円環の昇華。
魂が円環に帰ると言うことは自分という存在が無くなるってことだ。
肉体の死、精神の死、どちらも死かもしれないけれど、精神が死んでしまったら転生することだって出来ない。
円環に還った魂はその理、大霊に溶け混ざる。個を保って再度その個として転生する場合もあるにはあるけどそんな保証はどこにもないのだ。
今までのカッサンドラさまなら自分の魂の行く末も転生先もコントロールできたのだろうけど、円環に還す前に大魔法で浄化してしまってもそんな真似出来るとはとても思えない。
「あたしに、大聖女さまを殺せと言うんですか!?」
「そう、ね」
「できません! そんな事! ひどい、大聖女さま、どうして……」
ふわっとあたしのほおに触れる温かい手の感触。あたしが流した涙をさっと拭って。
「わたくしはもう長すぎる年月をわたくしとして生きました……。本当はもう、千五百年前に捨てるつもりだったのに……。お願い、レティーナ。わたくしを円環に還してくれませんか?」
「いやです! そんな!」
「あなたの中に書き込んである大魔法、『円環の昇華』を使えば、バルカの魂を浄化し円環に還す事ができます。幸い今のあなたのマナは満たされて居ますしね。アリシアのマナとカイヤの魔法結晶があれば可能でしょう」
「だって、そんなことしたら大聖女さまが……」
「わたくしの魂は既にバルカのそれと結合して居ます。今はまだわたくしがバルカの感情を包んで押さえ込んでいる状態ですけれど、それもいつまで持つか……。完全に取り込まれるのも時間の問題でもあるのです。だから、お願いです。わたくしがこうしてわたくしであるうちに、あなたのチカラで円環に還し欲しいのですよ……」
ぎゅっと抱きしめられる感触を感じてあたしも大聖女さまを抱きしめようとした。けれど。
抱きしめられる感覚はあっても、あたしの腕は空振りするだけ。
大聖女様の実体はそこには無いのか……。
グワン、と、空間が揺れた。
漆黒の闇が晴れる。
一向にあたしを取り込めない事にバルカが痺れを切らしたのか仕切り直しをしようとしたのかはわからないけれど、黒い闇だったバルカがあたしから剥がれ、そして元の薄いグレイの空間に戻る。
目の前にはバルカの炎。
そしてその炎にまとわりつく白い鎖。
さっきよりもくっきりと見えるようになっている。
——跳ぶよ! レティーナ!
え?
——グランウッドの真上まで、跳ぶ!
待ってアリシア! あの鎖の下に大聖女さまが!
——わかってる! けど、もう待てないよ!
あたしのゲートからアリシアのマナの手が伸びる。
グランウッドの真上、その空間を掴んだそのマナの手が、グルンと空間をひっくり返した。




