悪意の色。
「アイススピア!」
「ウインドアロー」
おにいさまとラインハルト様が同時に呪文を唱える。
ホーンラビットが三匹同時に倒された。
「俺の方が早かったな」「いえ、私の方が」
さっきからこんな感じで魔物を倒してるけど、この二人にとってこの初心者エリアはもの足りない場所なのだろう。たぶんわたしやねえさまが危険な目に遭わない様、気を使ってるんじゃないだろうか。
でも。
ニコニコしながら魔物を競争して倒してる二人を見てると、なんだか微笑ましく思えてくる。
もう鍛錬というよりゲームに近いのか。
この嫌な予感、警鐘さえなければ、今日はほとんどピクニックみたいなものなのだろう。皆は思いっきり楽しんでる。
おにいさまの侍従のプブリウスが仕留めた魔物を回収しながら後をついてくる。魔獣は倒すと魔石だけ残るけれど、魔物は生物が魔物化したものなので倒したあとの血肉が腐りそこに魔力だまりが出来ても厄介なので、自分達で回収するか森の管理者に回収を依頼するかの二択なのだ。
回収した魔物はさばいて料理に使ったり、皮や角、牙は防具や武器の原料になる。売ってもいいし自前で加工に出してもいいし。自前で回収する余裕があればその方が絶対にお得だ。
たまに魔石が出てくる魔物もいるけど、こういう小さいのに魔力が魔石になるレベルのものは滅多にいない。わたしも魔石なら欲しいな、とか思うけれど、皮や角は要らないかなぁ。
とりあえず何事も無くおにいさま達の狩は続き、そろそろ帰ろうかと方向転換した時だった。
ピャァ、ピャァ、
空に二羽の黒い雷鳥が舞った。
それが合図だという様に、わたしたちの周囲に水晶の様な氷の柱が何本も立ちのぼる。
護衛騎士様たちがさっと周囲を囲む様に陣取った。
「何がおきましたの!」
「大丈夫だよマリアンヌ」
「護衛騎士がこれだけいるのだ。後れはとらないさ」
そういうにいさまたち。でも、顔は強張ってる。
でも。
正面の護衛騎士様からなんだか凄く悪意の様な感情の色が沸き立って。
「貴方ですか! バルカ!」
わたしはそう護衛騎士バルカに向かって叫んでいた。
彼の顔が驚愕と嘲りに、歪んだ。
数人の護衛騎士がザワっと声をあげたけれど、残りの大勢はバルカを中心に静かに纏まった。
あちらが10、こちらの味方は3人か。おにいさまたちを数に入れても戦力差は倍、不利は間違いなかった。おまけにわたしたちという足手纏いまでいるのだ。
「どう言う事だ! バルカ!」
にいさまが叫ぶ。
「この機を待っていました。貴方が無防備になる瞬間を」
バルカの感情の色はグレイの炎となり周囲に広がる。ああ、どれだけの感情を押し込めてきたのだろう。皇家への負の感情が押し固められそしてそれは悪意となって吹き上がる。
わたしはいつのまにか涙を流していた。感情が引き摺られた。
バルカに同調する騎士とそれを押し留めようとする騎士の間で剣撃が走る。しかし、流石に多勢に無勢。こちらは防戦一方。
おにいさまが躊躇する中、ラインハルトさまが味方騎士の加勢に入ろうと飛び出すが、何人かの敵騎士はその脇を抜けおにいさまに斬りかかる。
その時。
「やらせはしません!」
こちらに追いついたプブリウス、スキピオ、コルネリウスの侍従三人が剣を抜き前に出ると敵の騎士をなぎ倒していく。
「もう少し時間が稼げると思ったのですがね」
と、バルカ。
氷の結界が壊れていた。あれは魔物を回収していたプブリウス達を留めるためのものだったのか。
おねえさまは震えてわたしに抱きついている。大丈夫、だから、と、震える声でわたしを慰める様に。
ああ、わたしは大粒の涙を流して立ち竦んでいる。周りから見たら恐怖で泣いているようにしか見えないね。
ごめんなさいおねえさま。そして、ありがとう。
プブリウスは強かった。
彼は侍従であり護衛なのだろう。その辺の護衛騎士では相手にならない程の腕前だ。おとうさまがにいさまにつけた切り札なのか。
あっという間に形勢は逆転し、敵の騎士は粗方斬り伏せられ取り押さえられた。
バルカを除いて。
「バルカ、何故? 信頼していたのに」
おにいさまの声には悲痛の色がある。そう。バルカは今まで本当によく尽くしてくれた護衛騎士だったのに。
わたしには、その心に良くない色が見えてはいたけれど、まさかここまでするとは思っても見なかった。
もっと早く話していればよかった?
心の奥底まで探ればよかった?
バルカは、哀しげな、そんな色の瞳を浮かべ。
「私の故郷は帝国によって滅ぼされました。その報いを彼らに! バアルよ!」
雷光が轟き落ちた。一面に電撃が降り注ぐ。
一瞬。その場にいた全員に恐怖と諦めの感情が立ち登り。
わたしの中の何かが弾けた。
そして。
顕現した光がわたしたちを包み込んだ。轟音が響く中、真っ白な空間の中で、
……貴女のチカラ、解放しますよ。
それは、デートリンネの声だった。わたしをここに転生させてくれた、あの。




