第二十話 お嬢さまと従者
本日四話投稿して、完結となります。最後までお付き合い、よろしくお願いします!
十二歳は、貴族や王族にとって特別な歳だ。社交の場への出席が認められ、子供同士の自発的な交流が生まれる。学園への入学もこの歳だ。王族であれば、王位継承権を主張出来るようになり、次期国王となる準備をはじめる。
十二歳は、大人になる準備をはじめる歳で、屋敷に引きこもりがちで育つ貴族の子供たち待望の歳だ。
この春、レイモンド王子は十二歳になり、大きな勢力争いもなく無事に王太子となった。
ぼくの知る限り、やり直しの中でもレイモンド王子は常に王太子となっていた。つまり、それなりに優秀な人なのだろう。悔しいけれど。
まぁ、あれだけ用意周到にオルフィを陥れたのだから、頭が悪いはずないんだけどさ。
ぼくはといえば、最近はオルフィよりも少し年上の姿をしている。なぜかって? そりぁ、頼られたいし、甘えて欲しいからだ。実のところ、魔物や精霊にとって、見た目や年齢なんて大きな意味を持っていない。そんなのを気にするのは人間だけだ。
ぼくは長いこと人間の中で生きて来たから、そのへんの価値観はかなり強い影響を受けてしまった。でも、それでいいと思っている。ぼくの居場所は、オルフィの隣であればどこでもいい。
さて、そんなわけで春になり、レイモンド王子の婚約者選びがはじまった。オルフィは今回も候補者として名前が上がっている。
一番いいのは、今のうちに婚約者候補を辞退してしまうことだろう。関わらないでいられるなら、それに越したことはない。
過去のやり直しで、王子の気を引こうと一生懸命になっているオルフィは、痛々しいほどに切なかった。それは幼い恋心だったり、お屋敷での悲惨な境遇ゆえの逃避先だったりした。どちらにしてもオルフィが手を伸ばしたことには変わりない。
過去の旦那さまは、今よりは野心家だったと思う。そして何より、イザベラがオルフィの婚約話には積極的だった。王族との婚姻は、貴族には名誉以外にも得るものがある。オルフィも早くお屋敷を出ることを望んでいたから、婚約話はとんとん進んでしまった。
今の旦那さまは、何よりもオルフィの幸せを願ってくれている。イザベラはもういない。オルフィに逃げ出したい理由がないのだから、婚約を阻止する余地はきっとある。
ぼくはレイモンド王子が、婚約者候補と顔を合わせるためのお茶会へと、オルフィの従者としてついて行くことにした。
オルフィは、身内以外のお茶会に呼ばれるのは初めてのことだ。旦那さまに新しいドレスを贈られ、マーヤさんに髪を編んでもらって、妖精の国のお姫さまみたいだ。どうしよう……こんなに可愛くしたら、王子に目をつけられてしまう。
旦那さまはぼくにも、新しいバトラースーツを仕立ててくれた。マーヤさんがツヤツヤのベストと新しいタイを縫ってくれたし、料理長のジェフさんは、外国製の上等の油で髪を整えてくれた。これなら隣に並んでも、オルフィに恥をかかせることはないだろう。あとは氷の花を出さないように気をつけないと!
馬車までオルフィをエスコートする。従者という立場だけれど、これも初めてのことだ。お屋敷の人たちが『うちの可愛い子二人の晴れ姿!』なんて言って、総出でお見送りしてくれた。旦那さまはちょっとうるうるしていた。そんな呑気にしてる場合じゃないんだけどなぁ。
呑気というならオルフィも負けてはいない。馬車の中でも、嬉しそうにニコニコしっぱなしだ。
「シィと二人きりで、王都まで行くの初めてね。少し時間があったら、お買い物出来ないかしら?」
ふわふわと無邪気に笑いながら言う。
ぼくはもう、今すぐオルフィを連れ去ってしまいたくて堪らなくなる。その瞳にレイモンド王子が映ってしまったら……。こんなにも近くで、オルフィが恋に落ちる瞬間を眺めるなんて、なんて残酷なんだろう。
だいたいあんな垂れ目のヒョロヒョロ、どこがいいの? 騎士団長さんの方がキリッとしていて断然格好いい。傷だらけの背中とか、丸太みたいに太い腕とか、惚れ惚れする男っぷりだ。ぼくも早くあのくらい逞しくなって、オルフィをヒョイって抱き上げたい。
今はそんなことが許されるような、立場じゃないんだけどね。
色々思い出したり、想像して泣きそうになって、つい氷の花をポロっと撒き散らしてしまった。慌てて拾って馬車の窓から捨てようとしたら、オルフィがふふふと笑いながら手を出した。
「シィのお花、とってもきれい。オルフィに下さいな」
「ドレスが濡れてしまうからダメだよ。あと、オルフィはもう十歳なんだからちゃんと『わたくし』って言わないと。今日は王さまや王子さまにご挨拶するんだから……。ちゃんとセリフ覚えてる?」
自分が氷の花を出してしまったことを棚に上げて、口煩く言ってしまった。
「はいはい『わたくし』。あんなに何度も練習したもの。大丈夫よ!」
得意そうに胸を張って言う。健やかで幸せそうなオルフィーユ。みんなに愛されて、なんの憂いもなく笑う。
やっとここまで来れた。ぼくの今までは無駄じゃない。例えオルフィがまた、王子に恋してしまったとしても。そこで終わりじゃない。終わりなんかじゃない。
断罪の舞台になってしまう、学園の卒業パーティーまであと七年。
(オルフィが王子のことで他の令嬢に意地悪しようとしたら、ちゃんと止めないと。今のオルフィなら、きっとわかってくれるはず)
大丈夫! オルフィはもう、悪役令嬢になんかならない。ぼくだって、もう小さなペットの魔物じゃない。
(あと七年……。オルフィを幸せに出来るぼくになる! オルフィに選んでもらえるぼくになるんだ!)
でも、出来れば王子にポーッとなっちゃうオルフィは、見たくないなぁ……。