表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/24

第五話 二度目の進化

「オルフィ、ぼく今夜、進化出来そうなんだ。だから今夜は一緒に寝られない。ひとりで寝られるよね?」


 魔物にとって、進化は楽なものじゃない。失敗すれば命はないし、知性のないバケモノになってしまう可能性もある。それでも進化の先、その先をと求めるのは、魔物の本能とも言える。

 ぼくの場合は、雪玉に(こも)ることになる。雪玉の中では、身体中がバラバラになって、最初から組み立て直すみたいな苦痛と戦わなければならない。


「どうして? 前のときは、いっしょだったでしょう?」


 オルフィが不安そうに顔を曇らせる。


「うん、最初の時は楽なんだ。魔物はみんな一度は必ず進化するから。でも二度目からはちょっと大変になるんだよ」


 叫び声をあげたり、泣きごとを言ってしまうかも知れない。そんな格好悪いところを、オルフィに見られたくない。


「いたいの? こわいの?」

「うん、少しね。でもね、オルフィ……」


 オルフィがぼくの手をぎゅーっと握った。


「おるふぃが、いっしょにいてあげる。ずっとゆきだま、抱きしめていてあげる!」


 そのまま涙目で、ぼくを見上げる。


「それに、あたらしいシィに、さいしょに会うのはおるふぃなの! おるふぃのシィなんだから!」


 なんだこの畳み掛けるような連続攻撃……。幼いながら母性にも似た慈しみから、甘い独占欲のコンボ。こんなのぼくに断われるわけがない。ちなみに『シィ』はぼくの愛称だ。『シーバ』だから『シィ』。オルフィだけがそう呼ぶ。


 いっそ、オルフィの腕の中で、こと切れてしまおうか。その記憶はきっと(とげ)になり、絡みついて、ずっとオルフィを苦しめる。ぼくの亡骸(なきがら)を抱きしめて泣くオルフィの涙は、きっと痺れるほどに甘い。


 ……いけない。つい病んだ妄想に(ふけ)ってしまった。閉ざされた時間に囚われるのも八回目。健全さを保つのもひと苦労だ。


(ぼくは今度こそ、お日様の下でオルフィと笑い合う未来へたどり着くんだ! 負けるもんか!)


 結局ぼくが折れて、オルフィの部屋で進化することになった。


 生まれたばかりのぼくは、ほぼ雪玉だった。赤い目で、ふわふわと漂うように飛ぶ。魔法はほとんど使えなくて、冷たい空気を吐き出すことと、風を少し操ることが出来た。

 最初の進化では透明な小人になった。背中に二枚の羽根が生えていて、気配を消して透明になったり、分体の雪玉を作ったり出来るようになった。


(最初の進化後はいつも羽根のある小人なんだよなぁ。でも二度目の進化の先は色々で……)


 フクロウの(ひな)だったり、子ウサギだったり、子熊だったり。小さな魚だった時は、さすがに途方に暮れた。共通するのは、白いこと、動物の子供だということ。あと、オルフィがとても喜ぶことだ。


(今回はどんな姿になるんだろう?)



 雪玉の中で身を千切る痛みと、濁流のように現れては消える七度の記憶に振り回される。なんとか耐えられたのは、約束通りオルフィが雪玉をしっかりと抱いていたくれたから。

 なんとか泣きごとを声に出さずに済んで、ヘロヘロになって雪玉から出たぼくは、オルフィの腕の中で朝まで眠ってしまった。


 夜が明けて、オルフィの声で目が覚めた。


「シィ、おきて! ほら、とってもかわいいわ!」


 普段はおっとりしているオルフィが、興奮した声でぼくを起こした。手に手鏡を握っている。


(仔犬? いや、狼の子供かな?)


 真っ白でもふもふの毛皮、金色のひとみ、ふさふさの尻尾。オルフィは満面の笑顔でぼくのお腹に頬ずりをしている。


「シィ、冷たくない……! これならくっついてても、へいきね!」


 そう。それも二度目進化の特徴だ。意識して冷気を(まと)わなければ、触れても羽毛や毛皮は冷たくない。かと言って、あたたかいわけではないんだけどね。何度も何度も色々な進化を経験したけれど、氷の属性だけはなくなったことがない。


 オルフィは鼻息を荒くしながら、ずいぶんと長いこと、ベッドの上でぼくのお腹を撫で回していた。




       * * * *



 二度目の進化を果たしたからには、ぼくにはやらなければならないことがある。『イザベラの正体と悪事を突き止めること』だ。あの毒花は、明らかに旦那さまに何か良からぬことを仕掛けている。

 何度かあとを着けたり、身辺を探ったりしたけれど、以前のぼくでは決定的な証拠を握ることが出来なかった。


(姿はかわいい狼の子供だけれど、ぼくの魔物としての力は格段に上がった。もう誤魔化されないぞ!)


 そして進化してから三日目の夕方、ようやくチャンスが巡って来た。イザベラが宵闇に紛れて、人目を避けるように屋敷を後にした。ベロニカも一緒だ。ぼくは姿と気配を消してあとを着けた。


(この姿なら匂いも辿れる。よし、今度こそ逃がさない!)


 二人は馬車も使わずに森へと入って行く。日が落ちたこんな時間に、小さな子供を連れて森に入るなんて、あやしいにも程がある。途中でイザベラが、何か呪文を唱えた。邪悪な気配が漂って、二人の姿がゆらりと揺れて消えた。


(やっぱりイザベラは魔法が使えるんだ! でも、今の気配は魔法よりも呪術に近い?)


 この世界で魔法を使える人間はとても少ない。限られた血統に時々素質を持った人が生まれる他は、精霊と契約する方法がある。精霊は出逢えることも稀だし、気まぐれで滅多に契約してくれない。


 そしてもうひとつ。


 生贄(いけにえ)を捧げて、悪魔を召喚する方法だ。


 ぼくの鼻が警戒を(うなが)してピクピクと動く。毒々しい甘さの匂いを辿ると、森の外れの打ち捨てられた小屋へと着いた。慎重に気配を消して小屋の中を伺い見る。


 そこには、イザベラと、ベロニカによく似た、一匹の小悪魔がいた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ