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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

去勢ゲームなんか選ばなきゃよかった

作者: Haru@miyuki

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。


 目の前にある十個の穴。その中に一つだけ当たりがある。

 それを引けば、僕は無罪放免。痴漢の罪を無罪にしてもらえるのだ。


 チャンスは五回。

 最初、1/10が五回で、無罪の確率は1/2かと思っていた。


 でもそうじゃないらしい。

 先月の検察官室でのことを思い出す。


 その検察官は、長い髪ですらりとした印象で、鼻筋の通った、ひと言で言って美女だった。


「小山田慎吾君ですね。平和三年七月二日、東沢線23号車で7時32分、南原京子さんのお尻に勃起した男性器を押し付けて痴漢した。この事実認めますね」

 僕が認めますと答えると、


「では、裁判で行けば四年の懲役という事になるかな」

 この検察官、声もきれいだなと思った。おっとそんなこと思ってる場合じゃないぞ。


「いや、まさか実刑ですか? 執行猶予はつかない?」わかってはいたけど、そう聞かざるを得なかった。


「痴漢犯罪には執行猶予はつかない。ニュースでもよくやってるから知ってるでしょ。まあ、実刑になると仕事も首になるし、君の場合は大学は当然退学よね」


「きついなあ」僕は机の上に置いた自分の手に目をやった。

 この手で触ったわけでもないのにな。


「安心して。それを逃れる方法がないわけじゃないから」検察官がほほ笑んだ。


「もしかして、去勢ゲームですか?」


「あら、知ってるのね。ニュースではやらないことになってるんだけど。女性は大概知ってることだから、そりゃ男の人にも情報行くわよね」

 そして去勢ゲームの方法を教えられた。


「無罪放免が五割で、去勢が五割か。ちょっと迷いますね」

 実刑食らうと就職なんてまともにできないだろう。人生まだまだこれからってときに、お先真っ暗だ。


「去勢が五割じゃないわよ。見てみて。最初に当たる確率が1/10、そして次が1/9となって、1/6まで足していくと、約64パーセント。割と勝率高くなるよ」

 検察官は僕の目の前で電卓を叩いて見せた。確かに数字はそうなっていた。


「ね。分母が減っていくから1/10を五回よりも割がよくなるのよ。これなら三個の中に二個当たりがあるくじを一回引くのとあんまり変わらないでしょ」

 僕は検察官のその言葉で、去勢ゲームをする方を選んだのだった。


 しかし、痴漢って言ったって酷いよ。あんな格好して満員電車に乗ってくる女子高生が悪いんだよ。


 ちょっとお辞儀すればパンツ見えそうな、いやあれは絶対見える、そんなミニスカート履いて色気振りまいて男の股間に尻を押し付けてくるんだもの。


 勃起しなけりゃインポ野郎だよ。

 それで、勃起した物を押し付けたから痴漢って言われたら、男はどうすりゃいいんだよ。

 

 男は一人いれば十人の女を妊娠させることなんて簡単なんだから、力仕事という男の労働力が不要になってきた現代社会、男の人口はもっと少なくていい。


 そういう考えが、最初はゆっくり、そして徐々に広がってきた。

 テレビ番組でも、男の裸祭りだとかで男の裸は全裸もOK、性器を面白おかしく映し出す。

 昨春の新番組では、『男風呂突撃取材』なんて悪趣味な番組も始まっていた。

 そんな風潮がどんどん酷くなって、今や完全に女尊男卑社会だ。


『では三回目どうぞ』

 司会の女の嬉しそうな声。いちいち癇に障るったらない。


 でもやらなきゃやられる。拒否すれば問答無用で男とサヨナラさせられる。

 僕は三回目の挑戦を、左から二番目の穴に決めた。


 僕の前には、ガラス越しに観客席に座った大勢の女たちが、拍手しながらニヤけた笑いを僕に送ってくる。


 いったい何がそんなに楽しいんだ。男が去勢されるのがそんなに面白いのかよ。

 女は悪魔だ。現代社会の、男の七割は思っている考えを、僕は再認識した。


 1/8の確率はやっぱりはずれだった。

 そうと分かった途端、会場の女たちが大きく拍手喝采した。


 

 『チャンスは残り二回です』もはやその声は喜びを隠そうともしない。

 僕はその時、ふと思った。もし僕が最初にこの穴の右半分を試すと決めていたら、どうだろう。


 当然当たりが入ってる確率は二分の一になるはずだ。

 一回ずつ当たりかはずれか確認しながらだと、当たる確率は変わってくるということなんだろうか。


 少し不思議だ。


 いや、この場合、5回引いて当たらない確率を考えればいいのかもしれない。


 その場合は、9/10+8/9+7/8+6/7+5/6、なんだよこれって、最初が90パーセントだから明らかにおかしいじゃんか。だ、騙された!

 この計算方法が間違いだったってことだ。


 ということは65パーセントが当たるというのは嘘だったんだ。


 なんということでしょう!


 テレビ番組で聞いていた決め台詞が思わず頭の中に響いておかしくなってしまった。

 つい笑ってしまう。


『おやおや? 被告人大丈夫ですか? 恐怖で頭おかしくなったかな? でも、まだ後二回もチャンスはありますから大丈夫ですよ。後二回のうちに当たる確率は高いですよ。ちなみに、後二回のうちに当たる確率は、1/7プラス1/6じゃなくて、1/7プラスの6/7x1/6で2/7になります。ここ、勘違いしやすいところだから、会場の皆さんも間違えない様にね』


 そうだったのか。

 最初に当たる確率は1/10これは間違いないけど、二回目に当たる確率は1回目に外れた場合を掛けないといけないから1/9x9/10で9/90つまり1/10になるんだ。同じように何度やっても当たる確率は1/10。


 だから5回だと1/10x5で1/2ということだ。

 あたりまえだよな。なんて馬鹿だったんだろう。


 あれ? でも、分母が減るほうが減らない場合より確率は高くなるはずなのに変わらないのはおかしいよな。

 てことは、ハズレくじを戻す場合が違ってたのか。そういえば、ハズレの確率が9/10で、それを5回かけたものになるわけだから、1/2より大きくなりそうな気がする。


 考えてみれば、1/10のくじを10回引いたからといって、当たりが必ず出るとは言えないもんな。

 こんな時に、何お勉強してるんだよ。もうどうでもいいや。

 

 全裸の姿を大勢の女の前にさらしているのは屈辱だったけど、恥ずかしいとか悔しいとか思う余裕もなかった。幸い、というのかな、腰の前は帯状に不透明な部分があって、会場からは僕のその部分は見えないようになっている。


 その帯状の部分に穴が10個横に並んでいるのだ。


 その穴の中に、薬で無理やり勃起させられたものを、僕は五回突っ込むことになっている。

 当たりだと、その穴がシリコン製の女性器にを模したものにつながっていて、それで当たりだとわかる。


 はずれだと何もない空間で、その場合、会場の方から僕の物は丸見えだ。

 はずれの時の会場のざわめき、笑いはその所為もある。


『それでは、4回目のチャレンジどうぞ』司会の声がした。

 その時、右端が当たりだよ、そういう声が会場から上がった。


 会場側からは当たりが分かるようになっているのだ。

 でもその声が天使の声か、悪魔の声かわからない。いっそのこと信じてみようか。


 でも、右端って言ったってこちらから見てなのか、向こうから見てなのかわからない。

 端っこはどちらも試していなかったのだ。

 みっぎはし、みっぎはしと会場から女の合唱がはじまった。


 彼女らが天使なのか、悪魔なのか確かめる方法はある。

 あとチャンスは二回、両端を試してみればいいのだ。


 アドバイスをくれた彼女も、そのことはわかってるだろう。

 彼女の言うことが本当なら、僕は去勢を免れる。


 もし嘘だったら、当たりはそこには無いということだから、残り四つの穴の中にあるということだ。

 そしてそちらを二回引けば当たる確率は五割になる。


 彼女を信じて、その彼女が天使だった場合、僕は100パーセント無罪放免。

 彼女を信じないで、その彼女が悪魔だった場合、無罪放免になるのは五割か。


 信じるか信じないか。難しいところだな。

 少し考えた後、僕は意を決して自分から見て左端、会場から見て右端の穴に、こんな状況でも元気いっぱい屹立しているものをぶち込んだ。


 それははずれだった。笑い声が上がる。

 そっちじゃないよ、反対反対、またさっきの女の声だ。

 今度は、はーんたい、はーんたいと合唱が始まった。


『残念でした。チャンスは残り一回です。よく考えてね』

 司会の女は何を言いたいんだろう。女を信じろというのか、信じるなと言いたいのか。


 すでに終了の穴にはランプが灯って、残りの6個の穴が黒いままだ。

 6個の中に当たりは一つ。


 しかし外れた場合、今度はさっきまでとは違う結果が待ってる。

 何もない空間は同じだけど、最後のはずれはギロチンになっていて、僕の物はそこですっぱり切断されてしまうのだ。その後はすぐに手術室に連れて行かれる。

 

 そうなってしまうと、僕はもう満員電車でかわいい女子高生にお尻を股間に押し付けられても、元気になる部分もなくなってしまうんだ。


 悲しいなあ。寂しいなあ。


 睾丸は残ってるから、ホルモン的に男性性が失われるわけじゃない。精子は相変わらず作られるから、やりようによっては子供を作ることもできるらしい。


『では、ラストチャレンジ行ってみよう!』威勢のいい司会の女性の声。

 僕は、さっきとは反対の端に来た。

 

 満員電車で、この人痴漢ですと叫んだあの女子高生、かわいかったなあ。

 痴漢の被害者っていう感じじゃなかったんだよな。なんか嬉しそうだったし。


 最近、故意に男を痴漢に仕立てて去勢刑を増やしてるという、都市伝説というか陰謀論を唱える奴もいるけど、あんなかわいい女子高生がそんな悪意があるとは思えないんだよな。


 やっぱり女の子が好きなんだよなと最後に思った僕は、その穴に、その娘の事を想像しながらゆるりと差し込んだ。



     去勢ゲームなんか選ばなきゃよかった     おわり



ピクシブ主催の小さなSFコンテストに出品したものです。

最初の一文が決まっていて、それに続くストーリーを創作するというルールでした。(10000文字以内)

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