第四話 悪魔のような母娘 ②
その気になれば今だって、あの邪悪な母娘を殺すのなんてわけないんだ。
例えば夜中にお腹の上に乗って、目を覚ます寸前まで冷やすことを繰り返す。毎晩続ければすぐに病気になるだろう。
脳や内臓を凍らせることだって出来る。手足を中心から気づかれないように、少しずつ、少しずつ凍らせればじきに動かせなくなる。
(ぼくはまだ小さくてたいした魔法は使えない。でもいくらだって方法はあるんだ)
朝食の席で、メニューに文句を言っているイザベラとベロニカを見ながら、ほの昏い想像をして気を晴らす。
「これきらーい、これもいや。これへんなあじ!」
「ベーコンの風味が足りないわ。安物なんじゃない?」
朝から二人とも機嫌の悪そうな顔をしてる。きれいな顔をしているのに、ほんの少しの魅力も感じない。毒々しい甘い臭いを振りまく食虫植物みたいだ。
「わた、わたちは、ぜんぶとてもおいしいと思います。ベーコンはジェフが、くんせい器でつくってくれてるの。おみせでたべるのより、おいしいわ」
オルフィがイザベラに食ってかかった。ジェフは厨房の料理長の名前だ。イザベラの目が意地悪そうに光り、口元が嗜虐に歪む。
「ぴゃっ!」
ゾッとするような視線を投げられて、オルフィが飛び上がってガタガタと震えだす。そうだった。過去の七回も、こんな風にオルフィが屋敷の者を庇い、ますますイザベラに辛くあたられるようになる。そしてオルフィが庇った者はクビになり、屋敷を去って行ってしまった。
「オルフィーユお嬢さま。そろそろ、家庭教師の先生がお見えになります。お部屋でお支度を致しましょう」
マーヤさんがタイミング良く声をかけてくれた。ハラハラしながら見ていた女中たちが、ホッと胸を撫で下ろす。
* * * *
「オルフィお嬢さま、ご立派でしたよ。ジェフが厨房で嬉し泣きしておりました。でも、奥さまに逆らうのは程々にしないと……」
「だってマーヤ。ジェフの作るごはんは、なんだっておいしいわ。あんなの聞いたら、ジェフが悲しむもの」
「オルフィお嬢さま……」
話の途中で、オルフィの部屋のドアが『コンコンコン』と遠慮がちにノックされた。マーヤさんが対応すると、女中がトレーを持って立っている。
「お部屋で軽く摘めるものをお持ちしました。それと……料理長からオルフィーユさまに伝言です」
『オルフィーユさまが美味しく食べてくれるなら、それだけで充分です。無理をなさらないで下さい』。
泣きべそをかいていたオルフィが、その言葉を聞いてほっこりとした笑顔になる。そうか……。オルフィを好きなのは、ぼくだけじゃないんだ。オルフィを守りたいのも、ぼくだけじゃない。
ぼくひとりのオルフィじゃなくなるのは、ちょっと悔しい気もするけれど、周りが全部敵だらけだった今までの七回よりずっといい。
(今までとは違う方法で、オルフィを守れるかも知れない!)
ぼくは嬉しくなったので、厨房へ行きジェフさんにぼくの分体をプレゼントした。進化する前みたいな雪玉だ。そろそろ暖かくなって来たから、食材が傷みやすくて困るって言ってたよね? 食料庫の温度管理は、ぼくの分体に任せてよ!
* * * *
それからぼくは、イザベラの周囲を探りながら、無力なペットを装って辛抱強く暮らした。怪しいところはいくらでもあるのに、イザベラは用心深くて狡猾だった。なかなか決定的な証拠を握れない。
けれど、それはイザベラの方も同じで、気に入らない使用人を辞めさせようとしても、女中頭であるマーヤさんが庇ってしまう。思い通りにならないみたいで、イライラしている様子をみると「ざまぁみろ!」って思う。
今までの七回で、イザベラの差し金でオルフィは食事すらまともに作ってもらえない時があった。そんな時はぼくが森で木の実やハチミツを集めて来て、二人で隠れて飢えを凌いだ。
ぼくはあの時ほど、自分の無力さを悔しく思ったことはない。
(そのせいで、二度目と六度目はやり過ぎちゃったんだよなぁ)
二回目は力を求め過ぎて、魔王になってしまったし、六度目はオルフィ以外の家族全員を、皆殺しにしてしまった。
ぼくが魔物として力を振るうと、たいていは良くない結果になってしまう。なぜならオルフィは人間だから。人間の理から外れた方法では、たぶんオルフィを幸せには出来ない。
それは魔物として生まれたぼくには、ひどく苦しいことだ。そのままのぼくの存在価値を、否定しなければならないから。
(でもぼくは、オルフィに逢わなければ良かったとは、どうしても思えないんだ……)
イザベラは時々、行き先を告げずに出かけてしまうことがある。もちろんぼくは透明になって、こっそり着いて行くんだけれど、途中で気配を見失ってしまう。いくら今のぼくがチビでも、魔物を煙に巻くなんて、普通の人間に出来ることじゃない。
そろそろ二回目の進化がはじまりそうだ。そうしたら、ぼくは勝負に出る。