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転生少女、はじめてのおつかい。

 真皇真理教という宗教が、地方でちらほら活動しているらしい。

 信者たちは、魔王とは真皇であり、この世の真理であると語る。


 この世界の宗教観は前世の日本によく似ていて、八百万の神が神話になり、皇帝は神の子孫であるという教義の皇宗教が一応主になっているんだけど、信教の自由は保証されている。だから思想信条で逮捕されたり罪に問われたりは表向きには無い、筈なんだけど。

 だけど、魔王を崇めている宗教というのは世間の目も厳しいらしく、あまり表立って活動してはいなかった。

 わたしも、そんなのがあるらしい、って、噂をちょっと聞いたくらいで真偽もわからなかったくらい。


 そもそもわたしは城下町から外に出るなんて、実は生まれて初めてで、ちょっとわくわくしている。


 街道の景色も、村々の様子も、田園の風景も、みな、興味深く、趣きがあって楽しい。




 わたしは、公主様にお使いを頼まれた。と、表向き。


 乗合馬車で二日かかるエイラ村まで、最近売りに出されているという女神像を買いに行くのだ。

 それは、表向きは、ただの女神像に見える。だけれど、まことしやかに伝わってくる噂によれば、それ、は、魔王像、なのであると。




 でもわたしは知っている。


 これがただのおつかいのお買い物では無い事を。


 真偽不明だから調査のために手に入れたい、だけであれば、わたしである必要はどこにもない、って。


 わたしにしか出来ないことがある、と、彼女は確かにそう言った。


 で、あれば。


 何か、が、あるのだろう。別に、何かが。




 ☆


 エイラ村に着いたのは夕方で、その日は宿に泊まる予定だった。


 宿はもう公主様の従者が前もって予約しておいてくれたらしく、わたしはまず其の宿で一晩旅の疲れを癒すと翌日は朝から目的の女神像を売っているお店までと足を運ぶ。


 城下行きの馬車は明日の朝まで無いので、結局もう一泊しなくちゃならないわけで。そんなに慌てたことはないんだけどね。

 村の周囲には田園や森、湖などもあり観光地としての景観も素晴らしいとの事だったので、用事を済ましたらゆっくり観て回るのもいいかも。

 そう思って。


「らっしゃい。嬢ちゃん。なにが欲しい?」


 気さくな、ちょっと大柄なおひげのおじさん。店主さんかな?


「こちらに霊験あらたかな女神像があるとお伺いしまして」


 ちょっと良いとこの従業員風に、言葉遣いもよそ行きに。


「ああ、

 旅商人から仕入れたんだがな。

 真摯に祈れば願いが叶う。って話でな。

 信じたわけじゃないんだが、ついつい其の時は気が大きくなってたのかもしれねえが、買い取っちまった。

 それが結局、値段がちとはるのと、変な噂の所為でちっとも売れる気配がねえ」


 店主は奥からそれ、を出してきた。


 30センチくらいの観音像のような立像で、質感は、石? 大きな魔石を彫ったもの? そんな感じ。


 綺麗。


 それが第一印象。




「わたしどもの主人が、是非にと求めております。どうかお譲り願えませんでしょうか?」


「もちろん大歓迎だ」


「こちらは、おいくつございますの?」


「全部で10仕入れたんだがな。ああ、微妙に顔が違ってはいるんだが。結局まだ三体しか売れてねえ」


 ちょっと苦々しい顔をして。


「なんだ? 嬢ちゃん。お宅のこり全部買ってくれるとか?」


「まさか」


「そうだよなぁ。流石にな。まぁしゃあねえ。ほんと大赤字だったんだ。一体でも助かるさ」


 店主さんは少し笑顔で。おひげの笑顔はなんだかちょっと怖かったけど。




 この女神像、なんだかお母さんに似てる……。優しい顔、してるよね……。


 やっぱり信じられないな。こんな綺麗な彫像が、魔王の像、だなんて。




 店主は柔らかい布に女神像を包み。


 わたしは持参した布袋にそれを収め帰路に着いた。とりあえず今夜はもう一晩、宿に泊まって明日また乗合馬車で城に帰ろう。


 ☆


 無事に女神像も手に入れることが出来たしあとは湖観光でもして帰りますかねー。


 そう、お気楽に考えてたわたしはふと大事なことに思い至った。


 最初の予定では女神像は宿屋の部屋にでも置いておいてから観光をするつもりだった。

 だって、こんなの重いしね。


 でも。

 現代日本のホテルなら兎も角、この世界の宿屋のセキュリティーには不安がいっぱい。

 流石にこんな高価な物を盗まれでもしたら、目も当てられない。

 これ、わたしがどんだけ働いたって買えるような金額じゃ、なかったし。


 支払いは魔法の小切手だったから現金持ち歩いてたわけじゃないけど、ほんと。向こうの言い値で良いってサーラ様言ってたから気にしなかったけど、ほんとビックリするような値段だったのだ。

 まぁ、これだけの彫像が彫れる魔石って、いったいどんな大きさなのか見当もつかないから分からないでもないか。

 ほんと肌身離さず持ってないと不安。

 だからといって明日の朝まで宿屋に引きこもってるのもなんだか嫌だし、もう、重いのは我慢。

 せめて湖だけでも観に行こう。


 そう、とぼとぼ歩き出したのだった。


 ☆


 森は魔獣が出るかもしれないからパス。田園風景は景色として見るだけで満足。湖は、ぜひ近くまで行って見てみたい。

 出来たらちょっと足だけでも浸かりたい。

 気持ち良さそうだし。

 ほんとは泳ぎたいくらいだけど水着、持ってこなかったしね。


 湖の畔までくるともう気分は爽快。眩く煌めくみなも。木々から溢れるこもれび。爽やかな風に包まれたゆったりとした時間。

 そう、世界からここだけが切り離されたような。そんな空間。

 人生の幸せっていうものの一部は絶対こういう経験、だね。

 本で読んだり映像で見たり、前世のわたしは実物よりもそういった資料で識ることが多かったこういう自然。

 今のこの世界では全身でそれを感じることができる。

 ほんと、幸せ。ああ、この世界を切り取って保存したい。

 カメラがあればなぁ。


 ゆったりと、時間を忘れ景色に浸ってたわたしを現実に戻したのは、こんな所に現れるわけが無い、現れるとは聞かなかった、魔獣に囲まれていた事に気がついたからだった。


 なんで、ここは安全だって聞いてきたのに……


 村の観光案内でも、ここは通常魔物が入り込むような場所で無い事、清らかな水が基本魔を寄せ付けないという事が書かれていた。


 だからこそ安心して一人で来たんだったのに。


 魔獣たちは遠巻きに見てる、のだけど、互いに牽制し合ってるのかすぐに飛びかかってくる様子には思えなかった。


 これなら……逃げよう。


 わたしはゆっくりと振り返ると、取り囲む魔獣のいちばん居ない場所めがけて走った。


 ☆


 重い女神像を胸に抱きかかえて走る。魔獣達は追いかけてくるも、何故か一定の距離以上を保っていた。


 もしかして……魔獣はこの像が目当てなの?


 やっぱり、これは、魔王なの?


 そんな疑問が頭に浮かぶ。


 あ、だめ。このまま走ったら森の中に入っちゃう。


 魔獣を避けつつ走るわたしの進行方向には樹々が鬱蒼とした森。


 最悪!


 そう気が削がれたとき、足元の注意が疎かになったのかわたしは木の根に足を引っ掛けて盛大に転がった。


 痛いと思うよりも女神像が壊れてないかが気になったわたしは掌を擦りむいて血が滲んでいたのにも気が付かず、手探りで女神像を触り。


 特に砕けたり壊れたりしていなかった事に安心したわたしは、これが、祈れば叶う、という逸話のある女神像だということを思い出した。


 どうか、助けてください!


 迫る魔獣から逃れる術を、どうか……




 その時。


 コネクトしました。


 ダウンロードしますか? YES NO


 えっ? なにこれ。


 目の前に文字が浮かびあがった。


 魔力で何かを起動したわけじゃ、絶対ない。だったら、何? これ。

 YESが点滅してる。あ、これ、デフォルトがYES?


 やばい。


 ダウンロード開始します。


 あああああー……。


 目の前が七色の光の奔流に包まれた。


 意識はある。でも。もう今は自分の体も認識出来ない。光の中にいる、それしか。


 ……うん。若干余剰エネルギーが残ってるね。これなら行けそう。


 ……アリシア。魔法術式を構築して。


 え? 誰?


 ……あたしはナナコ。今、貴女と繋がってる。


 ……ここから移動するよ。術式の理論は貴女の中にある。位相q12e98gd。さぁ!



 頭の中に魔法陣が浮かぶ。二重に絡み合ったその魔法陣はだんだんと大きくなりわたしの体の周囲を包みこむ。


 そしてわたしはその場所から泊まっていた宿屋の部屋まで転移した。魔物の群れは……あの場に残したまま。たぶん。


 ……今回のはサービスね。ダウンロードの余熱でエネルギーが余ってたから。


 あ、ありがとうございます。助けて頂いて……


 ……なにそれ? 笑えるー。状況が全然解ってないようね。貴女。


 ……あたしはナナコ。魔王の端末? ナビゲーター? みたいなものかな。今は。


 やっぱり魔王、なんだ。これ。


 わたしは女神像を見ながらそう思う。


 ……あんた、ばか? 魔王はあんたよ!


 えーーーーー?


 なにそれわけわかんないんですけど!! どういうこと?

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