(17/17) つきもの。
リナはいつものようにコータのベッドで横になる。
ただ、夜中に訪れることはあまりない。
コータは矢那津のメールは開かず、
クライアントを閉じた。疲労困憊で、
なにかができる気分でもなかった。
「コータ、もう寝なよ。」
リナが促すのは、コータのベッド。
「え、えー。」
だがリナの顔はいつもに増して険しい。
機嫌が悪いのか、口調も穏やかではない。
また不機嫌になられても困るので
仕方がなく隅で細くなった。
日頃の運動不足の象徴である腹がはみ出し、
いまにもベッドから落ちそうになる。
――少しは痩せよう。
「コータって、ちゃんと眠れないってことある？」
「…ありますよ。」
リナからこんな相談をされたのは初めてだった。
当然、コータは不眠症の専門医ではないので、
治療方法は医者に相談するしかない。
蛍光灯の残光が、見慣れた部屋の陰を作る。
「コータはなんで眠れないの？」
「…高校を中退した、
辞めたって話は聞きました？」
「うん。知ってる。
不登校の引きこもりでしょ。」
「あー…。はい。」
概ねあっているので弁明は避けた。
「自分の喋ってる内容が、
伝わらなかったり、話相手を不用意に
傷つけたりするのが怖くなって。」
「いまも？」
「あ…、うん。今日、みたいになる。」
決して矢那津が悪いわけではない。
自分の中にあった均衡が崩壊して、
ある日、気づけば学校を逃げ出していた。
暗い部屋で背を向けているので、
リナに顔を見られなくて済む。
「そっか。コータも大変なんだね。」
「でも兄さんがさ。」
「うん？ パパ？」
「『不安はつきものだ。』って。」
「つきもの…って？」
「いつでもあるって意味ですね。
風邪ひいたら不安になりますよね。」
「うん。まぁー。」
「いまの仕事が上手くいかなかったらとか、
地震が起きたらどうしよう…とか。
考えたらキリがないから、
それに備えてみんな足掻くんだ、って。」
「うん。わかる。わたし…
グランパとグランマが帰ってこなかったら
どうしようって、なったりするの。」
背中越しに鼻をすする音がした。
「パパはコータと同じ年で
死んじゃったんだよ。」
それが、リナの不安の要因だった。
「コータなんて痔で死んじゃうかも…。」
「死にませんよ。」断言したものの不安になった。
「みんないなくなったら…
わたし、またひとりになっちゃう。」
葬式の日以来の、弱気なリナは珍しい。
けれどもそんな彼女に掛けられる言葉を、
引きこもりのコータは知らない。
ひとりになった彼女を想像する。
「毎日パンチする相手が必要ですね。」
「するよ。」
「いたっ。」
やはりリナに背中を叩かれる。痛くはなかった。
それから手がコータの身体に潜り込み、
腹をつままれた。
「コータのおデブ。カレーくさ…。」
不満をぼやき、背中から腹を抱きしめられる。
「おやすみ。」
「…おやすみなさい。」
この状況をコータは受け入れ難かった。
リナが眠りについたなら、
またリビングへ逃げようとコータは思っていた。
彼女の睡眠を邪魔せずじっとしていると、
背中の暖かさにまどろみ、そのまま
深い眠りに落ちるコータであった。
