第八話 結界vsシーバ
あの王子……いっそオルフィの視界に入らないように、どこかに閉じ込めてしまおうか。今までのクズっぷりを思い出すたびに、足の先から少しづつ凍らせて、凍った場所から順に砕いてやりたくなる。そして、そんな様子を思い浮かべると、ぼくの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
(あ、いけない……また闇に引っぱられてる!)
ぼくは時々……いや、頻繁にかな……。仄昏い影の中から、伸びて来る手に絡め取られてしまいたくなる。闇に呑まれて、どっぷりと浸ってしまえば楽になる。
それでも崖っぷちで踏みとどまっているのは、日の当たる場所を目指すと決めたからだ。
ぼくはオルフィが一緒なら死体の上でも幸せだけれど、オルフィはぼくの築いた屍の山の上では暮らせない。繰り返されたやり直しの中で、ぼくがオルフィのために誰かを踏みにじると、オルフィはとても苦しんで、自死を選んでしまったりする。
そしてめんどくさいことに、そんなオルフィの善良で傷つきやすい魂が、ぼくはたまらなく愛しいんだ。後ろめたい方法や力技は最後の手段だと日々自分に言い聞かせる、修行僧のような毎日を過ごしている。
『何ひとつ諦めずに全てを手に入れる』
我ながら、なんて大それたことを考えているんだろう。
(よし、王子の様子を見に行ってみよう!)
ぼくは十二年というアドバンテージを、最大限に有効に使う計画を立てようと思っている。まずは、敵を知ることからはじめよう。
(そのためには王城の魔物除けの結界を、どうにかしなくちゃいけないんだよねぇ)
でもコレ、実はかなり難易度が高い。だってもし万が一結界を破ってしまったら、討伐対象になってしまう。
「気づかれない程度の綻びを作ってみる……?」
ぼくは七回のやり直しの中で、何度か大きな力を手に入れている。呪文は魂に刻まれるので、ぼくは今でも魔王になった時に使った全てを滅ぼす方法も知っている。でもぼくはまだまだ未成熟なので、そんな呪文は使えない。魔力が足りないし、それを操作する技術もないんだけどね。
ただし、狼の姿を持つ今のぼくは、魔力を通すことの出来る極細の毛を持っている。これを使えば、設置型の魔法なら、命令を書き換えることが出来るかも知れない。
ぼくはオルフィがお昼寝するのを待ってから、王城へと向かった。
王都はオルフィの屋敷があるオーレス地方から、南へ馬車で丸一日走るくらいの場所にある。ぼくなら魔物の力をフルに使って四半刻(三十分)くらいだ。
冷たい風の道を作って、その中を駆けてゆく。
今まで、こんなに速く長く走れる姿に進化したことはない。コロコロとした子狼の姿でこの速さだ。成長したら、きっともっと速くなる。
(狼、いいな。色々、面白い!)
魔王になった時は転移の魔法陣も使えたから、移動なんて一瞬だった。あれも便利だったけれど、風を切って自分の足で走るのはとても気分がいい。
夢中で走って、無事に王都の入り口へと着いた。街の周りにも結界が張ってあったけれど、街壁と同じ高さだったので、見回りの兵士の隙を見て飛び越えた。王城の結界はドーム型にすっぽりと覆い被さるように展開していたはずだ。
路地裏で人目のないことを確認してから、進化前の姿……羽根のある氷の小人へと変化する。魔物は進化の過程で手に入れた姿ならば、自分の意思で変わることが出来る。
(この姿は、気配を消したり、透明になったり出来るから便利なんだよね。飛べるし!)
透明になって王城まで飛び、結界の裾の茂みの中で再び狼の姿へと戻る。
(さてと、どんな術式が使われているのかな?)
うむうむ、基本は聖属性だ。魔物除けの結界なら、まあ当然だよね。魔物を弾きだす性質を前面に出して、網目を強化しているのは……ああ、土属性だ。風属性で弾力を持たせて……。
「この結界……ぼく、見たことがある……」
五度目のやり直しの時、イザベラに売り飛ばされた先の、魔法陣研究所の仕事だ!
ぼくはこの結界で閉じ込められて、色々な実験台に使われた。何度も抜け出そうとして、そのたびに結界が強化されてしまったっけ。
(あれは、王城の結界のための実験だったのか……!)
ぼくの命は、あのクズ王子を守るために削られていたんだ……。そしてあいつは、ぼくの手が届かない場所で、オルフィを苦しめ続けた!
怒りで、闇の気配が近くなる。無意識のうちに、唸り声をあげていた。ダメだ! 落ち着かないと!
(ぼくを売り飛ばしたのはイザベラだ! イザベラはもう、罪の報いを受けている! 王子を恨むのは筋違いだ)
魔法陣研究所での経験は役に立った! この結界を、ぼくは自分の思い通りに書き換えることが出来る。だから……だから、落ち着け!
深呼吸をして、お腹の一番細い毛に魔力を通す。外から術式に手を加えるのは、繊細な魔力操作を必要とする。怒りに震えながら出来るような作業じゃない。
もう一度深呼吸して集中力を研ぎ澄まし、ぼくの魔力だけを、感知しないように命令を書き換える。
これでぼくを阻むものはなくなった。クズ王子が、今どのくらいのクズなのか、確かめに行こう!