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第十話 王子の秘密

 夏も盛りを過ぎたけれど、ぼくの周囲は少し騒がしい。


 ぼくは氷の魔物なので、暑いのは苦手だ。生まれたばかりの頃みたいに、手のひらのあたたかさで溶けてしまうようなことはないけれど、弱点には違いない。


 だから夏の間は、狼の毛皮の内側にたっぷりと冷たい空気を溜めている。他の季節には、毛皮に冷気を遮断する役割を持たせていたんだけど、夏はその分の魔力を冷気を作る方に回すことにした。


 そうしたら、ひんやり涼しい空気が漂っているぼくのそばに、何かと人が寄って来るようになった。


「シーバちゃん、おいで!」


「はふぅー、冷たくて気持ちいい」


「シーバくん、今日は大切なお客さまが見えるんだ。執務室に氷の彫刻いくつか作ってくれるかい? あれは素晴らしいね! 美しいし涼しい!」


「シーバ、今から蒸し料理を作るんだ。蒸気で厨房が蒸し風呂みたいになっちまう。頼むよ! しばらくウロウロしてくれ!」


 上から、女中のお姉さんたち、旦那さま、料理長のジェフさんだ。ジェフさんのお願いは結構キツイ。火をたくさん使う夏の厨房は、うんざりするほど暑いんだもん。


「お礼にミルクゼリーのデザート作る! おまえ好きだろう?」


 仕方ないなぁ。ジェフさんにはお世話になってるし、ミルクのゼリーはオルフィも大好きだしね!


「わふ!」


 子犬ぶりっ子で返事をする。お屋敷の人たちもぼくとのコミニュケーションに、ずいぶん慣れて来た。お願いごとをされたり、頼りにされるのは嬉しいけれど、使い潰すように扱われた過去を、少しだけ思い出してしまう。

 無理やり氷の力を限界まで使わされて、進化する余力がなかったことは、一度や二度じゃない。


 振り返ってみると、イザベラが連れてきた使用人たちは、みんな少し変だった。顔色が悪かったし、いつもイライラして機嫌も悪かった。あれも夢魔のベロニカのしわざだったのかな。


 今の屋敷は気のいい人たちばかりだ。のんびりと楽しそうに働いている。おかげでぼくは、オルフィのそばを離れることが出来るようになった。人間を信用してオルフィのそばを離れるなんて、今までのやり直しでは考えられないことだった。


(今回は修行も出来るし、王子のことを探りにも行ける。これも、イザベラに屈しないでオルフィのために動いてくれた、マーヤさんのおかげだな!)

 

 さて、今日の仕事は、旦那さまからの依頼の氷の彫刻作りと厨房の冷却……。さっさと片付けないと、オルフィのお昼寝の時間に出掛けられない。旦那さまと彫刻について打ち合わせしてから、厨房へと向かう。オルフィは午前中は習いごとの先生が来るから、その間に済ませてしまおう。



 大きな蒸し鍋にたっぷりの湯を張って、窯の火が勢い良く燃えはじめる。シュンシュンと湯気が出はじめたらぼくの出番だ。


「よし、シーバ、頼む!」


 ジェフさんの合図に頷いて、フルフルと身体を揺らしてから、思い切り遠吠えをする。


「アオーーーン!」


 ヒューッと涼しい風が吹いて、厨房の料理人たちが『おおー!』と歓声をあげて拍手してくれる。


 えへへ! そんなに褒められると、ちょっと調子に乗っちゃいそうだよ!


 


 はじめて王都へレイモンド王子を探りに行ってから、二週間。ぼくは毎日オルフィのお昼寝の時間に王城へと行って、王妃さまの眠りの原因や、王子の周囲を探っている。

 透明な氷の小人になって、洗濯場や厨房で情報を集めたり、兵士の報告書を調べたり……。


 どうやら王妃さまは、レイモンド王子が生まれた日から、ずっと寝ているらしい。


 お産がすごく重くて、三日三晩も苦しんだ王妃さまは、とても弱ってしまった。お医者さまや魔法使いが一生懸命手を尽くしたけれど、王妃さまはついに虫の息になってしまった。


 その時、王妃さまを深く愛していた王さまは、こともあろうに生まれたばかりの王子の命よりも、王妃さまを選んでしまったらしい。


「王妃の命を、繋ぎ止められるものはおらんのか⁉︎ この赤子の命すら差し出すぞ!」


 かすかな意識の中でその言葉を聞いた王妃さまは、一粒の涙をこぼして、深い深い眠りの中に落ちてしまった。それ以来七年近くもの間、ずっと目を覚さないんだって。


 レイモンド王子は生まれた日に、父親に捨てられてしまった子どもなんだ。


 自分が生まれたことで、母親は命を失いかけてそのまま眠り続けている。父親は自分を要らないと言った。王子はその全てを知っているんだ。たった七つの子供に、なんてものを背負わせているんだろう。


 王さまは王子を避けている。話しかけることも、叱ることもしない。イタズラをしても、我儘を言っても、誰かに意地悪をしても、誰も王子を叱らない。


 王妃さまは、深い、深い眠りの中にいる。王子は毎日王妃さまに、自分を傷つける嘘をつきに行く。


 そうしてレイモンド王子は、やがて本物のクズ王子へと育ってしまう。その矛先は、この先出逢うオルフィへと向かう。



 婚約者のくせにオルフィを虐めて、他に恋人を作って、国王暗殺の濡れ衣を着せて処刑台へと送ったレイモンド王子。


 何度殺しても飽きたらないほど憎んでいた相手の、そんな悲しい事情を知ってしまったぼくは、どうしたらいいんだろう?




明日は更新出来ない可能性が、非常に高いです。

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