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転生少女、本日からから出勤デス。

 公主館は城の敷地内にあるのでまず大通りの大門より城内に入り、従者用の通路を通り通用口まで、と、ここまでで大体三十分は掛かる。


 もちろん徒歩だ。

 事前の説明で聞いた通り更衣室のロッカーまでたどりついたわたしは用意された戦闘服、もとい、メイド服に着替える。

 黒を基調としたシックなタイプ、もちろんスカートは重厚なロングだ。間違ってもミニは無い。

 やっぱりその辺は身分差とかきっちりしているだけあるよね。


「もたもたしない。新人。さ、アピアランスチェックするよ」


 更衣室の入り口からそう声をかけられ振り返る。

 説明にあった先輩かな。教育係。


「アリシアです。宜しくお願いします」


「リーザよ。ここでは二年になるから、いろいろ教えてあげるね」


 栗色のクリッとした巻き毛がかわいい。

 わたしより小さい、かな。下手したら年下に見えるけどそんなこと流石に無いよね。


「まずメイド長の所まで言って挨拶ね」


 今年はどうやら新人はわたし一人らしい。


 更衣室から侍女用の控室までの道すがら、リーザがいろいろ説明してくれた。

 トイレの場所から入っちゃいけない場所、普段のお仕事に使う通路と貴族様のエリアなどなど。

 基本的にわたしクラスのメイドにはここでは移動の自由は無いに等しいらしい。

 仕える主人の雑用が主な仕事であり、導線は限られる。

 うん。

 このだだっ広い城の中を全部覚えろと言われないだけ、ましかもしれない。


「さ、ついたよ。あ、ここからは言葉遣いとか注意してね」


 まぁ。当然だろう。

 っていうかリーザの距離感が近くて、ちょっとびっくりしてたぐらいで。


 ドアを開け、挨拶する。

 侍女長はハイジのロッテンマイヤーさんみたいな感じの人。濃いブラウンの髪を頭上で結い、モノクルをかけている。

 厳しそうだ。


「アリシア=レイニーウッドと申します。本日よりこちらにお仕えさせて頂きます」


 この世界では家名が無い者もいるが、平民であっても家名がないわけでも無い。

 普段はファーストネームだけでことが足りるのだが、やはりこういうきっちりした場では名乗るべきだろう。

 そう思って名乗ったのだが。


「レイニーウッドの者は私良く存じていますよ。貴女にも昔まだほんの小さな頃にお会いしています。これから宜しく頼みますね」


 侍女長、ファミール=サクラダ様は、思いの外優しい口振りでそう語りかけてくれた。


 うん。なんとかやっていけそうだ。


 ☆


 ここ、ベルクマール大公国はオクタヴィアヌス=ベルクマールにより建国され五百年 。


 帝国暦2156年、当時のガイウス帝の治世に復活した魔王に立ち向かい、そしてそれを打ち負かし再度封印する事に成功した勇者オクタヴィアヌス。

 そして帝の妹君であった大予言者カッサンドラがその勇者に降嫁し、興ったのがこの大公国とされている。

 オクタビアヌスは大公となり、その後一度もその血を途絶えさす事もなく続いていると。


 また、この公国には必ず帝の血筋のものが公主として祭祀に携わっている。

 祭司として、大予言者としての能力を持つ帝の血筋の女性が必ず。

 時としてそれは大公家との縁組であったりもするが、必ずしもそうではなく。ま、血筋を濃くし過ぎない為でもあったのだろうけれど。


 必要なのは、勇者である大公と大予言者である公主がどの時代も必ずこの国に存在する、という事であり。

 それがオクタヴィアヌスとカッサンドラから連綿と続くこの大公国の伝統なのであった。


 まぁ、このくらいの事はこの国では子供でも知っている事なのだけれど。

 わたしが仕える事になったこの公主館の主人が現在の公主様、大予言者サーラ様なのである。


 御年十三歳になられる公主様は前任の大予言者様がお亡くなりになった三年前、まだ十歳だというのに毅然とこの国に御渡りになられた。

 それ以来毎年の祭祀や参賀にその愛くるしい御姿をお見せ下さり、市民に絶大な人気を誇っている。

 その崇拝のされ加減と言えば、日本のアイドルなんて目では無い。それこそ公主様に悪意を持つものなど国内どこを探しても存在しない、と、言った具合だ。

 大公様や大公家の方々はそれこそ雲の上の存在で君主様として敬いこそすれ身近に感じることなどは無い。

 であるからこそ、公主様のあの愛くるしさや振る舞い、お声に、市民がアイドルに対する様な崇拝を見せるのは、不思議でもある。


 元々、厳しい大公様、親しみやすい公主様、というイメージが、この国では出来上がっているのだろうとも思うのだ。


 ☆


 わたしの勤務時間は朝の三の鐘から夕方の七の鐘まで。前世の9時5時に相当する時間、かな。休憩時間も随時あるしお昼休憩もちゃんとあった。

 かなりホワイトな職場だ。


 このお屋敷お住まいなのはまずご主人様の公主様。公主様の側仕えとして帝都から随伴してきた方々。護衛騎士。

 わたしたち侍女のお仕事としてはこの方々の身の回りのお世話、お屋敷の維持管理、お料理配膳等々、まぁ高級な家政婦さん、みたいなところ。

 わたしはまだ下働きの仕事しかさせて貰えてない。

 お掃除洗濯お料理のお手伝いが主だ。

 公主様に御目通り出来るかとも期待したけど、それもまだ。接近遭遇する機会もあったけれど、その時は通り過ぎるまでお辞儀してやり過ごすのだ。辛いな。


 お掃除は、わりと楽しい。


 洗濯も、ビックリした。


 お料理は、これは割と普通。っていうかわたしの仕事は精々料理人さんの指示で野菜の皮むき洗い下拵え終わった後の洗い物等々、ほんと下働きなので。

 ただ……。ここで一つ問題が発生した。

 お掃除やお洗濯等、それらを補助する魔道具の存在だった。

 お掃除には白くて平べったくて丸くて、まるでルンバの様な形状に可愛い足が三つ付いている、そんな魔道具。

 お洗濯にはおっきなドラム缶みたいな洗濯機の魔道具、などなど。

 今までの生活では見たことなかったそんないろいろな魔道具を駆使してお仕事をする必要があったのだ。


 まあ、想定をしていなかったのが迂闊だったということなのだろうけど、うちでは不便を感じることがなかったので忘れていたのだ。


 たぶんお母さんがわたしが傷つかない様配慮してくれていたんだって、今にすればそう思い至ったのだけれど。


 問題は……「魔力」だった。


 わたしは魔力がまったく無い、魔力値がゼロだったのだ。




 この世界は剣と魔法の世界で、ここに住む人間は多かれ少なかれ魔力の影響下にあった。

 生活一般にもそれは活かされ、前世の機械化文明は魔道具に置き換えられていたのだ。当然それを使用するにも魔力が必要だった。

 ただし一般市民の魔力値はそれ程高くは無く貴族が使える様な大量の魔力を必要とする魔道具を扱えるものはそれ程多くは無く、日常生活に必要な魔道具にはいわば魔力の電池みたいな魔力蓄積石が使用されていたのだが、それを起動するスイッチにも魔力が必要だったのだ。


 初日は焦った。ほんと。

 リーザがやってみせてくれたあと、


「あしたはあなたにやってもらうからね」


 と言ってくれてほんと助かった。


 なんの準備もして来なかったから。


 ☆


「ねえ母さん、どうしよう」


「そうねぇ。母さんも忘れてたわ。ごめんね」


 あっけらかんとてへぺろが似合う笑顔でそう謝られた。

 別にお母さんが悪いわけじゃ無いよ、わたしが迂闊だったのよと焦るわたしに、


「あなたが勤めに出るときには必要だと思って、ちゃんとこれ買っておいたから」


 そう言いながら黒い石みたいなのを渡してくれた。


 たぶん……これは魔石だ。きっと高価なものに違いない。

 そう、ほんと、お母さん……。


「ごめんね。高かったでしょ……」


「いつかは必要になると思って、ずっと貯金してたからね。大丈夫」


 そういう母にわたしは抱きついて泣いた。

 ごめん。お母さん。わたしが魔力ゼロなばっかりに苦労かけてたね……。


 転生者だから、とか、異世界人だから、ではない。

 そりゃぁ転生者なんてありふれて、と言っても、石を投げれば当たるような人数がいるわけでもない。


 それでも、過去に存在した転生者はちゃんと魔力があったし、それを使って活躍もしたりしてた。

 歴史に名を残した人も少なくない。

 ほんと、異世界人だから魔力が無いのではないのだ。


 この世界の住人は多かれ少なかれ魔力を持ち、全くのゼロというのは有り得ない、ということになっている。

 魔力の波紋の象をもってその人物を特定したりもしているくらい、だ。

 おそらく、その点ではわたしは非常に稀な存在なんだろう。


 国民全員子供の頃に魔力値を測る、とか、そんなラノベのような設定はこの国には無かったのが救い。

 もし見つかってたらもしかしたら学者さんの研究対象になってたかもしれない。

 両親だけは流石に気がついたみたいだったけど、それを他の人にはバレないよう、ずっといろいろ工夫して庇ってくれた。日常に困るくらい魔力が弱い、程度の人なら存在したし、そういう人は前世だと身体障がい者みたいな扱いで。そういう人用に魔力増幅器や魔力ライターみたいな物も存在し、そういう機能のある魔石はちょっとお高かったのだ。


 負い目を感じるくらいのことならまだ良かった。

 わたしを取り上げられるのだけは、嫌だった。


 母は、そう、わたしがまだ小さい頃、この、魔力ゼロを自覚して詰めよったとき、そう、嗚咽を堪えながら、言った。

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