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魔法少女、と、ラインハルト。

 カツカツ、カツカツ。


 自分の足音だけが響いている筈なのに。後ろから付いてくる気配はやはり……。

 あの魔力は誰のものだったか?

 そう、思い返してみるが思い出せない。


 思い出せない位なのだ。きっと自分とはあまり縁が無かった人物だろうと秋は結論付けた。


 まあ、こんな所に魔力持ちっていうのは珍しい。

 この世界は標準日本。世界に魔力は満ちてはいないのだ。




 世界を渡って旅をする内に覚えた事。それはその世界で如何に生活をするか、で、あった。

 魔法自体がズルではあるけれど、生きていく上で罪になる行為は極力避けていきたい。

 生きていく上で最低限なんとかなれば。そう。心に一線を引いていた。


 甘いって思われるかもしれない。でも。


 人の物を奪ってまでは、という想いの方が強いのだ。


 そんな中。自給自足でなんとか生きていける世界でなら兎も角、標準日本のような世界で普通に生きていくにはどうしてもお金がかかる。そこであちこち旅をする内に身につけたのが、日雇いのバイトの見つけ方の類い。そして……。


 カラン


 エレベーターで6回まで上がり端にある店の扉を開ける。


「亜紀ちゃんおはよー、今日も元気そうねー」


「ああ、姫宮さんこんばんわ。今日も宜しくお願いします」


 デルタ‘s bar

 ここ、名古屋の繁華街、池屋公園の端にあるビルの6階。

 とりあえずそこにバイトとして雇って貰った。

 仕事はカウンターでドリンクを用意したり簡単なおつまみを作ったり洗い物をしたり。その他雑用。

 時々姫が忙しい時には代わりにお客さんの話し相手をしたりする。

 営業時間は夜の6時〜0時なのだけれど、お客さん次第ではもう少し延長もする。客層は、割となんでもありで。若い女性から年配のおじさんまで、ほんといろいろ、だ。

 心に色々抱えたお客が多い、かな。



 標準日本のパラレルワールドには、其処にしか居ない人間と何処そこにも存在する人間がいる。

 この世界の姫宮さん(通称、姫)も、そんなどの標準日本にも大抵存在する人物、で、そしてこれは割と何処の世界の姫とも秋は気があうらしい。名古屋のこの場所でちょっと特殊なbarをやっているのも。

 人間的にもかなりいいひとな姫は、その世界ではまったくの初対面であるにも関わらず、大抵秋を雇ってくれる。話をしているうちに、信用してくれる、のだ。

 本人曰く、亜紀ちゃんは悪い子じゃないわ。私の感ってけっこう当たるのよ。って。



 ☆


 この世界に着いてから亜里沙を探す為なんとか電車に乗ってここ名古屋までやってきた。半径10キロ圏内ぐらいに存在すればたぶん感知できるのでは、と、割と地方の都市を通る路線を選びまずここまでたどり着いたのだけれど、ここで路銀が尽きた。

 静岡とか浜松、豊橋、岡崎、この辺りが怪しいとも思っていたんだけど何も無く。


 とりあえず名古屋にはアテもあるし、と、ここで一旦泊まることに。


 デルタの開店直後に突撃し、無事仕事をゲットしたのだけれど……。




 名前は亜紀と名乗る。秋では無い、本来はこちらがあきの本名である。

 自分の身体、本来の性別が女性であるというのは姫には隠すことが出来なかった。これ、は、どの世界でも。

 大概リードされるので、それであれば、と、包み隠さず話すことが仲良くなるコツでもあったのだ。


 悠の姿の方ではこういう仕事はまず無理。あの幼すぎる外見では表のバイトでさえファーストフード以外は難しい。しかしそういう仕事はこっそり働くには向いてないしな、と。とにかく夜の繁華街を歩くだけでさえ、補導されそうになるくらいなのだから。


 世界を渡るにあたって秋の方をメインに出現させているのもそういう無駄なトラブルを回避する為であったし、また、体力的にも秋の方が便利であったからであった。まあ、すっかり悠は奥にいる方におさまっている。奥で色々ぶつぶつ考えて。時々漏れ聞こえてくる思考はおはなしのタネだったりするけれど、それを就寝前に入れ替わるときに纏めてノートに書いている。持ち物をインナースペースに収納する方法を編み出してから身の回りの必需品はそこに蓄えていたりするのだが、其処にはここ何年ものノートが溜まっていた。いつか製本して自分の本つくるんだ、と、それだけは前向きに。


 最初に帰れない事がわかったときにはかなり取り乱し泣き叫んでいたのにな、と、今更ながら考える。悠自身も元世界に残してきてしまった物と、ある意味自業自得であるこの現実とをなんとか自身の中で折り合いをつけたようで、今では従来のお気楽さを前面に出してはいるが、それでも、彼女の精神はこれをキッカケに変わったな、と、亜紀は想う。それまでの純粋な子供の様な心が、一気に成熟、とは違う、諦観になったようで。悲しいな。そう、思ったもの、だ。




 そして。


 こうして色々なお客さんを前にポーカーフェイスを気取り、男装の麗人ふうに装いカウンターに立つ。

 この世界だけで無くもう何度も経験してきた仕事ではあるのだけれど、今日はちょっと事情が違った。


「どうして貴方がここに居るんです? ラインハルトさん」


 亜紀の声に反応し、カウンターに座るその男はゆっくりと顔をあげた。




「ははは。わかるのかい? 私が」


 その男は少し間を置くと少し笑みをこぼしながら言った。


「思い出したんだよ。あんたの魔力」


 亜紀はそう答える。めんどくさそうに顔を顰め。そしてため息を一つ。


「あんまり関わりたくは無かったんだけどな……」


 と、そう独りごちた。




 亜紀の目の前に居たのは如何にもさらりーまん全としたごく普通の中肉中背の男性だった。

 髪型も大人しめの短髪、黒縁眼鏡にグレーのスーツ。年の頃は30歳を越しているかどうか。

 出勤前に尾けてきていた魔力持ち。

 開店と同時に来店し、カウンターでビールを呑んでもう小一時間が過ぎた。


 静かに呑んでいるだけで話しかけても来ない。姫が時折声をかけるが軽く会釈するだけで声も出さず黙って呑んでいた姿に、その魔力を何処かで感じたことがある、と、ずっと思案していたが。


 先程やっと思い出したのだ。


 最後に自分が倒した筈のラインハルトとは違う。サーラと面会した最初の時に側で控えていた騎士の魔力。


 あの膨れ上がった状態の暴走した魔力はどちらかといえば魔王のそれとほぼ同じ波紋の魔力であったので、今まで気がつくのが遅れたのだけれど。


 ここに、存在してくれていて良かった。


 そう想う自分もいた。あの戦いで殺してしまった罪悪感は、ずっと自分の業として、あった、から。




「君の魔力を感じてね。後をつけてみただけなんだけどな」


「少し話がしたくて、ね」


 そう、ぼそぼそ、と話す。城で見た印象とは全く違う彼に、亜紀は少し戸惑っていた。

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