飲めというのだから飲むに越したことはない。抗生物質などは、医者のいう前に服用を停止すると却って中途半端に菌が死滅するから、耐性菌が跋扈するようになるのだと聞く。そのようなものだろう。

 一日一錠のカプセル状のそれをシートから一つ取り出して水で一気に流し込む。今日で二度目だが、もう慣れてしまった。

 シート一つにつき十錠のものが三枚と予備が少し。つまり一カ月分だ。今迄で二錠飲んでいるので三週間と少しすればまた病院に薬を貰いに行かないとならない。

 次回の予約はいつだろうか。思い出せない。面倒だが、あとで確認しておこう。

 薬を飲んだら、今度はご飯を作る。これもまた置いてあったエプロンを拝借して、キッチンに立つ。

 私の自信とは裏腹に、完成した親子丼は評価しがたいものだった。極度に空腹であれば、喜んで食べたのだろうが、さっきまで写真付きの料理本を読んでいた私には到底目の前のそれは見るに堪えないものであった。半分を別の皿に移して残りを私は嚥下した。もう半分は冷蔵庫に入れた。寝る前に寝室に入れておけば夜食として食べられる。

 それはそうと冷蔵庫の食材が少なくなっていた。今度の外出に合わせて買い物をしないといけない。



 いつの間にか寝てしまっていたらしい。硬いベッドの上で目が醒めた。つまるところ状況は何も変わっていないのだ。頭痛も治っていない。

 部屋の様子を隈なく見ていると寝る前と変わった点に気付いた。ドア近くの床に何か置いてある。長方形のプラスチックの何かがそこに置かれている。その上にお皿が一つと箸が載せられている。

 近づいてみるとお皿の中には親子丼らしい見た目をしている何かが置かれている。近くに箸がおいてあることから親子丼とみて間違いないだろう。食べ物と認識すると途端に空腹に襲われる。思い出すと寝る前から何も食べていないのだ。

 既に閉じ込められている私を毒殺する意味はないから、きっと食べられるだろう。それに仮に食べないとして、その時もどうせ飢えで死ぬのだ。

 それでも恐る恐る口にする。味の極端にしない親子丼だった。だからこそ何か変な薬が混入していれば気付くと思う。そしてこの親子丼にはそういった類のものは入っていないように思えた。

 美味しく感じたのは自分が思っている以上の間を何も食べてこなかったからだろう。不安は覚えながらも、箸を口に運ぶ右手は止まらなかった。実際かけられた手錠の存在を思い出したのは食後のことだった。

 親子丼を食べながらふと甦った記憶がある。母のことだ。母は料理をしなかった。決してネグレクトのようなものではなく、ただ下手だったのだ。丁度この親子丼が砂のように無味であるのと対称に、彼女の作る料理は寧ろ辛かった。今思えば重度のアルコール中毒だったのかもしれない。彼女の作る料理はそういえば常に喉が焼けるような気がした。いずれにせよ、途中から母は料理をしなくなった。そしてその代わりに父が帰りに総菜を買ってくるようになった。

 だから、別に生活の上で、困ることはなかった。ただ、大学生になって一人暮らしをしてからも、料理はしなかった。意識した訳ではないが、料理は作るよりも買った方が美味しいと思っていたのだ。

 けれど、同時に、料理というものをしてみたいという思いを抱えていたことも自覚していた。恐らく、何かのきっかけさえあればしていただろう。ただ、惰性で進学と就職を済ませてしまった私には、そのきっかけは訪れなかったという話だ。それに今となっては叶うこともないだろうが。

 摂食を済ませるとまたベッドに横になった。暫く寝たふりでもしていれば、空になった食器の回収に来るだろうと思ったのだ。それに、それ以外に何か意味のあることは何もできない。ただ一つ金庫の開錠くらいだろう。

 結局、部屋へは誰も入ってこなかった。

 仕方なく私は金庫の開錠を試みた。思い当たる数字がないために今まで逃げてきた。仮に四桁として一万通り以上。骨の折れる作業であることは想像に難くない。だが、それをしないで出ることは不可能であるようにも思える。

 ベッドの下に手を突っ込んで僕はダイヤルを回し始めた。取り敢えず四桁と仮定する。

 右に一。左に二。右に三。左に四。

 開く筈がないことは分かっていたが、可能性の一つが崩れて胸が苦しくなった。

 同様に幾度も繰り返したが、精神が参りつつあるのを感じて途中で止めてしまった。

 ベッドの下から手を抜いて仰向けになった。目が醒めた時と同じ体勢だと気付いた。天井の見え方から察するに場所もほぼ同じだろう。

 暫くそうしていると、ふと、ずっとこのままでも良いように思えた。

 凄く自然的に夢だと思った。明晰夢だと思ったのだ。

 この監獄は夢なのかもしれない。僕は現実世界ではふかふかのベッドか布団かの上で寝ているに過ぎない。

 胡蝶の夢のように、これは極めて現実に見えるが、それでもただの夢の景色に過ぎない。ただ、これが夢でも現実でもどちらでもよい訳はない。夢であった方が良いに決まっている。僕はとても幸運なのだ。夢であれば目醒めた時はここではない何処かに居られる。それは僕ではないかもしれないが。

 僕は夢の中の存在で、だから何者でもないのだ。いつか目が醒めれば僕は消える。

 そもそも、ここから出たとしてそこに何があるというのだ。僕はこの外には通路か階段か部屋があって、そこを真っ直ぐに進めば出られるのだと信じ込んでいた。しかし、夢ならば、何もないかもしれない、何があってもおかしくない。もっと辛いところに繋がっているのかもしれない。ここを出てから、戻りたいと思っても、既に戻れない。これが夢ならば何があっても不思議ではないのだ。

 ならばいっそここに閉じこもっていた方がよいのかもしれない。それでもいつか出ることになることも否定できない。

 そう思うと不安でならなかった。



 昨晩はよく眠れなかったようだ。何か悪い夢を見ていたのだろう。そういえば、そんな気もする。

 最近は環境が大きく変わったからストレスを感じているのだろう。私は自らをそういうことから無縁と思っていたが、そうではなかったのかもしれない。

 そのようなことを考えながら今日は何をしようかと思う。別に何もしなくても良い。が、何かをしないと気が済まない。以前は仕事をしていた筈だが、いつの間にか辞めていた。辞めたという記憶がある。

 だから何もしなくても良いのだが、人間として生活を保つために何かをしている必要があると思ってしまう。

 新しい環境はストレスとは無縁だと思っていた。嫌々引っ越したが、その割には良い家に住めている。いや、以前の住居からは追い出されたのだ。仕事を辞めてからのんびりしていたら突然大家がやってきて追い出された。私が住んでいたのは社員寮だったのだ。そうして半ば強引にこの家に住むことにした。

 とにかく、仕事にせよ、通院にせよ、何にせよ、全ての記憶があやふやなのだ。空を進む雲が如何様にも見えるように、概念ごとふわふわとしている。自分の記憶である筈だが、そうでないような気もする。

 昔の記憶については特に覚えている自信があるのだが、最近の記憶になればなるほど思い出せないように思う。アルツハイマー病がそういう症状だったろうか。

 ふらふらと家を歩いて回る。以前の住人は綺麗にしていたようだ。生活動線というのだろうか。そういうものがはっきりとしている。必要なものは必要なところに置かれていてそうでないものは遠くに置かれている。私は適当に安置していた以前の住人を生活動線から最も離れているところに置き直した。

 そうしたあとテレビ番組を見た。電源を点けた際に目についた番組をそのまま眺めていた。

 そして今日も料理本を眺める。少しずつであるが覚えていく。知識が自分のものになるのを感じる。何より、生活に必須であるからと始めたがそれにしては面白い。ずっと読んでいられる気がする。

 そうしているとアラームが二十一時を知らせる。薬を一錠飲んだ。今日も簡単な料理を作って半分をより分けた。当然、夜食用である。今日は牛丼を作った。昨日よりは上手くできたと自負している。

 寝室に入り、眠りについた。



 目が醒めて、出社しないといけない。と思った。暫くして、あぁ、辞めたのだと思い出した。最後に、自分の置かれている状況に気がついて絶望した。

 以前は夢だと思っていたが数日もここで生活していると流石にそんな訳もないと受け入れざるを得なくなった。

 開錠作業を少しずつ進めることにしている。寝て起きるまでの間を一日と仮定して、一日に大体五百通りずつ進めることにした。正確な数字は分からないが、大体それくらいにしておけば何日生活しているかも分かる。

 今日は右に四つ動かす段階である。即ち、閉じ込められてから大体一週間が過ぎた頃だ。

 出てくる食事も日ごとに美味しくなっているように思う。初日の親子丼と比べると、次の日の牛丼は美味しかったし、今日の鯖の塩焼きは、それらと比べても格段に美味しくなっていた。

 相変わらず、僕を閉じ込めている人の存在は知れないが、寝ている間に食器を取りにきて、新しい料理を持ってきているのは間違いない筈だ。体感では変則的に寝ているのに、未だに邂逅しない。何処からか見ているのかもしれない。

 順応しているのだと感じる。開錠作業が終わってからの、暇な時間も色々考えていればその時間も直ぐに過ぎる。

 一体何のために僕は閉じ込められているのだろうか。

 最初こそ非合法的な実験か、口封じか、そういう類だと思ったがそういう感じでもない。

 食事を与えるのだから生かしておきたいことは間違いない。量こそ少ないが十分な満足感はある。そもそもどういう訳か食べなくても良い気すらしている。

 とすれば、食べている食事に何か満腹感のある成分が含まれていて、それについての実験だろうか。しかし、その実験は非合法には思えない上、良いとはいえない環境で、実験体である私へのヒアリングもなしにそのような実験をする意味も分からない。

 結局のところ、奇特な金持ちが趣味でしているとしか思えない。そうだとしてどうして僕なのだろうか。男性にせよ、女性にせよ、僕より綺麗な人を選べばそのような趣味もより満たされると思う。

 原因等は何もなくて、事実だけがここに存在している。何か意図を見出すことが誤りなのかもしれない。

 そういう運命だったのだ。と思うと少しだけ気が楽になった。

 母に関しての記憶を最後に何も思い出すことはなかった。個々の言葉と定義は思い出せるが、所謂エピソードの記憶は全く思い出せない。小学生の時に習った漢字を読み書きできるが、何年生の時に習ったのかを思い出せないことに似ている。

 頭痛は治ったが、思い出そうとすると嫌な感情が湧いてくる。自然と思い出すのを待つしかない。と、思い出すことも諦めてしまった。母の時のように何かきっかけがあれば、関係する記憶が甦るかと思っても、そもそも出来ることがない。

 寧ろ、思い出せば、余計に苦しくなるようにも思う。この閉じ込められている状況と、忘れている状況は相性が良いのだ。覚えていることがないから、このような生活に甘んじられる。

 例えば、ポチという犬と飼っていたとする。独り身だったとすれば、僕は一週間程ポチに餌を与えていないことになる。死んでいてもおかしくないし、既に衰弱しきっているだろう。そのようなことを思い出してしまえば、僕はこれからこの生活が苦しくて仕方がなくなるだろう。そうならないのは、僕が守るべきものを何も思い出せないからだ。

 もしかしたら、僕が思い出せないだけで今までの数年間をここに閉じ込められていることだってあり得ない話ではない。途中で気が触れて全てをリセットしたのだ。

 そうすると次のリセットはいつだろうか。まだ大丈夫な気はしているが、いつ駄目になってもおかしくない。精神はダメな時に一気に駄目になる。不意に何かを思い出した拍子に、忘れてしまう可能性も、ある。


 私は目に見えて疲れを実感していた。一昨日程からは特に顕著だ。生活リズムを見直したが影響はみられない。

 特に寝起きが辛い。深く眠れていないのだと感じる。次に精神科にかかった時に相談した方が良いかもしれない。

 起き上がろうとして失敗するようになった。日常の変化に、身体が適応出来ていないのだ。手錠が手についていることを忘れて何度も右手をガチャガチャしてしまう。暫くの間、何も考えないでただ変だと思ってようやく手首を縛っていることを思い出す。

 手錠は、何となくこうしているのだ。ただ、以前の住人がそのような嗜虐的な趣味を持っていて、このような設備を持っていたのを、私が冗談で未だに使っていることに過ぎない。飽きたら止めるつもりだ。だが、思えば、これ自体がストレスになっているのかもしれない。

 起き上がる。

 ベッドの下の金庫を右に八。左に七。右に六。左に四と回して鍵を取り出す。手錠の穴に差し込み、開錠して立ち上がった。

 部屋の何処かに置いてある夜食のお盆を持って部屋から出た。深夜にうつらうつらと食べているようで、記憶はないが、ちゃんと毎日完食していることは見れば分かる。

 金属製のドアにドアハンドルはないが、窓に手を突っ込んでしまえば向こうにだけある鍵のツマミを捻られる。そうしてこちらから押せば重たいが簡単に開く。生活には向いていない、奇妙な寝室だが、どうにもこうするしかないのだから仕方ない。

 リビングに出ると、異臭がしたので、以前の住民の様子を見に行った。駄目になり始めていた。何れこうなるとは思っていたが早かった。夏だからだろうか。処理しようと思うがどうも頭が働かない。疲れに重なって夏バテのような気もする。こうなると、もう料理しか手につかない。最早、狂気に取り憑かれているのではないかと自分でも思う。

 料理本を見ながら腐る前に肉にしてしまえばよかったと頭を過るが、流石にそうするだけの勇気も根性もなかった。それに美味しくもないだろう。

 ページをめくりながらレシピ本も終わりに近づいているのだと気付いた。色々な料理を知った。殆どは未だに作れていないが、メモしたり、簡単なものは覚えてしまったり、何とかいつでも作れるような形には残している。実際、いつか作りたいと思う。実際に作るかは別だが。

 引っ越さないといけない。暫く考えて、思いついたのはそれだけだった。この計画は早くに思いついていたが、他の方法を模索していた。思いつかなかったのだ。

 この家は気に入っていたし、このような生活を繰り返していたらキリがないことも分かっていた。

 人を殺して、家を奪って、そいつが腐ったら家を出る。終わりのない連鎖である上に、いつか捕まってもおかしくはない。

 捕まりたい訳はない。

 だから、この計画は霧消した。

 それからずっと考え続けたが、結局何も思いつかなかった。あまり動かなかったからか、空腹ではなかった。そのため、私は夕食を摂らずベッドで眠った。手錠を付けなかったのは、日々の疲れによるものだろう。



 普段通りの朝ではないということは、起きて直ぐに分かった。ずっと手首にあった感覚がなかったからだ。見るとやはり手錠が外されている。天を仰いだ。気持ちの問題か今までより部屋を照らす電球が明るいような気がした。

 ベッドの下のダイヤル式金庫は開け放たれている。部屋の中を見回しても鍵は見当たらなかった。

 真っ先にドアに駆け寄った。力強く押すと、重たいが開いた。鍵はかかっていないようだった。ドア外の空気は心なしか澄んでいる。

 ドアの外は通路になっていた。左は壁しかなく、右に進むと小さいが螺旋階段があって、そこをくるくると上ると一般的な住居の様相が見えた。

 階段を上りながら微かに感じていた腐臭が、上がりきると一気に強くなった。気持ち悪さを感じながらその根源を探ると、収納を目的と作られたであろう部屋に死体が転がっていた。既に腐っていて蛆が蠢いていた。

 僕を閉じ込めていた人物かと思ったが、それにしては既に腐りきっている。仲間割れだろうか。一通り屋敷の中を歩いて人の気配がないことを確認し、途中で見つけた固定電話で警察を呼んだ。

 今まで監禁されていて場所は分からないこと。死体が置いてあることを伝えると、すぐに警察が来た。

 僕はそのまま署に連行された。記憶が存在しないことを話すと、暫くの間保護される旨が伝えられた。

 それから、今判明している分で、事件の顛末が伝えられた。僕の見つけた被害者は家の所有者で、一週間と数日程度前に殺されたらしい。凶器は現場近くにあったナイフで、指紋は見つかっていない。

 私のいた部屋は法的には存在しない部屋であって、閉じ込めた人物については現在捜索中とのことだ。ただ、手錠やドアやお盆などからは僕の指紋しか発見されておらず、殺害の容疑者と同一人物と仮定して現在探しているとのことだ。



 ずっと眠れなかった。警察の空気は張りつめていたが、それまでいた部屋よりはマシに思えた。それでも、今までのことを考えずにいられないでいた。

 どうして閉じ込められていたのだろうか。

 警察曰く、時々そういうことはあるのだそうだ。僕の想像していた通りの理由で、監禁されることは。けれど、その場合でも何らかの行為が伴う。全く何もなく、ただ生かさず殺さずの場合はめったにない。本当に運が悪かったのだろう。と彼らも苦笑していた。笑い事ではないと気分が悪くなったが何も言わなかった。

 窓から外を覗くと既に暗くなっている。保護された際も外は暗かった。丁度一日が経過した。

 にわかに頭が痛み始めた。以前、僕を悩ませたものとは明らかに異なる痛みに、頭を押さえて呻いた。幾人かの警察が様子を見に来た。構う余裕などない。

 一人のデジタル腕時計が目に入った。日付が変わった。同時に、僕は思い出した。今まで失っていた記憶と知らない記憶が流れ込む。

 父のこと。母のこと。幼少期の初恋。青年期の確執。辞めた仕事のこと。精神科でのやりとり。投薬された薬を僕は飲んだのだ。

 そして、流れ込む記憶が止んだ時、僕は呟いた。

「私が殺したのだ」


次回は何を書こうかと思案している。恋愛にも手を出したい。

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