■初めての恋。
わたしがあの子に遭ったのは、放課後の教室だった。
遭ったっていうのはおかしいか。同級生なんだからそれまでもずっと一緒の教室に居たはずだったのに。
中学にあがってから、わたしはずっと本に逃げてきた。友達は、苦手。世間話をしてくれる子も居るけど、どうにも話があわなくなって。恋っていうのがよくわからないのが原因だとは思うけど、みんなの男の子を意識した話に、全くと言ってついていけなかったのだ。
ああ、わたしは恋愛とは無縁なのかな。人を好きになるって、友達をおとうさんおかあさんおにいちゃんを好きなのとは違うのかな。
そう。
恋愛小説を読むのは好き。
お話の中でなら、気持ちもすごくわかるのに。現実は、想像するだけで気持ち悪い。
パーソナルスペースを侵食されるのに、耐えられない、のだった。
そうこうしているうちに、中二の一学期が終わる頃にはわたしには友達らしい友達は居なくなっていた。
そして。
お父さんが癌になり、おにいちゃんとおうちに籠っているうちに、夏休みも終わり、せっかく頑張っていたバレー部も練習に出ないあいだに退部になった。九月になり、お父さんの葬式が終わり……。
お家には新しいお父さんがやってきた。
まだ正式には籍入れられないんだけど、なんて言いつつ女の顔をしているお母さんが、すごく気持ち悪くて、だめだった。
おにいちゃんはお家を出て、名古屋のおばさん家から大学を受験し通う事になり、おうちにはわたしが一人残されて。
お母さんと新しいお父さんはわたしのことなんて邪魔にしかしなかった。居なくなればいいのに。そうお酒を飲みながら呟いたお母さんの顔は、一生忘れない、そう思った。
中学3年になった時。
わたしはもう全てに絶望しか持てなかった。
綺麗なものは、身の回りには、無い。
そう思っていたわたしの前に、彼女は現れたのだ。
☆
それは、予言めいたものだったのかも知れない。
放課後、お気に入りの本を机の中に忘れてきてしまった事に気づいたわたしは、少し慌てて教室に戻ったのだった。
そして、見てしまった。
べつに、なんて事ない光景、かもしれない。ただ彼女は、音楽のテストの前に放課後一人で歌ってた、ただそれだけの事だったのだ。
あは、ごめん。うるさかった?
そう、はにかんだ笑顔で話す彼女が、眩しかった。
一目惚れ。そういう言葉には縁がない筈だったけど、たぶん。
わたしが恋をしたのは、同性の女の子、だったのだ。
それまで、そんなことは考えたこともなかった。女、なんて、汚い。そう、思っていたのに。
彼女は違う、彼女は、綺麗、彼女は……
ワタシハアリサガスキ。
そう。自覚した。
☆
それからのわたしは、ひたすら亜里沙に依存した。
わかってはいるのだ。この恋は叶わないということも、依存はいけないということも。
それでも。
まず、自分を変えた。
亜里沙の親友ポジションに収まるため、積極的に話す様にし。積極的にじぶんから触れ合う様にした。
ボディタッチというか、何かあればちょっと大袈裟に抱きついたりも。もちろん嫌がられる様な真似はしない程度に、親友なら当たり前な程度に気を配り。
自分の気持ちも冗談で誤魔化した。
亜里沙ちゃん大好き!
事あるごとにそう、友達のスキで誤魔化した。
そうして高校も同じ所を選び、ほんと、親友ポジに収まったのだ。
幸せだった。
彼女は天真爛漫を素で体現する、ほんと天使の様な娘だった。
男子にもモテただろうに、全員に素で平等に対応するので抜け駆けもしにくかったのか、彼氏もできなくて。
亜里沙ちゃんは彼氏つくらないの?
そう聞いてみたら、
あはは。まだまだ瑠璃ちゃんと遊んでる方が楽しいよ。男子ってよくわかんないし。
そんな感じで。
嬉しかった。
放課後も亜里沙ちゃんとマックに行く。
試験前には泊まりに行って一緒に勉強。
部活もおんなじ写真部にして、写真なんてわからなかったけど。
亜里沙ちゃんが好きなアイドルを一緒に応援して、んでもって一緒にコンサートに行く。
双子コーデを楽しんで。一緒にカラオケにいって同じ歌を一緒に歌う。
楽しかった。
わたしの一番は亜里沙ちゃんで、亜里沙ちゃんの一番もわたし。そう思ってた。
そう、あの時までは。
☆
嫌な予感がした。
「ねーねー瑠璃ちゃん。一緒に留学しよ」
え?
「この間ね、職員室の前の掲示板に海外ステイの募集があったの。締め切り間近だったから瑠璃ちゃんの分も申し込んだんだー」
「お金もかからないの。ほんと、チャンスなの!」
まだ受かったわけじゃないんでしょう? と、浮かれる亜里沙に水を指す。
それはそうだけど、と拗ねてみせるのも可愛い。
別に、一緒に海外に行くのが嫌なわけじゃない。
西海岸。普通の旅行だったら、多分、楽しいだろう。
わたしを誘ってくれた事も、嬉しかったのだ。でも。
嫌な予感がするのだ。何か、わからないけれど嫌な。
結局わたし達は抽選に通り、この夏の西海岸行きが行きが決定した。渋って見せたが亜里沙を一人で行かせるわけにもいかない。結局わたしもついていく事に。
でも。
わたしは、今回のホームステイで彼女をわたしから奪っていこうとする存在が現れるのではないか、そんな漠然とした不安に苛まれた。
彼女の好みは熟知している。マンガに出てくる様な王子様みたいな男の子。サイファみたいなのが現実に居たら、たぶん、夢中になるだろう。
嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
わたしの心は黒い闇で覆われた。
☆
もうこの世界に居たくない。
「マックがね、パーティ誘ってくれたの」
そう嬉々とした声で話す亜里沙。
嫌だった。嫉妬って言葉では言い表すことが出来ない程、真っ黒な感情がわたしのなかで蠢いていた。
「ジェフは瑠璃ちゃんに気があるみたい。良い人だしきっと楽しいよ。ねーいっしょに」
「やめて!」
いままでそんなふうに亜里沙に大声をあげたことがなかった。
亜里沙も驚いて。
「ごめん……」と亜里沙。
ダメ。そんな顔させたいわけじゃない。わたしは彼女に笑顔で居てもらいたかった。筈。
はじめてのわたしの激しい拒否に、亜里沙はしょげて。情けなさそうな顔で。
ああ、嫌だ。彼女にそんな顔をさせてしまった自分が、もう、嫌。
彼女が誰にでも優しいのも、そしてすべて良かれと思っての行動であることも、わたしは充分知っている。
きっとこれからも、わたしの為にと、男の子を紹介しようとするだろう、そんなことも。
悪いのはわたし。亜里沙ちゃんじゃない。それも充分理解している。
だから。
寄りかかっちゃいけない。
だから。
わたしなんて、居なくなれば良いのだ。それが最善。
ステイ先で何かあった? と、心配して何度も声をかけてくれた亜里沙に何も答える事なく、わたしは始終自分の殻に閉じこもり帰宅。
そのまま、自殺を決行した。
眠くなる風邪薬を、とか思ったけど、最近の薬は大量に飲んでもなかなか死なないらしい。
そしてネットで調べて見つけたとあるカフェイン錠剤。比較的簡単に買える上に、これを150錠も飲めば死ねるらしい。
そして……わたしはそのままこの世界とお別れした。




