第三話 悪魔のような母娘 ①
《お詫び》
第二話を大幅に変更致しました。既に読んで頂いた方、本当に申し訳ありません。お手数では御座いますが、第二話の『* * * *』からあとを、戻って目を通して頂きたい。今後はこのようなことがないよう、精進して参ります。
雪解け水が森のすみずみまで行き渡り、木々に柔らかな若葉が芽吹き、動物たちがようやく暖かくなった日差しに眼を細める。そんな春爛漫の佳き日。
その邪悪な母娘はやって来た。
四頭だての豪華な馬車に、これでもかという程の荷物を積み、場違いな程に派手なドレスを着込んでいる。
「いやあね、こんな田舎なの? 恥ずかしくてお友だちを呼べないわ!」
「おかあしゃま、なんかくさいわ」
挨拶もせずに文句を口にする。旦那さまは渋い顔をしたし、屋敷の者は全員の顔が引き攣っている。その全部を無視して、二人はブツブツと不平を言い募る。
この親娘、母親の名前はイザベラ、娘の名はベロニカという。
(どう見てもこっちが悪役令嬢だよなぁ)
ぼくは隠れて様子を伺う。見つかったらすぐに追い出されてしまう。
(しばらくは、あまり顔を合わさないように、気をつけなきゃ!)
二人はすぐに我が物顔で振る舞うようになった。イザベラはオルフィのお母さんの部屋から、形見の宝石やアクセサリーを持ち出したり、オルフィの前でこれ見よがしにドレスを破ったりする。
ベロニカはオルフィの大切な絵本を汚したり、母親の手作りの人形の頭を、引き千切ったり……明らかに意図的にオルフィを傷つけている。
二人はオルフィがポロポロと大粒の涙をこぼすと、この上なく嬉しそうに嘲笑う。この人たちは本当に人間なのだろうか? なぜこんなにも歪んでいるのだろう。魔物のぼくでさえ呆れてしまう。
ぼくは今すぐ飛び出して、オルフィの前に立ち塞がりたい気持ちを抑えて耐えた。女中としての経験豊かなマーヤさんは、貴族の修羅場にも慣れている。場を荒立てずに、オルフィの傷を最小限に抑えるように立ち回ってくれた。ありがたい。
(がまんしろ! 短気を起こしたらダメだ!)
ぼくの力は、全てオルフィのためだけに使う。あんな汚らしい女たちを、手にかけることすら穢らわしい。
(それに二回も失敗しているし……)
三度目の時、ぼくはオルフィのために、あの悪魔たちに立ち向かった。結果、強い力を手に入れる前に殺されてしまった。六度目の時は、こっそり暗殺したけれどやり過ぎてしまってオルフィに感づかれてしまった。ぼくが原因でオルフィが泣くのは、もう見たくない。
とは言え、暇さえあればオルフィを虐めようとするのを許しておけない。ぼくは奴らの弱味を探すことにした。
(絶対に後ろ暗いことをしている筈だ。そもそも、あんな女を、なぜ旦那さまが相手にするんだろう?)
マーヤさんの話によると、オルフィの両親の夫婦仲は悪くなかったようだ。旦那さまは最後まで病弱な奥さまを気づかっていたし、オルフィのことも愛しているように見えた。
ところがあの母娘が屋敷にやって来てからは、すっかり足が遠のいて、顔を見ることさえ稀な状況だ。
「自分で連れて来たくせに、なんなんだよ!」
マーヤさんは、オルフィへのひどい仕打ちを、旦那さまに何度も報告しているらしい。旦那さまは『事を荒立てないでくれ』『そのうち落ち着くだろう』と、人ごとのような有り様だという。
(よし! 旦那さまの方を先に探ってみよう!)
* * * *
ぼくの修行はずいぶんと捗って、無事に一度目の進化を終えた。今は、羽根が生えた透明な小人のような姿になっている。オルフィは『シーバ、ゆきだまもかわいかったけど、いまもとってもしゅてきよ!』と言ってくれた。ぼくは嬉しくてデレデレになってしまい、久しぶりに端っこが溶けそうになった。
この姿になって良かったことは、早く飛べるようになったこと。そして、自分の意思で完全に透明になれること。隠密行動には打って付けだ。
旦那さまは、誰かと顔を合わせるのを避けるように、日が昇ると早々に屋敷を出た。ぼくは透明になって、旦那さまの肩に座って着いて行くことにした。
(顔色が悪いなぁ)
旦那さまはゆうべ、屋敷の者が寝静まってから帰って来た。お酒を飲んで酔っ払っていたけれど、少しも楽しそうじゃなかった。リビングのソファで眠っている時も、うなされていた。こんな生活をしていたら、旦那さままで病気になってしまう。
ぼくは七回この人とも出会って、同じ屋敷に住んでいたくせに、こんな風に旦那さまに興味を持ったのは初めてだった。
(何もかもわかったような気になっていたけれど、まだまだ見落としていることがたくさんあるなぁ)
旦那さまのことだけじゃない。マーヤさんのこともそうだ。考えてみれば、ぼくはオルフィ以外の人間は、全て敵だと思っていた。
考えごとをしているうちに、領主館へと着いた。旦那さまは、この辺りの領主さまだ。
そして領主館は、それなりにぼくにとっては馴染みの場所だったりする。五度目の、役に立つ存在になろうと必死だった時、旦那さまの領主の仕事も、時々手伝っていたのだ。
(結局イザベラに売り飛ばされて、死ぬまで働かされたんだけどね。あの女、ほんと容赦ない)
その時のことを思い出して、つい殺気と冷気を漏らしてしまった。旦那さまがブルブルッと身体を震わせて「寒気が……風邪をひいたか?」とひとりごとを言った。いけない! ぼくもまだまだ未熟だ。
旦那さまが仕事をはじめたので、結界の小部屋を作って修行しながら見張りを続行。旦那さまは、時々疲れたように深いため息をつきながら、根をつめて仕事をしていた。なんだか気の毒になってくる。
そして夕方、帰るのかなぁと思っていたら、執務室のソファでお酒を呑みはじめた。
どう見ても、悩みを抱えた人の態度だ。しかもかなり深刻っぽい。旦那さまが酔い潰れて船を漕ぎはじめた頃、ぼくは耳元で囁いてみることにした。
「ねぇ、イザベラとは、いつからのつき合いなの? ベロニカはあなたの娘なの?」
「う、ううっ! イザベラとは六年前に……ベロニカは私の娘だ」
「本当に?」
「た、確かに記憶がある。でも、そんなはずないんだ! 私はキャロラインだけを愛していた!」
キャロラインはオルフィのお母さんの名前だ。
「イザベラを好きなの?」
「ああ、そのはずだ。日陰者にしていた責任もある。だが、怖いんだ。近くに寄られると寒気がする。私は自分がわからない!」
これは……普通じゃない。ヤバイ薬か、呪術のたぐいだろうか? 記憶を操作されている?
ぼくは八回目にしてようやく、悪魔の尻尾を掴んだのかも知れない。