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クロノスの騎士  作者: てへぺろ
第一章 アクムリア連邦王国
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05. クロノスの遊学

基本的にスミレ視点です。地の文の、クロノスの呼び名は、スミレ視点のときはクロにしています。

 白亜の飛竜が翼を震わせて滑空する。飛竜の里はすでに遠く、進行方向には巨大なビルが立ち並ぶ。乾燥した砂まじりの風が頬を撫で、短い銀の髪が跳ねた。


 スミレは腕の中で目をキラキラさせているクロをちらっと見る。二人で飛竜のシロにまたがり、手綱をにぎるスミレの前にクロが座っている。


 空を飛ぶのが珍しいのか、さきほどから身を乗り出そうとするクロを、スミレが抱えておさえているのだった。


 スミレはクロに気づかれないように、小さくため息をこぼす。


 今日は、スミレが街のアカデミーに行く日だ。だから、クロのことはモクレンおばさんに頼む予定だったのだが。


「俺も行きたい」


 教本をパラパラめくっていたクロがいきなり言い出した。


 基本的にアカデミーは、生徒しか入れない。

 それでも、どうしても行きたい、邪魔しない、静かにしていると、頑なに言い張るクロに根負けして、スミレが折れる形でクロを連れていくことになったのだった。

 一応、きちっとした格好に見えるように、スミレが小さい頃の礼服を着せている。男の子でも問題ないデザインのものだが、サイズが大きいので袖はまくった。


 アカデミーの竜舎にシロを預けて、飛竜科とかかれた建物に入る。このあたりの建物は白っぽいレンガ造りの建物が多い。クロが転ばないように気をつけながら、石造りの階段を下りる。


 大講義室に入った途端、予想通りクラスメイトに囲まれた。


「スミレ、おはよう!その子どうしたの?」

「えー、亜人?」

「奴隷連れてきちゃっていいのかよ」


 女子も男子も、興味津々といった感じでクロをみつめてくる。

 あまりの勢いにスミレが目を白黒させていると、クロがぺこりとお辞儀した。


「クロといいます。みなさんのじゃまはしませんので、よろしくおねがいします」


 はっきりとした声で挨拶し、にこっと笑ってみせる。


 かわいいー、と女子からの悲鳴があがった。

 男子も、おおっとどよめく。


 みんな話しかけるだけにとどまらず、頭を撫でたり、抱っこしようとしたり、クロのまわりは喧騒に包まれた。


「でも今からフィリップの魔術律式まじゅつりっしきだろ?大丈夫かな」


 クラスメイトのシバの言葉に、スミレの気持ちが沈む。フィリップ先生は蛇のように厳しいことで有名なのだ。


「何を騒いでいる。もう始業の時間だぞ」


 噂をすれば影。ぴしりとした冷たい声に、全員の背筋がしゃんと伸びて、すり鉢状の講堂の好きな場所にさっと座る。


 スミレも手近な席にクロとともに座った。すり鉢の中ほどの深さで廊下に近い席だ。

 予想通り、フィリップ先生がスミレとクロを見て眉をひそめる。ぴったりと七三に分けた淡い金色の髪は、フィリップ先生がどんな動きをしても揺れることはない。


「ここは、保育所ではないが。しかも亜人とは」

「おとなしくしていますので、見学させてください、フィリップ先生」


 不機嫌そうなフィリップ先生の言葉に、クロがぺこりと頭を下げる。


「見学とは、この授業を理解できる者だけが許される。その亜人にできるとは到底思えない」

「すみません、私が保護して預かっている子です。今日だけですので。クロは静かにできますし」


 スミレがクロを庇うも、フィリップ先生の目は険しい。


「秩序を乱されるのが、私は大嫌いでね」


 フィリップ先生が黒板にカリカリと簡易律式を書く。


「スミレ、君がこれを解けるのなら、その亜人の見学を許そう。解けなければ、速攻荷物をまとめて出ていけ。そして、二度とくるな。この講義の単位はやらん」


 その律式は、スミレが習ってきたものよりはるかに専門的だった。

 もちろん、スミレに解けるわけがない。


 真っ青になっているスミレの裾を、クロがちょいちょいと引っ張る。クロが指差すノートの上には走り書きのメモ。


 それはまさに、黒板に書かれた簡易律式の解だった。


 スミレがその解をよみあげると、フィリップ先生が苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「まぐれであてるとは。じゃあ、前に出て導出過程を書いてみろ。二パターンともだ。それができてこその魔術律式だからな」


 さらに青くなるスミレの横で、スッとクロが立ち上がった。


「見学するのは俺なんだから、スミレは関係ないだろ」


 ちょこちょこっと前に出て、板書用のペンを握る。


「ここはお絵描きするところじゃないぞ、小僧」

「黙ってみていろ。お前に秩序というものを教えてやる」


 さらさらと、黒板に導出式を書き出した。

 背が足りないので、下の方に横並びに書いていく。

 二つ書いて、さらに三つめも書く。


「教本は一通り目を通した。お前たちが使うのはこの二個なんだろう?」


 とんとんと、小さな手の甲で最初に書いた二つの導出式を示す。


「これらは厳密には最適解が求まらない。この三個めの解法は、最適解が求まるうえに最も計算量が低い。お前も教鞭をとるくらいならわかるだろ?この解法の秩序だった美しさが」


 ぽとりと、フィリップ先生の手からペンが落ちた。


「そ、そんな。この計算量でこれを解くなんて、世紀の大発見じゃないか……」


 え、そんなに、っと、クロが小さくつぶやいて、咳払いした。


「これはお前が論文にするなり発表するなりしていい。そのかわり、スミレに単位をやれ。そして俺に好きなだけ見学させろ。フィリップ、お前の実力のほど、じっくり見極めてやる」

「……わかりました、クロ先生」


 フィリップ先生は手元の紙に、板書された律式を、目を釣り上げながらメモった。


 席に戻ったクロは、目を丸くしているスミレの横に得意げに座る。


「スミレの、単位とやらは死守しといたぞ」



 次の機械魔術の授業は、クロはいたく興味津々なようで、前のめりになって聞いている。


 温厚なヒュンメル先生は、快くクロも授業に参加させてくれた。


「すごい!本で見るのと、実際にやるのは全然違う。おもしろいな」


 最初からずっと、クロは目を輝かせている。機械魔術は、機械に魔術紋を刻み魔術律式を組み込むことで、様々な絡繰を駆動できる代物だ。


「これを使うと魔力が少なくても、いろんなことができるんですよ。今日はこのねずみを作ってみてください」


 機械仕掛けのねずみがくるくるまわって、ヒュンメル先生が指示したところでジャンプした。


 みんながねずみを作ってる横で、クロだけは一生懸命違うものをつくっている。

 スミレは途中でちらっと見たが、二個も三個もあれこれ楽しそうに作っているのだった。


「クロ君、何作ってるの?」


 ヒュンメル先生がクロの手元をのぞきこむ。眼鏡の奥の緑色の瞳をぱちくりさせて、首を傾げた。


 夢中で取り組むクロは顔もあげずに説明する。


「いろんな魔術律式を組み込んで試してるんだ。これは魔力感知、こっちは魔力増幅。で、今やってるこれは反重力機構を入れようと思って。応用広くてすごいな!今の俺でも小規模な魔法まがいのことができる」

「えっ、ちょっと待って、クロ君、ちょっとまってください。反重力機構!?」


 ヒュンメル先生の慌てた声に、やっとクロが顔をあげた。


「だめだった?」


 とんでもない、とヒュンメル先生が首を横に振る。


「スミレさん、飛竜実技の授業の間、クロ君お借りしてもいいですか?じっくりと話してみたい」


 ヒュンメル先生の紅潮した顔を前に、スミレは首をたてにふるしかなかった。



 飛竜実技が終わった後、スミレがヒュンメル先生の研究室にいくと、興奮したヒュンメル先生と楽しそうなクロがしきりになにか話していた。


 机の上にはいじくりまわした魔術仕掛けの機械が散乱している。


「スミレ!」


 クロが座っていた椅子からぴょんと飛び降りて、スミレに駆けよる。


「今日は連れてきてくれてありがとう!すっごく楽しい。これ、スミレに作ったんだ」


 得意げに差し出した手の上には二つの機械。ひとつは二cmほどのちいさな玉状のもの、もうひとつは五cmくらいの中央に緑色の石がはめられた菱形のもの。どちらも複雑な意匠が施された金色の金属がベースになっている。


「魔力感知器に指向性をもたせたんだ。この四角いやつの真ん中の石を押すと細い光が出てきて、必ずこっちの丸いのがある方向を指す。シロとか、すぐ迷子になりそうだから、つけといたらいいんじゃないかと思って」


 スミレは何度も試して遊んでみる。クロが賢いとは思っていたが、想像以上で驚いた。


「ありがとう、クロ。こんなの作れちゃうのすごいね」


 スミレがクロをなでなでしていると、フィリップ先生がやってきた。


「クロ先生!こちらを」


 金色のバッジを取り出すと、うやうやしくクロの胸につける。バッジの下には、赤色のリボンがくっついている。


「これはアカデミー生のバッジです。この赤リボンは私のラボの研究生の証。これがあればいつでも、アカデミーに入れますので」

「えっ、フィリップ先生ずるいです、それ!」


 ヒュンメル先生が机をごそごそあさって、水色のリボンをとりだしてくる。


「私の研究生の証もぜひ」


 クロの胸についたバッジに水色リボンをくっつけてくる。


「ヒュンメル先生、うちのリボンの上につけないでくださいよ」

「いや、クロ君は、機械魔術に興味あるみたいですし」


 二人でしばらく盛大に揉めていた。



 今日、最後の授業は、地歴学だった。

 クロは眉をひそめて食い入るように地図を眺めていた。


「スミレ、この森しかないように見えるところに、国はないのか」


 こそこそと、ちっちゃくささやいてくる。


「魔獣の森のこと?魔獣や魔族が住むあぶないところだよ」


 スミレの言葉に、ますますクロが顔をしかめる。


「はい、そこ。私語はつつしんで。静かにするっていうから見学許可したのよ。質問なら手を挙げて」


 長い黒髪を揺らしながらルメール先生が、ぱんぱんと教卓をたたく。


 ぱっと、クロが手を挙げた。


「魔獣の森は、国じゃないんですか」

「ええ、そこは未開の地。魔獣や魔族がいておいそれと立ち入るところができない場所よ」


 クロは首を傾げながらさらに質問する。


「三百年前の、人魔協定について、どう思いますか?」

「人魔……?そういう協定は聞いたことないわ」

「世界蔵書舟に協定書が乗ってるはずなんだが」

「その舟ならば150年前に焼け落ちましたよ」


 一瞬絶句するクロ。

 少しちいさな声でさらに質問をかさねた。


「魔族は、人間にとってどういう存在だと思っているんだ」

「魔獣を産みだす危険な亜人でしょう。魔獣危害の多さを考えるとなるべく駆逐したほうがいいでしょうね。だから魔王討伐隊には期待がかかっているのよ」


 魔王……と、クロは小さくつぶやき、あっと口に手を当てる。


「魔王は魔族たちを統べる存在よ。魔族の中でも最も力があり非常に残忍で凶悪だと。いつ魔獣の森から出てきて我々に襲いかかってくるかわからないわ。対抗するために五大陸の国々によるバハナ協定が結ばれ、討伐隊が準備されてたはずよ。これは今度の試験で出ますよ」

「もっと、詳しく、知りたいのですが」


 うつむくクロに、ルメール先生は図書館の存在と、試験勉強におすすめの本を教えてくれた。


「ルメール先生、質問に答えていただき感謝します。さいごに、ひとつだけ。ガルバール帝国という名前に聞き覚えは?」


 ルメール先生は、初耳だと首を傾げた。



「クロ、もう寝よう?」


 お風呂に入ったあとも、ずっと図書館で借りた本と向き合っているクロに、声をかける。地歴学の授業以降、ずっと黙っているクロが、スミレは心配だった。


 ベッドに座ってぽんぽん布団をたたくと、クロは読んでた本をぱたりと閉じて、ベッドによいしょとのぼってきた。スミレの横にちょこんと座る。


「クロは物知りですごいんだね。今日はびっくりしちゃった」


 黒髪をなでなですると、クロはふるふると首を振った。


「全然、だ。俺はなんにもわかってなかった」


 うつむいたクロから絞り出すような声が聞こえた。

 背中が小さく震えているが、泣いてるわけではないようだ。


「クロ、なにか悩みごと?なんでも言って」


 クロは首を振って、ささやくように答えた。


「大丈夫。元気になったから、今日から一人で寝れる」

「遠慮しなくていいのに」


 けらけらっとスミレが笑い飛ばして、すぐ横の小さな身体をきゅっと抱きしめる。こんなに思い詰めているクロを、一人にする気はなかった。


「今日も一緒に寝よ?あったかいよ」

「えっ、いや、一応、俺も男だし!ほら、あれだ、男はべアウルフみたいにあぶないんだぞ!」


 両手を狼の手っぽくして、ちょっと眉をしかめて、がおーとやってくる。こわいかおを作ってるつもりのようだ。むしろ可愛くて、スミレは吹き出した。


「こんな可愛いベアウルフなんて逆におそわれてみたいくらい」

「ちょ、やめ、くっ、力が強い」


 クロを抱きしめたまま、ひょいっと抱えて布団の中にいれる。そのまま、スミレも布団に潜り込んで、もがくクロを抱きしめれば、観念したのかいつもみたいにおとなしくなった。


「いつか、後悔してもしらないからな!」


 腕の中で、まだ何か言ってるのがまたおかしくて、くすくす笑ってしまう。


 しばらくクロはブツブツ言っていたが、背中をとんとんしてたらあっという間に寝てしまった。


 あどけない寝顔をながめつつ、スミレは今日の出来事を思い出す。


 大人びた物言い。

 アカデミーの教師陣すら舌を巻く頭脳。

 地歴学での質問の数々。

 謎に包まれた素性。


 そっと、クロの唇に手をあてて、起こさないように口を開く。


 そこには、人間のものとは思えない牙がちょこんとのぞいていた。


 魔獣の森。

 ガルバール帝国。


 ずいぶんとクロが気にしていたことを、スミレは思い出す。


 もしかしたら、クロの素性と関係あるのだろうか。

 そんなことを思いつつ、腕の中の重みを抱きしめた。



 それが力を手に入れたのは偶然だった。

 見たこともない黒紫色の花に興味を惹かれ、ぱくりと口に入れた途端身体が熱くなった。キキッと悲鳴をあげたあと意識を失い、めざめれば世界が一変していた。驚きのあまり、長い耳をくりくりと動かす。


 もう今までのような、捕食される側ではない。他者を圧倒し蹂躙できる力が、身体に満ちていた。水溜りに映した自分の額には黒色の魔石。


 もっとほしい。

 もっとこの力がほしい。


 そうして探し求めた先には、自分より遥かに大きく凶暴なししがいた。


 そのぎらつく黒紫色に濁った瞳を、額の大きな魔石を、見た瞬間震え上がった。


 力を奪われる。


 一目散に逃げた先には。

 不運にも人間が仕掛けた罠があった。

ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます。

嬉しいなあと思いながら、小説情報欄を眺めています。ありがとうございます!

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