第十二話 三度目の進化 ①
前話(第十一話)を改稿しました。補強した感じです。余力のある方は読んでみて下さい。大筋は変わっておりません。
「シーバくんのおかげで、今年は夏バテで倒れる者が一人もいなかった。助かったよ、ありがとう! これからも、屋敷の者やオルフィを頼むよ」
夏の終わりのオルフィの誕生日に、旦那さまがそう言って、きれいな足飾りを作ってくれた。オルフィの誕生日プレゼントのネックレスとお揃いで、水色に透き通る石が付いている。
(オルフィの瞳の色の石! オルフィとお揃いの飾りだ!)
「わふ! わふ! アオーーーン!」
ぼくは嬉しくて、つい遠吠えをしてしまった。部屋の中に氷の結晶が舞い落ちて来る。
「わあ、きれい! こおりの、おはなみたい!」
花びらのように舞う結晶が、オルフィの髪に落ちる。あの日のぼくみたいで、なんだか泣きたくなった。ぼくは照れ隠しに、オルフィの周りを走り回った。
「ハハハ! シーバくん、喜んでくれるのはいいけど、ちょっと寒いね! 落ち着いて!」
旦那さまがワシワシと、ぼくの首の後ろを撫でてくれる。この人、意外に犬好きなんだよな。この姿だと目尻が下がりっぱなしだ。
(ぼくがオルフィのそばにいることを、はじめて認めてもらえた!)
例えペット扱いだとしても、嬉しくて仕方ない。この調子で頑張れば、人型になれば従者としてオルフィに仕えることを、許してもらえるかも知れない!
夏の間にたくさん冷気を作り出したことで、魔力の総量が上がっている。氷の彫刻を作ったり、厨房でジェフさんと冷たいデザートの研究をしたことは、繊細な魔力操作の練習になった。
(そろそろ、一度進化しておこうかな?)
ぼくが魔物として一番たくさん進化したのは、魔王になった時だ。あの時は強さだけを求めていたので、かなり厳つい進化を遂げてしまった。
雪玉→氷の小人→氷の猿→氷の大猿→氷の巨人→氷の大鷹→氷属性のドラゴン→氷の魔王
確かこんな感じだった。氷の巨人に進化してしまった時に「こんなに大きくなっちゃったら、オルフィが怖がるよなぁ」と思ったんだけど、なかなか小さくなれずに魔王までいってしまった。
魔物の進化はたぶん、修行の方向性と望むものが関係している。今のぼくが可愛い子狼の姿をしているのは、ぼくが『受け入れられること』を強く望んだからだ。なんだか、あからさまで少し恥ずかしい。
過去のやり直しの中で、人間が高く評価するものは理解している。
・見た目の美しさ
・有能であること
・強い力を持っていること
・秩序を守ること
・権力に認められ、地位を得ること
・たくさんの人に慕われること
・ある程度の財力
・正しい血筋
この中で、ぼくがどう足掻こうと絶対に手に入れられないものがある。『正しい血筋』だ。魔物のぼくは、何かの間違いで人間になれたとしても、オルフィの家のように、由緒正しい血筋には程遠い。
そういえば、ぼくはこれだけ何度ものやり直しの中で『人間になりたい』とは一度も思ったことがない。
それはオルフィが、ぼくが人間になることを、望んだことがないからだ。オルフィはいつだって、魔物のぼくを受け入れてくれていた。だからこそ、ぼくはオルフィに何度も恋をしたんだ。
オルフィがぼくに向けてくれる気持ちは、いつだってあたたかい。それが恋ではなかったとしても……。
フルフルと身を震わせて、全身の毛を逆立てる。
(弱気になるな! やってみなくちゃわからない!)
オルフィはまだ六歳になったばかり。恋をするのはまだまだ先の話だ。
ぼくは七回のやり直しの中で、いくつかの項目をクリアしている。そして手に入れたにも関わらず、上手く行かなかったのは何故かも把握している。
あの苦しみと後悔に満ちた経験を、無駄にはしたくない。
「決めた! 次は少しでも人間に似た姿に進化しよう!」
まずはペットを卒業して、オルフィの従者になりたい。手のひらがあって二本足で立つ、服が着られるような姿が理想だ。オルフィの世話をしたいし、爪や牙で戦うのではなく、剣を扱えるようになりたい。
この国には、剣を使って戦う職業が数多くある。戦えない人を守る仕事は、人に尊敬されている。
(お城にも、騎士や兵士がたくさんいた。みんなキリッとしていて格好いいんだよな!)
『オルフィに格好いいって思われたい!』
ぼくが氷の騎士を目指したのは、そんな理由だ。
* * * *
「オルフィ、ぼくそろそろ、また進化出来そうなんだ」
「えー、おおかみさんのシィ、とってもかわいいのに……」
まさかの反対を受けた。
「進化しても、この姿になれないわけじゃないから! いっぱい力を溜めたから、きっと格好良くなれる気がするんだ!」
「おるふぃがおねがいしたら、おおかみさんになってくれる?」
「もちろんだよ!」
相当お気に入りらしい。嬉しいけど、なんか複雑だなぁ。
「わかったわ。またおるふぃが、ゆきだま、だきしめていてあげるね!」
うん。とても心強いよ。オルフィの腕の中で進化出来るなら、何も怖くない。
その晩、ぼくはオルフィの部屋で、雪玉に篭った。これで三度目の進化だ。
身体がバラバラになる痛みに耐える。二本足で立つ……剣を握れる手のひら……なるべく人間に近い姿をイメージする。うめき声が口から漏れてしまう度に、オルフィが泣きそうな声で励ましてくれた。
進化は朝方までかかった。最後の魔力を振り絞って、雪玉から這い出す。急激に眠りに抗いながら、自分の手足を確認する。
そこには、オルフィと同じくらいの、幼い子供の手のひらと、二本の足があった。
(やった! 人型に進化出来た⁉︎ か、鏡を……)
ぼくは雪玉の近くでうずくまって寝ている、オルフィの横に倒れて、意識を失うように眠りに落ちてしまった。
* * * *
「シィ、ほら、起きて! すごくかわいいわ!」
なんだろう……このセリフ……前回の進化でも聞いた気がする……。
寝ぼけまなこで起き上がると、オルフィの顔がすぐ目の前にあった。あれ? ぼく、オルフィの服を着てる?
オルフィに手を引かれて、姿見の前に立つ。
そこには、狼の耳と尻尾を残した、オルフィと同じくらいの少年が、水色のフリフリのパジャマを着て立っていた。隣には興奮した様子のオルフィが、満面の笑みを浮かべて立っている。
(しまった! 耳と尻尾が残っちゃってる!)
「みみが……しっぽも……。どうしよう……」
おまけに慣れない人型の舌は、上手く回ってくれなかった。オルフィよりも幼い子供みたいだ!
「シィ、なんでこまってるの? ぱーふぇくとよ?」
オルフィが、それはそれは嬉しそうに笑った。そっか! オルフィが喜んでくれるなら、この姿も悪くないかも!