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クロノスの騎士  作者: てへぺろ
第一章 アクムリア連邦王国
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07. クロノスの誘拐

「ほん……、最近どう……るんだか」

「あぁ、このま……じゃ商売あがっ………ぜ」


 途切れ途切れに聞こえる人の声。

 男の声だ。おそらく二人。

 頬に当たる硬質な感触。


 覚醒とともに、クロノスの後頭部がずきりと痛み、たまらず顔をしかめる。


「各地でこんなやつが湧いてるんだろお?」

「あぶなくてしょうがねぇ。魔獣も活性化してるみたいだし、デンジャラスじゃねぇか」


 男たちの声にまじって、キーキーと甲高い声や硬いものをかじる音、しきりに何かに身体をぶつけるような音が響く。


 起き上がろうとするも、バランスを崩して倒れる。倒れたはずみに硬いものにあたり、それが檻の鉄格子なのだと気づいた。後ろ手に縛られておりうまくバランスがとれない。


「おっ、かわい子ちゃん起きたかあ」


 檻の中を男がのぞき込んでくる。短い五分刈りの赤毛の男だ。にっと笑う口元の歯は何本も欠けている。酒臭い息に、クロノスは顔をしかめた。


「ほほう、寝顔もキュートだが、起きてるとまた雰囲気変わっていいな。愛玩用で可愛がってもらえそうだな」


 もう一人の男が、大判の紙をばさりと畳みながらちらっと檻をのぞいた。こちらは小太りで濃い茶色い毛をきっちりとオールバックにしている。


「誘拐による人身売買か?」


 檻の中に這いつくばりながらも、クロノスの声は恐れも動揺も、微塵も感じさせないものだった。


「大正解~、見た目も良いし、魔力もレアってことで、街で見かけたお前に目をつけてたのさ」

「俺が人間じゃないとしても、法に触れるんじゃないのか」

「なーにいってんだ。お前の身体、どこにも連邦王国公式の奴隷証が無いな?野良の亜人に人権はない。お前は法で守られてないのさあ」


 ヒャハハと、男たちが笑う。


「俺の服を調べたら王立アカデミーの学生ということがわかるだろう。警備隊が踏み入る前にさっさと解放しろ」

「さっきから、亜人の割になかなか知能が高いなあ?残念だが、学生証があろうが亜人は亜人。この国では奴隷以下の身分だ。警備隊なんか動かねえよ」

「種族の違いのみで、身分に差をつけるなど、愚かな」


 睨むクロノスを鼻で笑い、檻の隙間から男の一人が手をいれて、小さな顎をつかんで上向かせる。牙を確認するように、唇を少し持ち上げた。


「自分の種族言えるか?その髪、その瞳、間違いなく亜人種だが、どうもよくわからん。競りの時に種族情報いれといた方が、高値で売れる」


 カサつく指が頬を撫でる気持ち悪さに、クロノスが身をよじるのにも構わず、男は小さな耳もつまんで確認する。


「耳、とがってないけど適当にダークエルフの子供にでもしておくか。金持ちが好きそうだ」

「っ……気安く触るなっ!」


 がぶっとクロノスが男の手に噛み付いた。


「痛ぇっ!離せ!」


 痛みのあまり男が手を振り払うと同時に、クロノスが檻の鉄格子に叩きつけられる。はずみでクロノスのポケットから、ぽろりと鈍く光るものが落ちた。

 それを口で咥えると、クロノスは男に向けて狙いをつけ、魔力をこめる。


 それは今日の昼間、ヒュンメル先生のラボで作った、空気銃まがいのものだった。少量の魔力をこめると、指向性のある圧縮された空気を打ち出すことができる。

 クロノスが知恵を絞っただけあって、打ちどころが悪ければ、相手を昏倒させることすらできる代物だ。


「ぐふっ!」

「うおっ!なんだこれっ!」


 一人は命中してぶっ倒れ、もう一人は慌ててクロノスの檻から離れる。


「まじか!とんだリトルオーガだな!麻酔銃、うちこんでやる」


 男がなにか構えたその時、部屋の扉ががちゃりとあいた。


「おい、準備できたぞ」


 野太い、存在感のある威圧的な声とともに、三人目の男が入ってきて、部屋の惨状に眉をしかめる。

 クロノスの檻のすぐ近くにいる男が、事の顛末を口から唾を飛ばしながら説明した。


「へえ!そりゃ面白い。今夜の競りは趣向を変えよう!」


 倒れている男と、口に空気銃咥えてフーフー言ってるクロノスをみて、三人目の男は大笑いした。


 ◇


 なんなんだ、こいつは。


 檻を挟んだ目の前の生き物に、クロノスの背中を嫌な汗が伝う。


「レッディースアンド、ジェントルメーン!ようこそいらっしゃいましたこのアンドリューズオークションショーへ!今宵もめくるめく甘美な一時をお届けします」


 つばを飛ばしながら甲高い声をあげるピエロの声をぴったりと閉じた緞帳越しに聞きながら、クロノスは目の前の生き物から目が離せなかった。


 ガチガチと牙をならすそれは、大きめのウサギのようにみえた。しかし、その全身を包む気配は異様。


 瞳は黒紫色で全体的に黒い魔力につつまれている。

 額には魔導石に似た石が埋め込まれており、そこから高い魔力の気配がするのだった。


 クロノスは、その魔力に困惑していた。


 ………俺の気配がする。


 特にその額の石からは、濃密なクロノス自身の魔力が感じられた。


「みなさまお待ちかね、ショーの時間です!最近、世間を騒がせている魔獣化した獣。それと、本日の目玉であるダークエルフのこどものバトルです!こどもといえども、人間の大人を容易にほふる戦闘力がございます」


 緞帳が開くと同時に歓声がわきあがる。


 ステージの上には巨大な魔術紋。

 さらにその上には、ライトに照らされた、檻がふたつ。

 ひとつには、魔獣化したうさぎ。

 もうひとつには、クロノス。


「魔術紋による結界効果で、みなさま、ご安全です!今回の目玉商品同士のバトル!戦闘力もぜひご確認くださーい!」


 司会が合図を送ると同時に、二つの檻の鍵が開く。


 クロノスは、魔術紋を一通り確認してから、ゆっくりと檻から出た。手枷はすでに外されている。


 観客の歓声に、悲鳴が混じる。あんなちっちゃい子が?みたいなところだろう。


「ご安心ください!ダークエルフは戦闘力が高いのです!万が一のときは、床の魔術紋のセーフ機能が作動します!」


 ウサギも檻から出てくると、苛立たしげに耳を揺らしながらクロノスをひとにらみし、いきなり突進してきた。


 横にとびのいたクロノスを、さらに追って鋭い牙で噛み付こうとする。


「ぐっ……!」


 クロノスの腕が切り裂かれ、血がとびちった。

 会場から、また悲鳴があがる。


 再度、襲いかかろうとするウサギの眉間の魔石に狙いをつけて、クロノスは空気銃をうちこむ。もんどりうって転がったウサギが、首を振って起きようとしているうちに、クロノスは自身の血を指ですくい、床の魔術紋にこすりつけた。


 魔術紋の基点、その効果を担保する箇所をクロノスの血で上書きする。


 両手を床の魔術紋にパンッとつけて、魔力を流し込む。


 パリンという硬質な音とともに、ステージ上を覆っていた結界が砕け散る。魔術紋にクロノスが修正をくわえたことで、結界の効果を維持できなくなったのだ。


 つっこんでくるウサギをかわして、クロノスは客席に飛び込んだ。ウサギもクロノスを追って客席に身をおどらせる。


 一気に客席は混乱と恐怖の坩堝と化した。


「落ち着いてくださーい!すぐにつかまえまーす!」


 ピエロの声が虚しく響くなか、ステージのかげから黒い服を着た男たちがわらわら野太く叫びながらでてくる。


 クロノスは懐から、さきほど露天商のスミスからもらった赤い魔導石をとりだした。口に咥えて、やたらめったら空気銃をうつ。赤い魔導石にこめられているのは、火属性の魔力。それをこめて撃てば、着弾した先から火の手があがる。


 会場が怒号と煙に包まれていく。


「くそっ!止まれ!小僧!」


 何人もの黒服が追いかけてくるが、逃げ惑う人に阻まれて、クロノスをつかまえられない。


 出口の扉に向かおうとするクロノスを、横から体当りして吹き飛ばすものがあった。魔獣化したウサギだ。


 甲高い鳴き声とともに、クロノスをにらみつける。


「お前、俺の魔力がほしいのか」


 そうだとばかりに、床を踏み鳴らし、ウサギが突進してくる。


 ウサギの額の魔石に狙いを定め、クロノスは最大出力で空気銃を放った。


 ガシャンという音ともに、魔石が割れて砕けちり、ウサギがもんどりうって倒れ、動かなくなる。

 魔石の割れ目から、黒いもやもやとしたものが這い出てくる。


 黒いもやは、一直線にクロノスに向かい、その身体をからめとる。


 ひとしきりクロノスを覆ったあと、吸い込まれるように消えた。


「ぐっ………あああっ!」


 強大な魔力のごく一部。

 それが、魔力がほとんどないクロノスに、焼けつく熱さを伴って、注ぎ込まれる。


 たまらず、膝をつき、拳を握りしめる。


「いまだ!つかまえろ!」


 男たちの声が聞こえるが、うまく体が動かない。こめかみを汗がつたう。

 バチバチとクロノスの身体のまわりに黒い雷光が跳ねまわる。


 背中がふいに熱くなると同時に、ばさりと音がして、大きな黒い羽根がクロノスの背中の左側に現れた。一枚しかない隻翼。


「ひぃっ!黒い羽根!?魔族!?」

「ばかな!魔族がこんなところにいるわけない!」

「ここ数百年、現れてないんだぞ!」


 驚愕の声を聞きながら、クロノスは自身の身体に力が満ちるのを感じた。

 立ち上がり、見渡せば目を見開きおののく黒服たち。


 彼らに向かって、クロノスは厳かに告げた。


「誰相手であれ、他者に危害を加えるのならば、それ相応のリスクも伴う。教えてやろう、かつて我らにたてついた人間どもが、どんな目にあったのか」


 炎に照らされたクロノスの翼が壁にうつり、巨大な黒い影がうごめく。誰かが小さく、悪魔、とつぶやいた。



 竜の咆哮とともに、建物が揺れ、窓という窓が割れ砕かれる。建物中に充満していた煙が自由を求めて割れた窓から外へ、もくもくと逃げ出した。


「クロ!無事!?」


 割れ散ったガラスの破片とともに、窓の外から聞こえたのは、スミレの声だった。


 割れた窓から、スミレが建物の中に入る。


 まるでハリケーンに襲われたような劇場内には、壊れた椅子や窓ガラスが散乱し、煤にまみれていた。


 そのすみに、スミレが探し求めていた男の子が一人立っていた。足元には黒服の男が何人も倒れ伏している。


「クロ!」


 まっしぐらに駆け寄って、抱き上げる。いつもより少し重い気がした。


「怪我はない?大丈夫?」

「うん、無傷。スミレ、俺を助けに来てくれたの?嬉しい」


 最後は囁くような小さな声だった。ぎゅっとスミレの首にしがみついて、そのまま体重を預けてくる。


「すこし、疲れた」

「無事で本当に良かった。おうちでゆっくり休もう」


 こくりと肩のところで頷く気配。ずっしりと重く、今にも寝てしまいそうだ。


「スミレ、クロいたか!?」


 シバが桃色の飛竜にのって現れ、ぴょんと建物の中に入り、スミレのところに駆け寄る。


「ほんとにいたなぁ、あのアイテムすっごいな」

「うん、クロに仕掛けておいてよかった」


 スミレの手のひらには、平べったい四角形の魔力感知器。シロ用の発信器を、迷子防止のためにこっそりクロに仕掛けておいていたのだった。


「君たち、ご苦労!お手柄だったね」


 入り口から、警備隊の服装をした男性が入ってきた。



 警備隊 デニスの日誌 活動記録より抜粋


•亜人種迷子の通報あり。通報者:王立アカデミー教授 フィリップ=グレズリー

•アカデミー生の飛竜二匹に王都上空旋回許可を出し、捜索

•王都北区シティホールにて火災発生のため、国家防災法七十三条に基づき、アカデミー生の飛竜ニ匹に、シティホールの窓をやぶるよう指示。

•シティホール内での人身売買開催を確認のうえ、迷子の亜人保護

•人身売買組織員を十ニ名確保。全員意識を失っていたが呼吸心音ともに正常。ただ、当日のオークションのことについては記憶が不明瞭。人身売買組織の摘発のため、引き続き事情聴取予定。顧客名簿についても入手済み。


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