表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/24

第十一話 眠りの王妃さま

 ぼくはその後も、王城へと通うことをやめられずにいる。見かけるたびに威張っているレイモンド王子を転ばせたり、頭の上に何か落としたり、背中に冷たいものを入れたりするのもやめられない。

 

 おかげで王子は最近『コロリン王子』とか呼ばれてるらしい。あのプライドモンスターだった王子が、コロリン王子なんて可愛い名前で呼ばれてるのは笑える。それを聞いて真っ赤になって怒ってるのを見るのも楽しい。


 ぼくは正直、王子に対する気持ちの整理が出来ていない。悪者なんて悪者のままでいてくれた方がつき合いやすいに決まってる。『情状酌量の余地』なんてものがあったら、やりにくくて仕方ない。


 だってぼくの中に降り積もった、七回分の『積年の恨み』の矛先がなくなってしまうじゃないか。


 でも、目の前のトゲトゲに尖って必死で自分を守ろうとしている小さな子供を、ぼくはなんとかしてあげたいと思ってしまったんだ。



 近くで観察して気づいたんだけど、王子は実はとても賢い。


 自分が間違っていることを知っている。王子として求められている行いも、周りの大人たちが自分をどう思っているのかも。


 だからあんなにも、上手な嘘がつけるんだ。


 王子が知らないのは、父親の大きな手。母親の腕の中。わからないのは、自分に関わろうとしない父親に愛される方法。


 プライドの高い王子は、自分を可哀想な子供だと認めるわけにはいかないんだ。同情されることよりも、嫌われることを選んだ。


 王子はそのうち、王さまを憎むようになるんだろうな。それこそ、居なくなれば良いと思うほどに。その気持ちが向かう先の、都合の良い場所に、やがてオルフィが現れる。散々はけ口にされて、最後は全部押し付けられて、処刑台へと送られたんだ。


 ああ……やっぱり許せないな。背中に入れる氷は十個にしよう。


 考えごとをしていたら、また王子が女中に意地悪をはじめた。イラッとしたので、靴の底と床を凍らせて転ばせてやった。


 頭をぶつけないように、床にクッションを投げる。ぼくはいつからこんなにもお人好しになったんだろう。




       * * * *



《護衛兵士長 カイエンの苦悩》


 最近、レイモンド王子殿下の様子がおかしい。


 権威を振りかざして暴言を吐いたり、鬱憤(うっぷん)を晴らすように物や人に当たり散らすことはいつものことだけれど、そのあと、叫び声を上げたり転んだりする。

 事情を知らない下働きの者は「わがまま王子にバチが当たった」などと噂しているが、あれはある種の自傷行為なのではないだろうか?


 殿下の生まれた時のことや、王妃さまの現状を知っている者は多くない。だが、陛下の態度と殿下の仄暗い目の色の関連性に、気づいているのは私だけではないはずだ。

 普通の子供ならば、手を取り抱きしめてあげることは容易い。歪んだ自己肯定感からの行いも含めて、受け止めてあげる大人の必要性を感じている者が、私が知る限りでも何人もいる。


 だがレイモンド殿下の身分が、それを許さない。このままでは殿下は壊れてしまうか、とんでもなく歪んだ成長をしてしまうのではないだろうか? あの殿下の行動は、自分を罰する者を自らの中に作り出しているのではないだろうか?


 だとしたら猶予はないのかも知れない。私は国王陛下へと意見できるような立場ではない。過ぎた行動は身を滅ぼすだろう。だが……。



《王妃付き侍女 アンナの決意》


 近頃、レイモンド王子殿下の様子に、変化が見られます。


 殿下が王妃さまにお会いになられるのは、毎日ことでございます。毎日、嘘の報告をしていることは前々から存じておりました。そして、王子の傍若無人な振る舞いは、王城に勤める者なら誰もが知ることです。


 ですが最近では報告に、嘘以外の言葉が混じるようになりました。


「ぼくが悪い子だから、お母さまは起きて下さらないの?」

「ぼくが転ぶのは、お母さまが叱って下さってるんでしょう?」

「ぼくが嘘ばかりついているから、怒っているの?」


 ああ、そういえば殿下は近頃、良く転んでおられますね。王妃さまは、精霊の血を引く尊きお方。眠りの中にあっても、殿下の行いに心を痛めておられるのかも。


 これはチャンスなのでは? 殿下が変わろうとなさっておられる。まだ、間に合うかも知れない。


「レイモンド殿下、恐れながら申し上げます。そう思うのでしたら、少しずつで構いません。王妃さまに、本当のことを報告出来るよう、頑張ってみませんか? アンナが全力でサポートさせて頂きますよ!」



       * * * *



 ぼくは王城へ行って、レイモンド王子を相手に憂さ晴らしをしているだけじゃない。王妃さまの眠りの原因を調べている。


 これは最近わかったことなんだけど、王妃さまは少しだけ精霊の血をひいている。ぼくはエレメンタル系の魔物なので、精霊とは親戚みたいなものだ。王妃さまからは春の精霊の気配を、少しだけ感じる。


 眠りは冬の領分、目覚めは春の(ことわり)。雪に閉ざされて生き物たちは眠りにつき、春の日差しに揺り起こされる。雪と氷なら、ぼくはそれなりに思い通りに扱える。


 このへんから、ぼくに出来ることがあるような気がするんだ。夢魔のベロニカなら、何か知っているだろうか? 眠りの領域はあいつの仕事場だ。


(……呼んでみる? 危険かな?)


 ベロニカが逃げるように魔界へと帰る時、尻尾の根本に深くぼくの毛を一本刺してある。あの毛には、とびきりの魔力を込めてあるから、絶対に抜けないはずだ。見逃してあげたことで恩も売ってある。


 呼び出すにしても、今は無理……かなぁ。夏の暑い季節だと、ぼくは力が出ない。


(この季節じゃないと出来ない修行もあるし、今は力をつける時なのかも!)



 ぼくはもう一度王子の顔を見てから、王城をあとにすることにした。王子は、料理人を呼び出してオヤツに文句をつけていたので、イラッとしてケーキも果物のジュースも凍らせてやった。

 王子は「冷たくて美味しい!」と喜んでいたので、ムカついた。夏のぼくは、役に立ちすぎる。


 悔しかったので、奥歯を根本だけ冷やしてやったら、知覚過敏で苦しんでいたので、ちょっとスッキリした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 前回から引き続き、王子の複雑な生い立ちを知ってしまったシーバくんの葛藤がむず痒いです…。わかる、わかるよ。だって同情したくなるもん、王子。 でもお産時の王様の決断も否定できないし、王妃様の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ