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第二話 最初の宝もの

 ぼくはまるで同じ舞台に放り込まれるように、同じ人物に囲まれて同じ出来事を繰り返している。そして、ぼくの動きによって、状況は変化してゆく。時間が巻き戻っている、もしくは『やり直し』をしているような状況だ。


 それが神さまの気まぐれなのか、時間の不具合なのか、それともぼくの執念のなせる技なのかはわからない。もしかして、オルフィに囚われてしまったぼくが、繰り返し見ている、甘く、苦しい夢なのかも知れない。


 それでもぼくが『現実だ』と感じて、オルフィが苦しんでいるのが見えるのだから、抗わないわけにはいかない。


 ぼくは生を受けた瞬間から、何度も何度もやり直している。リセットのキーは、今のところ『ぼくの死』だ。一番時間が進んだ時で十二年。オルフィが十七歳の年で、今までの七回共オルフィは必ず死んでしまっている。

 処刑されたことが三回、自死を選んだことが二回、原因不明が一回、ぼくが先に死んだのが一回。


 オルフィにその記憶はないらしい。何度か確認したし、注意深く観察したけれど、覚えている素振りは見られない。それだけがぼくの救いだ。こんな苦しみにオルフィを巻き込むなんて、さすがに耐えられそうにない。



 オルフィが手のひらを雪につけて、冷たくしてからぼくに触れた。そっと、遠慮がちに撫でてくる。氷のぼくが溶けないように、小さなぼくを驚かせないように。


 嬉しくてふわりと舞い上がり、オルフィの冷たい頰にスリスリと頰ずりをした。


「ふふふ、くすぐったい」


 嬉しそうに微笑む彼女は、今から三日後に実の母親を亡くす。そして春には、あの最悪の義母娘が乗り込んで来る。なんとかオルフィを守らなくちゃ!


「負けるもんか!」


 つい、声に出して呟いてしまった。ぼくの声を聞いたオルフィが、ぱぁーっと笑顔になる。

 

「まあ、あなた、おはなしできるの? しゅごいのね。おるふぃと、おともだちになってくださいな!」


 うぐがぁぁああっっ! なんっっって愛らしいんだ! 溶ける!


「も、もちろん! よろしくねオルフィ!」


 内心の動揺と、溶けそうになっている身体の端っこを隠して、精一杯クールに決める。なんせぼくは氷の魔物だ。


「わたちは、ほんとは、おるふぃーゆっていうのよ。あなたは?」


「オルフィーユ……。ぼくは生まれたばかりの氷の魔物。名前は……まだないから、君がつけてくれる?」


「おるふぃがきめていいの?」

「うん。君に決めて欲しい」


 オルフィがうーんと考え込む。君がくれる、ぼくの名前。ぼくの最初の宝もの。


「“しーば”はどうかちら? 氷のかみさまはシヴァさまでしょ? あなたはかわいいから、シーバ」


「シーバ……。うんいいね! ありがとう」


 ぼくがお礼を言うと、オルフィが得意そうな……満足そうな笑顔になる。なんの憂いも、曇りもない笑顔だ。歳を重ねるごとに、だんだん見ることが出来なくなってゆく。


 能面のように表情をなくして、窓枠を越えた十七歳のオルフィが目に浮かぶ。きれいな薄水色の瞳には、ぼくは映っていなかった。

 いつだって最後は絶望が待っていた。君の命はぼくの手をすり抜けてゆく。


 誰かの思惑で、踊らされているのでもいい。ぼくの必死な様子を見て、誰かが愉しんでいるのでもいい。ぼくは言ってやる。「ありがとうございます」ってさ。やり直すチャンスをくれてありがとう。折れることも砕けることも、少しも怖くない。だってぼくは氷の魔物だから。


 少しでも多くの『最善』を見つけて、きっとオルフィを幸せな未来へと連れて行く。


 まずは春までに、溶けない身体を手に入れないと。物理的には折れたり溶けたりしたら、オルフィがびっくりしちゃうからね!



       * * * *



 オルフィと出会ってから二ヶ月。ぼくは実のお母さんを亡くしたオルフィに寄り添って暮らした。


 培った知識で効率重視の修行をして、一ヶ月で溶けない身体を手に入れた。冷気を(まと)ってから、温度を通さない超薄型の膜を張る。これでようやく温かいオルフィにも、溶けずに触れることが出来る。


 悲しみに暮れるオルフィを温めてあげたかったけれど、それだけはどんなに進化しても、ぼくには出来ないことだ。いや……まだわからない。進化の方向性を見直せば、その方法だって見つかるかも知れない。


 ぼくは、なにひとつ諦めたくない。



 溶けなくなったぼくを、オルフィは屋敷の中に入れてくれた。最初は難色を示していた旦那さまも、オルフィの(なぐさ)めになればと許してくれた。


 ぼくは話せることを隠して、無害で可愛らしい雪玉として振る舞った。オルフィは「シーバは、おはなしできるのよ!」と言い張ったけれど、屋敷の人たちは無邪気な子供の空想だと思っているようだ。もう少しオルフィが大きくなったら、内緒にしてくれるように話そうと思う。


 ぼくが話せることを知っている人が、オルフィ以外にもうひとりだけいる。


 オルフィのお母さんがこの屋敷にお嫁に来る時に、実家からついて来たマーヤさんという女中さんだ。オルフィのお母さんと乳姉妹で、オルフィのことも実の娘のように愛してくれている。


 マーヤさんは過去の七回では、いつもオルフィのお母さんが亡くなったあと、いつの間にか居なくなってしまっていた。

 追い出されてしまったのか、元々の勤め先に戻ってしまったのか。ぼくはマーヤさんに協力を仰ぐことにした。



 初めて話しかけた時、とても警戒されてしまい、ぼくはホウキを持ったマーヤさんに追い回された。


「お嬢さまに害なすつもりね? 許しませんよ!」


 すごい迫力だった。ぼくの選択は間違っていなかった。この人はオルフィに必要な人だ。ぼくはホウキを避けながら叫んだ。


「ぼくはオルフィの味方だ! 世界中の全てがオルフィに牙を剥いたとしても、ぼくは最後までオルフィと共にいる!」


 ぼくの心からの叫びは、マーヤさんに届いた。マーヤさんはホウキを下ろして、ぼくの話を聞いてくれた。


 ぼくの七回のやり直しのことは伏せて、もうじき旦那さまの愛人が、オルフィよりひとつ年下の娘を連れて屋敷に乗り込んで来ることを伝えた。そして、それがオルフィの不幸の幕開けになってしまうこと、それを阻止するために力を貸して欲しいことを伝えた。


「よう教えて下さいました。女中を辞めて田舎に帰ろうかと思っていましたが、それどころではありませんね」


 心強い言葉に、ぼくも勇気が湧いて来た。詳しい説明なしで、一緒にオルフィを守ると言い切ってくれたマーヤさん。ぼくはこの上もなく、強い味方を得た。



 そして迎えた春。


 悪魔のような義母娘がやって来た。


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