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クロノスの騎士  作者: てへぺろ
第一章 アクムリア連邦王国
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01. ジークベルグの叛逆

 ぎちりと四肢に、隻翼に食いこむ白銀の鎖。それは硬い石床から生え伸び、男から自由を奪う。

 傍らには、さきほど切り落とされた片翼が、床にコウモリのような翼膜をさらす。切断面からは、いまだにあふれる鮮血。


「そこまで、俺がうとましかったか、ジークベルグ」


 背後から自身の胸を貫く剣先。それをみつめながら、男が低い声を絞り出す。口のはしからは血が滴り、漆黒の瞳は苦痛に歪む。


「申し訳ありません、クロノス様。私はもう、我慢できなかった」


 その声も、男を貫く剣の柄を握る手も、震えている。


 ずっと敬愛してきた主君に刃を突き立てるという不敬。覚悟を決めていたとはいえ、実際に肉を裂く感触に百戦錬磨といわれたジークベルグですら震えが止まらない。

 数百年、強大な魔力でこの地を治め、帝国の至宝とまで謳われる同族を、ジークベルグは今から謀殺するのだ。


「世界の秩序を崩すことを、お前は望むのか」


 クロノスの掠れた声。こんな状況ですら蠱惑的に響く低い声音に、ジークベルグの背筋がぞくぞくと粟立つ。

 迷いを振り切り、剣をえぐるようにひねり、未練を断つ。ごぽりと、血がクロノスの口からあふれた。


 ズン、と床がゆれ、石造りの天井からパラパラと細かい石片が落ちる。さきほどから断続的に振動が続く。


 玉座の間。

 常日ごろから謁見に使われるこの石造りの大広間は、今はガランとしていた。あちらこちらに、強い力でえぐられた武骨な穴があいている。


 石床には、血まみれの人間が数人、散らばるように倒れている。微かなうめき声が聞こえることから、死んではいないようだ。


 広間の中央には、飛竜に乗って槍を構えた騎士の躍動感あふれる石像が、血にまみれて屹立している。


 この場に今、立っているのは三人。


 ジークベルグ、クロノス、そして。


「世界の秩序だと!?ふざけるなっ」


 叫んだのは、苦しげに荒い息をつきながらも、燃える青い瞳でクロノスをにらみつける男。

 ボロボロの青銀の鎧をまとい、剣を杖のようにしてやっとのことで立っている。だらりと垂れた左腕は血にまみれていた。


「お前さえっ、お前さえいなければ!この世界は平和になるんだ!」


 片腕で剣をかまえ、身動きできないクロノスの胸に狙いを定める。


 広間の石壁を外側からドンドンと巨大なもので打ちすえる音が響く。石壁に入るヒビが見る間に大きくなる。


「勇者様、お早く!外のまもりはもうちませぬ!」


 ジークベルグの焦る声とともに、勇者と呼ばれた男が片腕で構えた剣に力をこめる。

 まばゆい光が剣に凝集する。光魔法の奥義のひとつ、自身の命と引き換えに魔を滅する強力な聖剣を生み出す技だ。


 光り輝く剣を、勇者がクロノスの胸につきたてる。勇者の青い瞳と、クロノスの漆黒の瞳が交差する。

 クロノスが、にっと唇の端をもちあげた。


「良い術だ。死なせるのはつまらん、な」

「だまれっ!死ね、魔王!」


 バチバチと雷光にも似た光がクロノスの身体を包む。雷光と異なり、その光は黒かった。


「スオウ、かたきは、とった、ぞ」


 ずるりと、勇者の身体から力が抜けてクロノスの足元に倒れふす。倒れる直前、その青い瞳に映るのは、広間の中心で物言わず立つ竜騎士の石像だった。


 勇者が倒れてもなお、雷光はバチバチと弾けとぶ。


「くっ……ぐああっ」


 クロノスが苦悶の叫びをあげながら、たまらず膝をつく。


 その横で、ジークベルグが震える手で水晶に似た宝玉をとりだす。


 なにごとか小さく唱えると、黒い雷光が、水晶に少しずつ吸い込まれていく。


「あぁ……、これで、あなたの力は、私のもの」


 雷光に焼かれるのも構わず、ジークベルグが片手でクロノスの褐色の頬に触れる。親指でそっと輪郭をなぞった。

 苦痛に歪む漆黒の瞳を覗き込む。そこには、恍惚ともいえる表情を浮かべるジークベルグが映っている。浅黒い肌に、肩口で切りそろえられた真っ直ぐな髪。


「せいぜい、面白き世を、つくれ、ジークベルグ」


 荒い呼吸の合間に放たれた言葉に、ジークベルグがびくりと身体をふるわせ、顔を歪める。


「我が王、私は……」


 ジークベルグが言い終える前に、大広間の石壁が破られ、まばゆい光が広間の中に差し込む。


「クロノス様、ご無事かっ」


 まばゆい光の中、一陣の風とともに飛び込む小柄な男。


「くそっ!ジークベルグ、きさまっ」


 斬撃とともに、クロノスの頬に触れていたジークベルグの腕が切り落とされる。

 慌てて下がるジークベルグの手から水晶が床に落ち、バリンとひび割れる。割れたところから、黒いもやが流れ出した。


「あぁっ!魔封じの宝玉が!」


 悔しげに叫ぶジークベルグにかまわず、小柄な男がクロノスにすがりついた。白髪に長い髭、さきほどの身のこなしからは想像もできない、仙人のような風貌の男だった。


「クロノス様!クロノス様!」


 雷光に焼かれるのも構わず、クロノスを抱きしめる。


「手を離せ、シャムロック、おまえも死ぬぞ」

「いやです!儂の命に替えても、あなたをお助けする!」


 シャムロックの詠唱とともに、シャムロックとクロノスを中心に、石床に金色の魔法陣が浮かび上がる。


「やめろ、シャムロック!お前までいなくなったらこの国はどうなる!死ぬのは俺一人で十分だ!」


 クロノスの制止にもシャムロックは止まらない。黒い雷光がシャムロックをも打ちすえる。枯れ木のごとき身体からは、鮮血が吹き出し、赤く焼け爛れた。

 雷光の勢いはどんどん増し、大広間中に黒い雷光が飛び散る。その多くは、ぽっかりと空いた岩壁の穴から外に放たれた。


 シャムロックの詠唱が一際高まるとともに、その場を黄金の光が包む。


 光がおさまったあとには、クロノスも、シャムロックもいなかった。黒い雷光も、どこにもない。


 ひどく奇妙な静けさが、玉座の間を包む。


 そこに、重い鎧を着込んだ男たちが、広間の入り口から、岩壁の穴からわらわらと入ってくる。

 彼らに向かって、ジークベルグは威厳をかき集めて告げた。


「クロノス帝王は崩御した!第一師団長シャムロックも死んだ!今日からはこの第二師団長のジークベルグが、帝王代理だ!」


 割れた水晶を、ジークベルグが掲げる。それは、わずかに黒く濁っていた。


「帝王クロノスの魔力、これが証だ!今からこの国は、俺がべる!」


 ジークベルグの声に、その場にいた鎧たちが膝を折り頭を下げた。

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