異世界神様、の、葛藤。
あたしは焦っていた。
あの悪魔のような顔をした修道女がアリシアの顔を掴んだその時、あたしとクロコは半ば強制的にアリシアとの接続を切られ、放り出された。
飛ばされたって気がついた時には遅かった。まさかあたしがアリシアから追い出されるなんて、想定もしていなかった。
こんなことならあのこに任せておかないであたしがとっとと転移させておけば良かった。
正直言って、あたしがクロコの魔力を引き出して戦っておけばもうちょっとましだったかもしれないと、後悔して。
精神だけの存在である自分が魔力を枯渇するのは自我の消滅に繋がる、と、出し惜しみしたのが悪手だったのだ。
いま、は、あたしはクロコの中に居る。そもそもクロコはアリシアの一部。違和感はないのだけど、それでも。
キオクが向こうに渡ったとしたら、困る、な。
長い時が経ったような気もするし、一瞬の出来事だった気もする。
あたしがこの世界を認識した時、まだ世界は混沌しかなかった。
次に気がついた時、世界は人が暮らす場所へと育っていて。
寂しかったあたしは喜んだ。
あたしの周りにあった理りのキオクは、いつしか大きな流れになり。そして、いつしか溢れ出るようになった。
あまり溢れ過ぎるとバランスが崩れる。バランスが崩れると、この世界は崩壊、する……。
出来るだけこの世界を保ちたい、そう思ったあたしは器を求めたのだった。
最初の器。
莫大な魔力と肥大した権力欲に囚われた、それ、は。
やがて地上の覇王となった。
初代皇帝カエサルを名乗り、世界に君臨するも、そのあまりにも急速な社会変革に着いて行けなかった青騎士の反乱に会う。
内乱の最中、息子のオクトバスが封印の石によってカエサルを封印。世界には安定が訪れた。
魔王という諱はこの時につけられたものだ。
そもそもあたしが求めた器は世界を保つためのものであったはずなのに、寂しかったあたしの心を埋めてくれる、そんな相方だった筈だったのに。
人には器として理りを受け入れることは不可能なのか? こんな、暴走するような人間ばかりでは、無理なのか?
そんな中、現れたアリシア。
暴走もしないけど魔力もないポンコツ、って、最初はそう思ってたけど。
あの子の心に触れるうち、あたしの心も優しくなれた。
離れたくない、そう、そんな思いになった人間なんて、初めて、で。
ああ、どうしたら……。
クロコの中にはまともに術式のキオクが無い。
あたしだけじゃ、アリシアがいなけりゃ、クロコの魔力も思ったようには引き出せない。
なんか、ダメ……。無力感を抱き、あたしはサーラの元へと走った。
あいつらが何者か、考えられるのは真皇真理教関係、か。
あの魔王像といい、無関係では無いだろう。
もともと魔王像をばら撒いたのも、器になる資格者を選別する為なのだろうし、像が使われたのがわかれば魔王が復活している証拠であると、そう理解する事ができるのも。
嘆かわしいけど、この世界の人間にも欲や狂気が有る。それを消し去ることは、無理だった。
魔王という圧倒的な力を求める輩が後を絶たないのは、ほんと残念。
最悪なのはアリシアを殺して再度魔王降ろしをする、などという事態だけれど、現実的ではない事は彼らもわかっているのだろう。
そもそも適格者さえなかなか現れないというのに、一旦降りた魔王は再度復活するまでに長い年月を要するっていうのは歴史が証明している。だからこそそんな可能性の低い賭けに出るとは思えないのだ。
それであれば、次の可能性、で、あるけれど……。
これはあまり考えたくない。まだ。アリシアを失いたくは、ない。よ。
アリシアから強制排除されたあたしとクロコは、なんとかアリシアに近づこうと藻搔いたけれど、耳元に近づいてにゃぁと鳴くのが精一杯で、そのまま空間を飛ばされた。
幸いまだ城下ではあるらしい、と気付き、向かったのは公主館だった。
リーザとデート中に何度も気がついた追跡者の気配。
あれがサーラの手の者であるのであれば、敵の位置や情報を把握している筈。
救出作戦でさえ発動している可能性大だ。
あの子がアリシアを見捨てるわけがない。
あの目をみれば、サーラのアリシアに対する執着が、只の友情だとは思えない。
そう。
だから。
今あたしはサーラに会わなくちゃ。いけない。あの子を本当の意味で守るために、も。
公主館はバタバタと慌ただしく人が行き来していた。
リーザが見える。ああ、彼女は無事戻ったのね。良かった。
って、あたしの思考、アリシア色に染まってきてる?
むかしのあたしなら、こんな人間一人の事、どうとも思わなかっただろう。
やっぱり侵食されてるな。アリシアに。
そう思うのは、何故か、嬉しくて心が暖かくなった。
ゲートは簡単に素通り出来た。
それはそうか。アリシアで登録されている魔力紋はクロコのものだし。
際奥の間の扉を開ける。
これくらいは何とか心の力で動かせた。
「クロコちゃん!」
そこにはサーラが目を真っ赤にして立っていた。
泣き腫らしていたのだろう。サーラは涙声を少し笑みに置き換えたような声で。
「クロコちゃん、じゃない、ナナコさんね。無事だったのね」
そう、優しく言って。
「敵の動向は? 調べさせてたんでしょ?」
単刀直入に、聞く。
声帯を動かすのなんか久しぶり、それも猫なんて。
「張り付いてる者たちからの連絡はまだ無いですが……。攫われた先には救出のために騎士団一個中隊を差し向けました。ああ、じれったい……。わたくしも行きたいと思ったのですけど……」
取り敢えず、は、打てる手はそこまで、流石にここで大預言者を危険な目に合わせる選択肢は、ないな。騎士団も反対する訳だ。
「わたくし、貴女と一度しっかりとお話ししたいと思っていました」
「あたしも、だ。気になる事もあるし伝えたい事も」
ある、そう言いかけた、その時。
ドン!
世界が揺れているのかと、思った。
大きな音とともに、こんな建物際奥の場所まで、揺れた。




