第七話 オルフィの幸せ、ぼくの幸せ
昨日は更新出来ず、申し訳ありません。毎日投稿を目指しておりますが、時折りこういったことがあるかと思われます。「書けなかったんだな! ぷぷぷ!」とお目こぼし頂けると助かります。
イザベラとベロニカが居なくなって、屋敷は平穏を取り戻した。それと同時に、捕縛劇の立役者となったぼくの、お屋敷での待遇が劇的に変化した。
それまでは、そう装っていたこともあって、ぼくは『無害で可愛いけど、ちょっと怖い魔物のペット』だった。けれど、イザベラとベロニカを退治したことで『忠臣』的なイメージが強くなったらしい。
それは、直前に狼の子供の姿に進化したことが、大きな要因なのではないかと思う。犬科の動物が飼い主のために働くことを、人間は美徳として歓迎する。そして、可愛い子狼の姿は屋敷の人たちの『魔物は脅威だ』という意識をうまく包み込んでくれた。
「シーバくん、こんなに小さいのにオルフィーユさまのために頑張ったのね! えらいわ!」
「やるじゃねぇか、シーバ! この調子でお嬢さまを守るんだぞ!」
「わー、不思議な手触り! ふわふわでサラサラ……。か、か、可愛い……!」
大人気だ。
ちなみにぼくは屋敷の人たちの前では、「わん!」と吠えたり、「クーンクーン」と鼻を鳴らして、狼ぶりっ子している。お腹を撫でられたり、おやつをもらったりするのは、ちょっと照れくさいけど、意外に嬉しかったりする。
だって過去の七回で、こんなにも人間に好意的な態度を向けられるのは初めてなんだもん。怖がられたり、気味悪いと思われるより全然いい。
ぼくが人間の言葉を話せることを、今回の件で旦那さまにも打ち明けた。ここで恩を売っておくのは重要だよね! 旦那さまはぼくの希望通り、役人にはぼくのことを伏せてくれたし、屋敷の人たちに箝口令を敷いてくれた。
オルフィは、イザベラとベロニカがいなければ、なんの不自由もないお嬢さまだ。娘を溺愛する旦那さまと、善良な屋敷の人たちに囲まれて、きっと真っ直ぐに育ってゆくだろう。
あと四年と少しで、オルフィとこの国の王子との婚約話が持ち上がる。旦那さまはなかなか優秀な領主だし、オルフィの家は貴族としても由緒正しい。オルフィはこの先とても美しく成長するので、王族が目をつけても無理はないんだけど……。
ぼくの知る限り、オルフィの婚約相手となる王子はロクでもないやつだった。オルフィを傷つけても良い相手だと見下して、踏みにじることで喜ぶような最低野郎だった。
ただそれは、あの頃のオルフィがとても萎縮していたことが根本にある。イザベラとベロニカに虐められて育ち、自分を卑下してしまう癖がオルフィにはあった。自分に価値が見出せない人間は、他の者から酷い扱いを受けても、それを自分のせいだと思い込んでしまう。
クズ王子は、お屋敷に居場所のなかったオルフィのすがるような様子につけ込んで、心も身体も弄んだことさえあった。お城には魔物避けの結界があって入れなかったから、ぼくはオルフィを守ることが出来なかった。
くっそぉー! あの時のことを思い出すたびに、沸騰してしまいそうになる。魔王になった時は、王子を特に念入りに砕いてやった。
けれど今の王子は、オルフィと同じようにまだ子供だ。これからクズに育つとは限らない。そして成長によっては、本当にオルフィを好きになるかも知れない。
そうなる可能性は大いにある。
つまり、このままいくと、オルフィは立派な貴族の令嬢となり、その美しさと賢さと優しさで、王子をメロメロにしてしまうかも知れないってことだ。いくらクズ王子でも、本気で好きになった女の子には、そんなに酷い仕打ちはしないんじゃないかな?
それはオルフィにとって、幸せなことかも知れない。オルフィが幸せなら、ぼくは……。
ぼくはどうなんだろう。
オルフィが幸せな結婚をして、正妃として国を支え、子供を産んで穏やかに暮らせたとしたら。
今までの七回よりはずっといい。オルフィが笑っていられる未来だ。オルフィが幸せになることが、この閉ざされた時間を抜け出す方法なら、それでいいのかも知れない。それだって、突き詰めて考えれば、ぼくがオルフィを幸せにしたことになる。
ぼくの願いも、叶ったことになるんじゃないかな?
他の男の胸の中で幸せそうに笑うオルフィを、ペットとして見守るの? あんな仕打ちを平気でした男のそばで、オルフィが幸せになる?
そんなの……。そんなの我慢出来ない!
ぼくは……なんて自分勝手なんだろう。オルフィを幸せな未来へ連れて行くなんて言っていたくせに、考えているのは自分のことばかりだ。しかも過去のことを根に持って、まだ幼い王子を憎んでいる。過去の七回はぼくだけが知っていることだ。今の幼い王子に責任はない。
そして、気づいてしまった。
オルフィがイザベラに虐め抜かれて、ぼく以外に心を閉ざしていた時。
食べるものさえ満足にもらえずに、二人で隠れて木の実をかじっていた時。
王子に酷い仕打ちを受けて、ぼくの胸で絶望と戦いながら泣いていた時。
魔物のぼくとの不義を疑われても、ぼくを手にかけることを拒んで一緒に処刑された時。
ぼくは……ぼくは、たまらなく幸せだった!
ぼくは、何度やり直しても魔物だ。浅ましく、自分勝手な魔の生き物だ。今の……幼く幸せなオルフィを見られた、今この時にすっかり溶けて消えてしまうのが最善だとわかっていても……。
オルフィを諦めることが出来ない。
ぼくはオルフィが欲しい。オルフィの髪の毛一本も残さずに、全部ぼくのものにしたい。
なんてことだろう。これがぼくの正直な気持ちだ。ぼくはこんなにも、欲しがりな魔物だったんだ……。
今までオルフィは不幸ばかりだったから、オルフィを幸せにすることが、ぼくの望みだと思い込んでいた。
ぼくは何度やり直しても諦めないくらい、執念深い魔物だ。この冷たい氷の手でオルフィを抱き締めて、一緒に幸せになるまで、きっと諦めやしない。
ごめん、ごめんよオルフィ。ぼくはきみと他の男の幸せを見守るなんて出来そうにない。
だからオルフィ。ぼくは王子に会いに行く。今までと同じようにクズだったら、遠慮しなくて良いかな?