表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/198

転生少女、東京へ。

 今日は8月10日、土曜日。


 いよいよコミケが明日に迫り、わたし達は車で高速道路をひた走っていた。


 最初車って聞いた時は、新幹線じゃないの? と、聞き返した。

 流石に東京まで車を運転するなんて、わたしだったらちょっと無理、だ。

 でも。

 コミケの朝ギュウギュウの電車に乗るなんて嫌。と、栄子。

 確かに名古屋と違い東京の電車事情は厳しいとは聞くし、それに、他人とギュウギュウ詰め込まれるのは確かに勘弁だ。

 普段写真を撮るためにあちらこちら車で移動してるらしい栄子は、高速道路を走るのもそんなに気にしないらしい。

 脳の構造が違うのか、長距離を高速で集中して運転できるっていうのは一種の才能ではなかろうか。そんな気がしてしょうがない。

 わたしだったら絶対集中力が続かない自信があるので、ほんとしょっちゅう休憩しながらじゃないと怖くて出来ないな。


 浜松で一度トイレ休憩をしただけであとはノンストップで東京まで。彰さんのアパートがある多摩市に到着すると、とりあえず晩御飯だと、焼肉屋さんに連れて行かれた。

 おいしい焼肉にサラダバー。うん。このヒレ一口ステーキ、美味しい♪


 ……うん。この一口ヒレステーキ、美味しいね。


 ふんわりとした柔らかさにお肉の味。とろける様な舌触り。ほんと絶品だ。

 彰さんにどうしたら瑠璃の事聞きだせるのだろうと悩んでたけど、そこはあっさりと判明した。


「そういえば水森さん、うちの妹、君達の高校の同級生なんだよ。それも、同じ部活だったって」

「そ、そ、亜里沙。ほら、藤井瑠璃さん。覚えてるよね? 亜里沙によくくっついてた」

「くっついてたって……。そっか。栄子はあんまり仲良く無かったっけ」

「まあね。彰さんには悪いけど、あたしはあんまり好きじゃ無かったんだ。あくまで亜里沙の友達ってスタンス以上には付き合いなかったかな。 まぁ、あの子、亜里沙と仲が良い一番は自分、みたいなオーラ出しまくりで、それがちょっとダメだったんだよね」


 そっか。他の子と瑠璃が仲良くしてるとこ、あまり見たことなかったっけ……。


 ……瑠璃にとって、亜里沙だけが大事で、全て、だったから、ね。


 どうして……。


 ……亜里沙と離れるなら、もう死んだ方がいいってまで思い込んでたの。


 ……。


 ごめん……。


 ……亜里沙が謝る必要なんて、ないよ。ぜんぶ瑠璃の事情。


 でも……。


「でもさ、いま、瑠璃さん、東京の病院に入院中なんだって」


「ああ。もし良かったら、一度見舞ってやってくれないかな。もしかしたらもう長くないかもしれない……、から」



 ☆


 瑠璃がもう長くないかもしれない。


 彰さんのその言葉にわたしは固まった。


 瑠璃は、都内の新百合総合ホスピタルに十年前から入院しているとの事。植物状態のまま意識を取り戻す事なく。

 そしてここ数年、体内の数値は悪化の一歩、このままではもう長くはない。それが医師からの宣告だったと……。




 朝の7時。

 駐車場に到着した。荷物はピンクのキャリーバッグ一個とおのおののバッグのみ。

 東の端っこの駐車場だから、目的地の西まで行くのはけっこう大変。と栄子。


「これで荷物が多かったら大変だね」


「そ、そ。前なんか荷物が多かった時に東の入り口から入ったら、キャリーカートが通れなくて大変だった。スタッフの人に西までどうやって行けばいいかって聞いてもあっちだこっちだ言われてなかなかで。最終的にスタッフ用のエレベーターに案内してもらえて、それでなんとか辿り着いたのさー。ほんと。今日は荷物少ないから楽だよ」


 ああ、なんか、わかる気がする。

 今日の今の時間でさえ、人の多さに目が回りそうになる。

 サークル入場の人だけでなく、一般の入場でさえもうこの時間に着いているのだろうか。兎に角人がいっぱいだ。


 人混みを縫い、スタッフの人の案内に沿ってなんとかサークル入場の入り口へとたどり着く。目標は西の4ホール。

 無事ブースに着いて設営。

 可愛い猫の絵の入ったクロスをかけて、本を並べて、ポップを立てて。


「かわいい」


「そうでしょ。自信作」


 うん。これなら。




 沢山の人が見ていってくれると、いいなぁ。


 ☆


 開場して。


 目の前を通る人は多いけどなかなか手にとってくれない。


「よろしかったら手にとって見ていってくださーい」


 そう声をかけるけど中々で。




「大丈夫。こんなものだよ。大きいサークルの所じゃないし、ほんと目に留まった人に読んで貰えたら嬉しいな、そんな感じで来てるから。実際10冊も出れば良い方だから」


 うん。


 周りも両隣も小説のサークル。ここはオリジナルの小説の島っぽい。


「ひょっとして、猫の一杯な島だったらもうちょっと見てもらえたっぽい?」


「どうだろねー。あれはあれで競争率高いしそもそもあっちだったら抽選落ちしてたかもだし」


 そっか。ここが一番通り易かった、のか。


 確か、創作ジャンル。それも2次創作では無い所。コミケでは本流ではないってこと?


 まあ人でぎゅうぎゅうになってないだけましか。




 さっき一人で周辺を見て回ったけど、どうやら空いてるのはこの周辺だけらしい。

 人気のサークルが並ぶ場所は歩く隙間もないくらいの人。うっかり巻き込まれて進行方向も自由にならず踵も踏まれ泣きそうになって戻ってきた。

 もういい。暑いし今日はずっとここに居る。コミケ怖い。


 ……ほんとびっくりだよねー。ひとがこんなに多くって。あっちの天井雲ができてなかった?


 うー。気がつかなかった。っていうかそれどころじゃなかったよー。


 ほんと、コミケってふにゃぁ。




「でもほんとこの写真の子たち、かわいいなぁ」


「でしょでしょー。自信作なんだ。可愛く撮れたなって」


 可愛い猫がいっぱいの本。題名は「ねこねこにゃおん」サークル名にもなっている。


 黒猫の写真もあって。


 クロコ、どうしてるかな……。


 ……大丈夫、かな……。


 ああ、戻りたい。アリシアの世界に戻りたい。


 この世界が嫌だというわけではない。こっちはこっちでずっと普通に生きてきた大切な世界。

 死んじゃったと思ってたから帰ってこれた事自体は嬉しいのだけど。

 それでも。


 アリシアとして生きた15年を、無かったことにしたくない。今のわたしはやっぱりアリシアなのだ。


 だから。


 帰りたい。




「この本、一冊くださいな」


 え? ともさかさん?


 目の前に、ともさかさん。間違いない、よ、ね?


「あは。こちらはねこねこにゃおんさんなんですねー。わたしの所はねこねこまろんっていうんですよ」


「え、ともさかさんもコミケ……」


「あ、もしかして篠宮さん? お久しぶりですー。あ、ホームページ、ずっとほかりっぱなしでごめんなさいね」


 あきさんと一緒だったともさかさんはまだ子供の様な外見だった。でも、今の目の前にいる友坂さんは。

 ちゃんと年齢を重ねた大人の人、に、みえた。

 頭や服に猫のぬいぐるみ? をつけてて、ちょっと子供っぽい感じも残ってるけど。


 友坂さんとは昔HP関係のオフ会で数回会っただけだったけど。覚えててくれたのは嬉しいな。


「あの、友坂さん、わたしあなたにお話聞いてもらいたいことがあって、もし良かったら連絡先教えてもらえませんでしょうか?」


 昔のHPはもう見れなかった。あきさんの世界の事そのまま話すわけにはいかないけど、このまままた音信不通も嫌だ。


「ああ、じゃぁこれ」


 そういって一冊の本を渡してくれて。


「これ、挨拶がわりに知り合いに配布してる新刊。最後にメルアド載ってるから」


 え、そんな。


「あ、ちゃんとお金払いますー」


「いいのいいの。わたしのはほとんど趣味だから。読んで貰えたら嬉しいなぁってだけでやってるからね」


 タイトルは、僕の中の楓。

 ぱらっとめくって最後のあたりを見て、驚いた。


 え? これって、あきさんのお兄さんのお話?


「そうなのー。よくわかったねー。っていうか、そっか。篠宮さんあきちゃんだもんね。縁があるもんね」


 え?


 ……言葉にでてたよ。


 あうあう。


「ありがとうございます。読んでみます」


「ありがとうねー。じゃぁまたね」




 友坂さんを見送りながら。わたしは、あきさんの事を考えてた。




 ぼおっとしていると。


「ねえねえ亜里沙。またあんたにお客さんみたいよ。すっごい美形」


 と栄子の声に、ふっと顔をあげるとそこに。


「なに惚けた顔してるんだよ」


 そう笑顔のあきさんが其処に居た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ