岩倉朋美はワンコイン
えっと! 今は硬貨しかございませんが『岩倉具視』氏は500円札の顔でした(^_-)-☆
夢見る為だけに出て来たのなら逃げ帰ったのだろう。
でも私には帰る場所が無い。
もう母に対しても罪悪感が持てなくなった……
義父が来て……私にした“あの事”に対し、母は見て見ぬふりを決め込んで、そのくせ嫉妬に狂ったオンナの目で私を睨むから。
私がわざわざ東京の大学を選んだのは、私と母の利害が一致したから。
けれども嫌がらせの様に途絶えた仕送りや振り込まれない授業料を賄う為、私はバイトに明け暮れ、よしんば卒業、就職できたとしても……今度は奨学金の返済に追われる事となる。
中三の時に義父ができて……私の子供時代は掻き消えた。
思春期?!青春?!
何なのそれ!!!
「やっぱりJKはイイ!!」
“新しい家”の私にあてがわれた勉強部屋の中で
ベッドの中だけじゃなくカーペットの上でもなんでも……義父の気まぐれで囁かれた。
もう泣く気力も失せてされるがままだったけど……
『これじゃいけない!!』って逃げ出した。
今、冷え切った部屋で暖を取る為に潜り込んでいるコタツ布団から顔を出して天井を眺めている……
『あのまま……そう!割り切って……囁かれ続けられた方がラクだったのだろうか……?』
頭に浮かんだ言葉を否定しきれない程に作り込まれてしまった醜い私が憎らしい!!
お腹は……いつも空いている。
バイト代の振り込みが遅れて、銀行口座が空になった時に
同じゼミの男子から『メシ行こうぜ!』って誘われて
食べさせられたのはしょうが焼き定食だけじゃなかった。
本当に本当に情けない話だけど……
私の中は満ち足りてしまって
「まあ、いいか」って後始末した“物”を男の部屋のゴミ箱の奥深くに沈めた。
私の今の苗字は……名乗るのも嫌な『岩隈』だけど……
ゼミの男子やその仲間達からは
『岩倉朋美はワンコイン』って言われているんだよ!!
笑っちゃうよね!!
どっちの名前が“より嫌なのか”自分でも分からなくなってんの!!!
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「どっちの名前が“より嫌なのか”自分でも分からなくなってんの!!!」
そう言いながら朋美さんはオレのブルゾンのジッパーの引手を摘まんで当たり前の様に引き下げた。
「でも『ワンコイン』は酷いよね!! 『もう少しいい物食べさせてよ!』って感じ!」
自虐のテイストすら載せずあっさりと言ってのける朋美さんの顔に悪友の言葉が重なる。
「“岩倉”はダメだよ!! “ワンコイン”なんだから!! 下世話なしみったれが乗っかるヤツなんだ!! 香川には似合わねえ!」
朋美さんに惹かれるのはオレが経験不足だから??
それともオレが“下世話”だから??
黙り込んでしまったオレに、ブルゾンを脱がせようとしていた朋美さんは手を止める。
「なんか私から一方的で……痴女みたいじゃん! まあ、そう思われても仕方ないけどさ!」
「違うよ!!」
半ば押し倒された形になっていたオレは、ガバッ!と身を起こしたはずみで朋美さんの鼻先に胸をぶつけてしまった。
「痛~い!!」と鼻を押さえた朋美さんに慌てて謝る。
「ホント!ごめんなさい!!オレ、女子慣れしてないから……」
朋美さんは鼻を押さえたままで、そのくぐもった声がオレの胸を刺す。
「そんな言い方されたら気が削がれちゃう!!もっとオスっぽく振舞ってよ!!」
そうか! コイツ!そんな女なんだな!!
だったらいい様に扱ってやる!!!
つまらない見栄や自尊心から来る『バカにされた』と言う感情が苛立たしさと怒りを生み、オレは朋美さんの腕をグイっと掴み、胸に引き寄せた。
「ぁ!」
朋美さんの口からこぼれた小さな叫びと彼女の手首の細さがオレを萎えさえた。
ほんの一瞬が……とても長い。
なのに胸の鼓動ばかりがバクバクしている。
その音を聞こうとでもするかの様に朋美さんはオレの胸の上で寝返りを打って頬を押し当てた。
「……萎えた?」
「うん……」
「気にしないでいいよ こんな私だもん! 当たり前……」
朋美さんがオレの胸の上に置いた……涙に絡んだ言葉が頭の中で弾けて
オレは朋美さんをギューッ!と抱きしめ、そのくちびるを激しく奪っていた。
そして……
欲望とか愛おしさとか悲しみとか
そう言ったものをないまぜにして
オレ達はつながって……そのまま離れる事無く一夜を過ごした。
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あれから随分と時が経った。
まどろみから目覚めたオレの枕元では日差しが揺らめいている。
ああ、今日は日曜だった。
しかも結衣の吹奏楽デビューの日じゃないか!!
夏休みの暑い最中、一日も欠かさず部活に通ったその成果を見に行ってやらねば!!
身支度をしようと飛び起きたらドアが開いて妻が入って来た。
「あら! もう起きたの? 出張明けの今朝くらいゆっくり寝てらしたらいいのに」
「今日は結衣のデビューだろ?! ステラモールに観に行かなきゃ!!」
「“4中”は午後3時からよ」
「でも、席埋まってしまったら大変だ!」
この言葉にクスクスと笑いながら妻はオレをもう一度寝かしつける。
「今行ってもまだ椅子だって並べられていませんよ」
「そうかな……そうだな……」
いたずらな日差しを頬に従えて……愛しい妻は“天使の笑顔”をオレに振り撒いてくれる。
「だからね! 今は私を構ってくださいな! あなたが出張中、ずっと寂しかったのよ……」
そう言って妻はゆっくりとオレに傾いて……胸に顔を埋めた
『岩隈朋美』も『岩倉朋美』も……
もうこの世には居ない。
そしてあの時と同じ様に……『香川朋美』がオレの胸の鼓動を聞いていてくれる。
おしまい
黒いけど泣けるお話が読みたいなあと思い立って書きました。
まあ、とにかく私は泣きながら書けましたのでよしとします(^^;)
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