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クロノスの騎士  作者: てへぺろ
第一章 アクムリア連邦王国
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02. シャムロックの献身

「……ノスさま……クロノスさま………!」


 耳元でキーキーと叫ぶ小さな声に、クロノスの意識が浮上する。身じろぎすれば、身体の下でガサリと枯れた落ち葉が音を立てた。


 顔に当たる風の冷たさ。目を開けると、空を覆う木々の梢と、そこから陰鬱と重くたれこめる雲がみえた。キーキー声以外に、近くに生き物の気配は無い。


「クロノスさま!お気づきになられましたか!」


 ちょこまかと、せわしなくクロノスの腕を這う感触。それは、ちいさなねずみだった。しっぽは長く、小汚く色あせたみすぼらしいネズミだ。

 倒れているクロノスの顔を覗き込むネズミの瞳を、その気配を、クロノスは知っていた。


「あ……、シャムロック……?」

「はい、シャムロックでございます。お目覚めになられてよかった。しかし、なんというおいたわしいお姿」


 がばりと、クロノスが身体を起こすも、全身に響く痛みに、胸をおさえてうめき、また枯れ葉の中に身を横たえる。


「無理をなされてはいけません。あなたの身体は再構成されたばかり、まだ魂と身体が定着しきっていないのです」

「再構成……?」


 つぶやきながら、クロノスは違和感に気づく。さきほどから、妙に自分の声が高い。


「はい。今のクロノス様の状態に合うよう、身体を作り変えたのです」


 倒れたまま、クロノスは、自身の手をじっとみる。いつもより指は短く、骨もしっかりしていない。まるで、幼子の手のようだ。


「どうか、お力をお戻しくださりませ。この世界に散ったクロノス様の力を取り戻せば、元のお身体にもどることできましょう」


 キーキーとしたねずみの声が、少しずつ小さくなる。


「シャムロック……?」

「あぁ、我が王よ。あなたに出会い、ともに過ごした三百年、このシャムロック、どれだけ光栄だったか。あなたのそばにあることこそが、我が価値、我が生きる意味」


 ねずみが横たわるクロノスの頬に、弱々しくその毛皮をすりつける。


「あなたのために生き、あなたのために死ぬ。これほどの喜びがありますでしょうか。あぁ、クロノスさま」

「シャムロック!」


 弱々しくなるねずみの声に、クロノスは痛みをこらえて起き上がり、ねずみを手の上にのせる。ねずみはすでに身体を起こすこともできず、クロノスの手の上で横たわりしっぽを垂らしている。

 黒いちいさな目だけがクロノスをみつめていた。


「どうか、あなたのこれからの歩みに祝福あらんことを。このシャムロック、いつまでもクロノスさまの味方、ですぞ」

「待て!逝くな、シャムロック!」

「叶うことなら、ずっとあなたをささえたか……」


 淡い光にねずみが包まれる。ねずみのつぶらな瞳が力なく閉じた。光り輝く細かな粒子がふわりと浮かび上がる。さらりとねずみの身体が砂になり、クロノスの指の隙間からこぼれおちる。


「シャムロック!お前も俺をおいて逝くのか!」


 つかもうとしても、砂は指の隙間からこぼれるばかり。こぼれた砂を追って地面を掴むも、もうどこにも砂の気配はない。


「くそっ!シャムロック!どうしてこうなった!」


 あたりをもう一度見渡す。鬱蒼とした山の中、シャムロックの魔力の強い気配が残る。反魂にも近い大規模な魔法を、己の身を触媒にして行ったのだろう。自身の命と引き換えに、シャムロックはクロノスをこの世につなぎとめたのだ。


 好々爺然としたシャムロックの顔が、脳裏に浮かぶ。常にクロノスを陰で支えた腹心の一人。永きに渡り、ともに国を守り、これからも変わらないと信じていたのに。


 落ち葉を力任せに握りしめる。


 ぽつりと、握った落ち葉に黒い染み。ぽつぽつと、空から降り落ちる冷たい水滴。それはすぐに勢いを増し、クロノスの全身をうつ。

 髪を、顔を、身体を濡らす。


「なぜだ!俺は、俺の力を尽して世界の平和を、安寧を、秩序を守ったつもりだった!なぜ、こうなった!」


 痛みをこらえて、激情のままに叫ぶ。

 降りしきる雨の中、慟哭は深い山にのまれて消えた。

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