転生少女、と、優しい世界。
空間が弾けた。
今まで居た部屋では無い、真っ白な世界。
この間の悪い虫が世界を破っていた時とは違う、一瞬にして次元が移り変わった、そんな感じで。
……次元、か。不思議ね。この世界の人間にはそんなもの意識も感知も出来ないし、想像する事も出来ないっていうのに。やっぱりアリシアはおもしろいわ。
んー。わたしだって感知とか出来ないし、ただ、知識として本とかで読んで知ってる、っていうのかな。そんな感じだよ?
……それだけでも驚愕に値するのよ。この世界ではね。
わたしだって新井素子とか好きじゃ無かったらSFとかも読まなかったし、って、日本人なら特にSFとか知らなくてもアニメやマンガで予備知識として知ってる事だよね? って、それも個人差あるのかな……?
……まぁ。あたしの知る一般人はともかく以前の魔王にはそんな知性は残ってなかったからなぁ。それこそおはなし、に、ならないくらい、話が通じなかったの。増幅する魔力と負の感情が理性をうっちゃってたからねー。そんで終了プログラムの言いなりになってこの世界を破壊しはじめちゃって。もう大変だったのよ。
そっか。ナナコはこの世界が好き?
……あたりまえじゃない。ここ、は、あたしの世界だもん。
そっか。
じゃ、やっぱりこの世界、守らなくっちゃ。何が何でも。
……そうね。守らなくっちゃ。ね。
どうすればいい? そうわたしが思い浮かべると同時に、頭の中に一つのキオクが現れた。
今、の、ここ、は、ゼロ空間と規定されている世界。空間が波の表面だとすれば、そこの下、一般空間よりエネルギー値が低い世界。
物質は存在出来ない筈の世界である、と。
って、じゃぁなんでわたしたち無事なの?
……あたしが顕現してアリシアを包んでる、から、かなぁ。
あ、ありがとうナナコ。って、大丈夫?
……そんなに長くは持たないかな。ちょっとアリシアに頑張って貰わないといけないかも。
うん。できることならなんでもするよ。どうすればいい?
……クロコにも協力してもらわなきゃだけど。まず、アリシア、位相qw3219vrの魔法術式を展開、クロコからチャージを受けつつタキオンを生成して周囲を覆うの。
タキオン、か。存在するの?
……このゼロ空間で物質が存在するためにはタキオンで位相の壁を創る必要があるのよ。
うん。やってみる。
言われた通りの術式を展開することで、二通りの魔法陣がわたし達を包んだ。っていうかわたしがなんで魔法使えるの? とか、そっちが不思議。
でも、クロコからなんだか温かいものがわたしの中に流れて来て、これが魔力なんだな、と、なんとなく納得した。
っていうか……。でも、嘘、だけど……。ちょっとこれってどういう事、かな。これではまるで……。
わたしが昔考えたSF小説の設定のまま、じゃないか。
☆
昔、前世の子供の頃。
わたしはおはなしを書いていた。
ノートに思いついた世界のお話を、いっぱい。
ちゃんとしたストーリーとかなかなか出来なくて、書き始めても途中でお話が続かなくなっちゃうのとかがほとんどだったけど。
そんな中、篠宮亜希ってペンネームでとあるおはなしサイトに載せてもらったお話があって。『ゼロ』ってタイトルのお話し。
そこでの設定で使った世界観、物理世界を自分なりに創造したもの、それが、「ゼロ空間」だった。
ゼロ空間は3次元の通常空間を風船の膜の様なものとすると、その内側にある。
通常の世界のエネルギー値はゼロではなく、それよりも低いエネルギー値が存在し、そしてエルギー値がゼロである絶対ゼロ値の発見がゼロ空間航行、すなわち長距離宇宙航行、宇宙開発史の始まりだ、とかいう、厨二病な小説。未完のままネットに晒したまま、の、黒歴史だ。
とっくにデリートされてるとは思ってるんだけど、どうなんだろう?
恥ずかしいが半分、今ならもうちょっとましに書けるかもとかいう思いも半分。っていうかそれもこれも前世の話。
今のこの世界では難しいのかな。でも、思い出しちゃったら、続きを書きたくなってきた、な。
アンカーを……
そう。ゼロ空間から通常空間にもどる方法は二つ。通常空間に固定されたポートを使うか、アンカーを打って空間の膜を抜けるか。
ただ、ゼロ空間から任意の通常空間に戻る方法は、わたしの小説の中では“存在しない”こと、と、なっていたけれど、果たして。
……そう。アンカーを誰かに同調させることが出来れば。
誰か? 誰……。そんな事が可能だとすれば、瑠璃ちゃん、いや、サーラ様くらいかも?
……そう、ね。彼女とアリシアは魂の位相が近いから。
ままよ。やってみる!
頭の中でサーラ様を思い浮かべる。ゆっくりと心の奥底に潜る様に意識を移動していくと、心の奥の深い所に穴の様な出口があるのを感じた。
潜る。インナースペースを潜る。どんどん潜って境界の出口。
もうじき出口、そう意思の力を振り絞って辿り着くと、そこには入り口が。
それも、どうして理解できたのかわからないのだけれど何故か確信が持てる、サーラ様、いや、瑠璃ちゃんの精神の入り口が有った。
……亜里沙ちゃん。
瑠璃ちゃんが見える。呼んでいる。
手を伸ばすと、瑠璃ちゃんもこちらに手を伸ばしてくれて。
手を繋ぐと、そこには思いっきりの笑顔で出迎えてくれたサーラ様が居た。
☆
「亜里沙ちゃんちを中心に一区画分の空間に異常が現れて、今ラインハルト様たちが出動した所なの」
ああ、そうか。ラインハルト様って、あの時の騎士様だ。あの悪い虫を退治してくれた人。
「無事で良かった……」
そう、泣きそうな顔でわたしの手を握るサーラさま。
……バグ達の仕業。あたし達が邪魔だったからゼロ空間に落っことしたんだね。
そっか。
バグって、意思があるの?
……ある、よ。
「あります、わ。但し、ほとんどの場合事前に決められたプログラムに沿って行動している印象ですが」
……学習能力があるのよ。思考回路は不明。目標はこの世界のデリート。ただし、魔王抜きだと能力に制限がかかる、って所。
「やはりナナコさんが居ると助かります。わたくし達だけではそういった情報を知るには限界がありました、から」
……どういたしまして。っていうかあんた普通にあたしの意識もよんでるのね。
「今回は、500年前の様な失敗は許されませんでしたから。どうしても貴女には味方になって貰わなければならなかったのです。神様」
……だからアリシアを巻き込んだ、のね?
「ええ、彼女こそがキーでした。わたくしがここに転生したのも全てその為。……わたしは亜里沙ちゃんを巻き込みたくなんかなかった。危険な目になんてあわせたくなかった。……しかし、どうしても必要だったのです。瑠璃。ごめんなさい」
え? え? どういうこと?
なんかわたしだけ置いてきぼりで会話が続いてる。っていうかサーラ様って二人いる?
「わたくしの前世はカッサンドラ。転生し、今は瑠璃の魂と同居しているのです」
……あたし達と似た様なもんね。あたしとあんたもこの身体の中で繋がって同居しているわけだし。ちょっと違うんだけどね。
そっか。あたしの中に魔王のキオクとナナコがダウンロードされたみたいに、サーラ様にはカッサンドラさまが降りて来たって言う事か。キオクだけ、じゃ、なかったんだね。
んで、どうすればいいの? これから。
……ん。どうしよう、ね。
もう、ナナコ。
「貴女の中に、ヒントがある筈なのですよ。アリシアさん」
わたしの中に?
「貴女のキオク、の中に」
わたしのキオクの中に……。
魔王のキオク? かなぁ。
☆☆☆☆☆
今回はだいぶん派手にバグが暴れまわったらしい。空が割れただの道が歪んだだの、街の人は大災害が起きたって怖がって。
それでも騎士団の人が対処してくれたおかげか、実質的な被害は少なかったみたい。
わたしのおうちのあった建物以外は。
あう。おうち、なくなっちゃった……。
小さいおうちだったけど、子供の頃にからの思い出がいっぱいだったのに……。
お父さんとお母さんは騎士家で住み込みになった。わたしは……、ここ、公主館の一角にある寮に泊まることに。
クロコも住んで良いってサーラ様が配慮してくれたお陰で、わたしの部屋にクロコのベッドも置いてもらえたからそれはそれで良かったのだけれど。
わたしのおうちのあった建物周辺はごっそり消えていた。
日中で人が出払っていた為行方不明者は居なかったのが幸い。
……このままじゃまずいよね。
うん。わたしのキオクの中にヒントあるはずってサーラ様は言うけど、なんだろう? わかる? ナナコ。
……うーん、わかんない。
うきゅう。ナナコもわかんないんだ。
……でもさ、これだけはわかる。バグはアリシアを起点に発生してるって事。
え?
……魔王が、じゃ、ないよ? 今までだってそんなことは無かった。
魔王、じゃなくてわたし?って?
……そう。どうもアリシアは特異点になってる。今世のバグの発生は二回ともアリシア起点。まるで、アリシアを排除するのが目的であるみたいに。
ああ、あの1回目の遭遇も、偶然じゃ、無いっていう事?
……たぶん、ね。だから、ちょっと気をつけなくっちゃ。またいきなり別次元とか飛ばされたら場所によってはどうなるかわからないし。
わたしが、邪魔、なのか。ってことは逆にわたしに何とか出来る可能性があるって事なの?
……うん。そんな気がするよ。
気がするって……。っていうかナナコって神様、なの? やっぱり。この間カッサンドラ様、そう呼んでたよね?
……この世界を創造したって意味なら、イエス、かな。まぁでもその時にはあたしっていう自我は無かった筈。
じゃぁも一つ。終末プログラムって、なんなの? 魔王の一部じゃないの?
……一部、なのは本当。でもあれはあたしとは違う。あたしから独立してる。どうしてか、此処をデリートして終わらせる為に動いてる。たぶん、何か別の意味があるんだと、思う。
ナナコってもしかして、こういう会話する毎に何か思い出してるとかするの? こうして話聞いてるとなんだか、ナナコにも思い出せないキオクがあったりするのかな、って、そんな感じがしてしょうがないよ。
……そう、かも、知れないかな。あたしも。そう思うよ……。
☆
に、しても。
こないだ思ったお花畑の創造主っていうのがナナコだったんだ。なんかわかる気がするけど。
……お花畑ってなによ。
優しいってこと。この世界はほんと優しいな。って。うん。好きだよナナコ。
……なによ、唐突に……。
あは。大好きだよ。
この世界も。そんな世界を創ってくれたナナコも。




