転生少女、お掃除する。
「さぁトロ。頑張っておいで」
わたしは丸くて平べったくて、ルンバみたいなのに三本足の生えた魔道具ゴーレムのトロを起動させるとお部屋の中に放り込んだ。
「うん。だいぶ扱いも慣れたねー。この調子で半刻ほどほかっておいたら綺麗になるから。あとは集めたゴミとか回収してとなりのお部屋に移動ね」
「りょーかいデス。先輩。じゃ、今のうちに厨房に行きます?」
「そうそう。わかってきたじゃない」
コロコロと笑みをこぼしながらリーザ先輩と二人で厨房に向かう。
お掃除はトロにおまかせだ。
掃く拭く磨くといった基本機能に加え、汚れ具合に合わせたきめの細かいお掃除が出来るこの高性能お掃除ゴーレムトロ。
三本の足は伸縮自在でなんと壁まで歩けるから窓のお掃除だって完璧にこなす。
細かいゴミは収納できるし大きなゴミは一箇所に纏めておいてくれる。
わたしたちのお仕事はこのトロに指示を出し最後にゴミを回収するだけ。
だからあいた時間を別のお仕事に使えるのだ。
お屋敷は広いしトロも何台もあるんだけど、わたしたちの担当エリアのトロはもう可愛くって。毎日お掃除の時間が楽しみだ。
リーザ先輩曰く。
「慣れれば複数の指示も同時に出せるしちゃんと起動した人の魔力紋を理解してるから途中の指示変更もオーケーなんだよ」
とのこと。
あは。わたしには無理かもだけど。
起動するときには魔力ライターの魔石を握りこむ。そうすると指向性のある微量の魔力が滲み出し、その当て加減で魔道具が起動する。
魔石はチェーンで繋げて袖口から取り出せるように工夫して。
今のところはうまくやれてる、かな。
お掃除をしながら厨房の下拵えをし、洗濯物を取り込むとそろそろお昼。
朝の出勤時に申請しておけば厨房の賄いがお昼ご飯に頂けるのだけど、あ、お給金の天引きね。
やっぱりまだもったいない、かな。
わたしはおうちの残り物でお弁当持参することにしてる。
今日はどこで食べよっかな。
やっぱり良い天気だし中庭かな。
気持ち良さそう。
リーザ先輩は食堂で賄いご飯なので、わたしは一人、中庭へ。
扉を開け中庭にでると、先客がいた。
ああ、しょうがないな。もうちょっと奥に行こう。
中庭のベンチには男性が一人、座っていた。
寝てるのかな?
背中が反るくらい、もたれ掛かって目を閉じている。
たぶん。護衛騎士様の一人。
邪魔しちゃ悪いし奥の池のほとりにいこうかな。
わたしはお弁当を胸に抱えて中庭の奥に急いだ。
☆
「ちょっと待て、そこの」
え?
「そこのお前、それ以上奥に行くな。危ないぞ」
びっくりして振り返る。
さっきとおんなじ。こっちなんて見ていないような感じの護衛騎士様。なのに。
「あの……」
意味がわからない。どう話しかければ良いのかも迷って、立ち止まったまま少し固まってしまった。
「くそ、面倒くさい。いいからとっとと戻れ。巻き込まれたいのか」
何これこの人口が悪い。それにここで一体何があるっていうんだろう? 魔物だってこんな所には入り込まない筈。
「わたしはお弁当を……」
食べに来ただけ。そう言おうと思ったのだけど最後まで言えなかった。
空間が、歪む。
「ちっ。始まっちまいやがった……。ま、あれから五百年か。よくもったほうか」
羽音? じゃない? ブーンと耳障りな音が鳴り響き、空が破れていく。平衡感覚がおかしくなってわたしは立っていられなくなった。
地震? 違う。でも、おかしい。
その場にしゃがみ込んだまま、それでもなぜか恐怖は無かった。おかしい?
護衛騎士様がのそっと立ち上がってこちらに来る。
「お前、意外と肝っ玉大きいのか? それとも理解を超えて理性が飛んだか?」
なんか失礼な事を言いながら近づいて来る騎士様。綺麗な顔なのに残念だ。
「なんなんですか……これ」
あ、意外と冷静な声が出た。
うん。
「虫、だ。世界を食い潰す悪い虫」
なに、それ……
「まぁ。なんとかするさ」
けだるそうな表情を浮かべ、騎士様は手をかざした。
剣、は、握らないのかな? そんな事を思いながらわたしはただただ見ているだけだったのだけれど。
騎士様はそれから素早く手を振り回し……ているようにしかわたしには見えなかったのだけど なんなんだろう。何かを捕まえて握りつぶした。
「まぁ、こんなものか。まだ生まれたてならな」
歪みは消え、羽音もしなくなった。
元に戻った?
「今日見たことは誰にも言うな」
騎士様はそう言うと、さっと振り返り館内に戻って行った。
わたしは呆然と見送るしかできなかった。
☆
何なんだろうほんとちょっと残念な人だったな。
って、普通ここは助けてくれてありがとう、な展開?
それともすっごく失礼な言葉に怒って良いところ?
うん。だめだ。わたし情緒に欠けるのかな。何とも思えないや。
騎士様の名前とかわかんないけどすっごく綺麗な人だった。
男の人に綺麗はないかもだけどそれでも。いいじゃん美青年。
それがあの気だるそうなやる気なさそうな態度と口の悪さで台無しだ。
好感度サイテー。間違っても好きにはなれない人。
これが外から見てるだけ、だったら、違ったのかもだけど。
それよりも。
お弁当を食べながら色々と考えてしまった。
あの現象。だ。
あれ、空間そのものが変質してた。目に見えるレベルで破れていた。
虫、って、バグ?
思いつくのは前世で読んだいろんなSFやラノベ。
特に思い出したのが……
そのお話の中で主人公は20世紀に普通の女性として生きていた。もうじき結婚する予定の恋人とデートをしている最中に、ある出来事があって。
思い出したのだ。その世界が偽りのものだと。
戦争が地上を人の住めない世界にし、人々はコールドスリープのカプセルに入り人類の行く末を未来に託すことになった際、その心を仮想世界に退避させ。
そこでの偽りの平和な人生を送っていた、というオチ。
ここも……
そうなのだろうか……
怖かった。この身体が現実のものじゃないとかお父さんお母さんが現実では無いとか、そんなことを想像する事に。今までの十五年の人生が、ただの夢かもしれないと、そう思う事が、嫌だった。
☆
日差しが暖かい。
お弁当はおにぎりにする事が多い。かな。
この中庭はほんとお弁当を食べるには最適。すっかりお気に入りだ。
気持ちのいい風。澄みきった緑の匂い。優しい陽光。そして美味しいおにぎり。
大好きな両親。友達。優しい隣人。みんな、大好きだ。
生まれ変わってからのこの人生。ほんと大事な思い出。
どんだけ頭の中でぐるぐる考えたって、この世界が好きで今の人生が好きなのは、変わらない、な。
どう考えてもやっぱりこの世界が、噓、だなんてわたしには思えないし。たぶん、考えたってわかんない。
だから。
うん。
お弁当を食べ終え、ごちそうさまでしたと手を合わせ。
わたしはお仕事に戻ろうと館内に戻った。
☆
「遅いよアリシア。ねぇ。なんか公主さまに呼ばれてるみたいだよ。何かやらかした?」
え?
リーザ先輩の言葉に一瞬固まった。




