8 掃除と子供たち
「いやーとてもおいしかった!おいしい料理をありがとう。」
とマルクは口をナプキンで拭きながら礼を言う
マルクとオリントラはシフォニーのもてなしを受け終わった。
マルクはパンパンになったお腹をさする。空腹が満たされて満足そうだった。
「どういたしまして。」
シフォニーも笑顔で返した。
「俺も礼を言っていくぜ。ところで例の情報を持っているかもしれない奴はもうここに来たのか?」
忘れてはいけない。ここに来たのはもてなしてもらうためではなくて、捜査のためなのだ。お腹が満たされて満足ではいかない。
「ごめんなさい、まだ来ていないみたいなの。いつもならそろそろ来る頃なんだけど今日はなんか遅いみたい。もう少し待ってもらえるかしら。」
「そうか。」
その時、扉が勢いよくバタンと開き、小さい影が一気になだれ込んできた。
それはさっき会った子供だ、シフォニーたちが面倒を見ているという。
その子供たちは慌てていた。
そしてそこに漂う料理の残留香に鼻を聞かせると
「あー!シフォニーお姉ちゃんの料理一人占めしてずるいー!」
と各々叫んだ。
「くんくん、くんくんくん、どうやら今日のご飯はカエルの丸焼きとゲリゲーターのスープってところでしょ!」
あたりの匂いを嗅いでぴたりと料理を当てる。
「ずるいよー、お兄ちゃん一人占めして!!僕たちも食べたかったよー!」
といって子供たちはオリントラとマルクの周りにまとわりつきポカポカ叩いた。
「やっやめろっ」
手で頭を守るマルクは子供たちにまるでリンチされているようだった。
「ちょっと、やめなさい!あなたたち今日の昼ごはんはお弁当でちゃんと食べたでしょ!」
とシフォニーがオリントラとマルクのもとから子供たちを引き離す。
「そうだけど、もう私お腹すいたよー!」
「私もー!」
「僕もお腹減った!」
「もういったいどんな食欲をしているの?三時のおやつまで我慢でしょ。」
そしてシフォニーが二人の前に申し訳なさそうに向かうと
「ごめんなさい、この子たち私の言うこと聞かなくて。許してあげて。」
と謝ってきた。
それに対しマルクは
「べつにいいよ、そんなこと。子供はかわいいからね。 ちょっと恐ろしかったけど…。」
マルクはすくんだ様子で言った。
「俺たちを子ども扱いするなよ!」
それに対し子供たちはマルクに子ども扱いされたことに怒った。
「えー、なんで、どうして??」
驚くマルク。
子供たちの反抗を予想にしていなかったようだ。
どうやらこの子供たちはマルクのことをお兄ちゃんと思っていないみたいであった。それの原因はやはりマルクの子供っぽい見た目と心の幼さにあるのか。もう15歳になるのに7歳くらいの子に舐められるなんて、とオリントラは思わず笑いをこらえた。
「ほら、また明日料理作ってあげるから、あなたたちはあっちの部屋で遊んでてね?」
とシフォニーは子供たちをほかの部屋へ追いやろうとする。しかし子供たちはそれを拒んだ。
「いやだ、シフォニーお姉ちゃんも一緒じゃなきゃ。いっしょにあそんでー!」
子供たちがシフォニーの手を引っ張る。
シフォニーはそんな子供たちに困り顔だ。
「だめよ。お姉ちゃんこれからお掃除のお仕事があるから。今は遊べないわ。あとでね?」
わがままな子供たちを必死に納得させようとするシフォニー。
それに対して子供たちは
「お掃除なんて後ですればいいでしょ!一緒に来て!」
「ええ!?」
シフォニーはズルズルと少しずつ引っ張られていく。
「いや、それが私の仕事だから後にするわけにはいかないのよ、ね?」
それを聞いた子供たちはあきらめたのかシフォニーを引く力を弱めた。そしてシフォニーの顔を数秒見た後その視線はオリントラとマルクに向いた。
「ここにいるお兄ちゃんたちがやればいいじゃん。」
「ええ!?」
ふたたび大声を上げるシフォニー。
「いや、あの人たちはね、お客さんなのよ?お客さんにそんなことさせるわけいかないでしょ。」
「でもシフォニーお姉ちゃんいつも言ってるよ、された行為は行動で返しなさいって。あのお兄ちゃんたちここにきて料理食べてゆっくりくつろいでるだけじゃん。料理を食べさせてもらったなら掃除の手伝いくらいしてあげるのは普通だよ。」
子供たちは互いにうんうんとうなずき、そうだそうだと言った。
「だから、お客さんなのよ、あのお兄ちゃんたちは。」
それを聞いた子供たちはオリントラとマルクを冷たいものを見るようなでじっと見つめてきた。まるで二人がなにか悪いことをした後のように。
マルクはその雰囲気にたえられないのか視線をそらす。
「もう馬鹿なこと言ってないでいい子にしてなさい、ね?」
なんとか納得させようとするシフォニー。
そんな様子にオリントラはため息をついた。子供たちがシフォニーを好いているなら仕方ない。
「わかった、俺たちが掃除をしてやる。その間子供たちの面倒を見てあげな。」
「そ、そうだね。僕たちも何かしてあげないと悪いもん。それに断ったらあの子たちに何されるか怖いし…。」
マルクも賛同した。なぜか子供たちを少し怖がっていたようだが。
「え、いやいいのよ。別に。この子たちのわがままに付き合わなくても。」
シフォニー手を振って大丈夫だと手ぶりをする。
「たまにはわがままを聞いてあげてもいいんぜ。」
「ああ、…そう、そうね。じゃあ…悪いけど頼んじゃおうかしら。」
シフォニーは申し訳なさそうにしていたが、折れたのかその案を受け入れた。
しかしそれはなにかを思い付いたような様子でもあった。
――
「うそだろ…。」
オリントラは目を大きく見開き、棒立ちであっけにとられていた。
マルクも、あちゃーとするように手を顔に当てている。
その足元には水が入ったバケツと箒と雑巾など掃除用具一式が置かれていた。
オリントラとマルクはシフォニーの掃除の仕事を代わりに受け入れた。掃除道具一式を受け取り、案内された部屋はがらんどうとした、とても大きな和室だった。
オリントラとマルクはその部屋の広さにあっけにとられていた。横幅15m、縦幅20mあろうかというものすごく広い部屋だった。床はすべてイグサ張りで壁には大きな窓がたくさん取り付けられている。
「ま、まさかこんなに大きい部屋だったとは…。」
マルクがありのままの感想を垂れ流す。
「広すぎだろ。いくら何でも。シフォニーっていつもこういう仕事をしているのか?それは忙しいわけだ…。巫女ってたいへんだな。」
改めて巫女という職業の大変さを知る二人。
引き返そうにもシフォニーは足早に去ってしまったのでもうどこにいるのかわからない。
受けた仕事なので文句言わずやるしかないのだ。
「シフォニーがどうやら足早に去っていったのは、この仕事の大変さを悟られてキャンセルされないようにするためだったんだな。なずる賢い妖狐だぜ。」
「いやさすがにそれはないよ、兄貴。シフォニーはそんなことをするほど意地悪じゃないもん。とてもやさしくていい人だよ。」
「お前シフォニーの何知っているって言うんだよ。まだ会って半日も立たないぞ。」
「見てたらわかるもん。あの笑顔とあのやさしさは本物だって。」
マルクが自信満々に言う。
「はぁ、どうしたんだ俺、なぜ変に優しくなって掃除をやるとか言ってしまったんだ。」
つい二、三か月前のオリントラであったらあり得ない行動であった。このルージェの町に来てから何か心変わりしてしまったらしい。
「兄貴は本当はとてもやさしいんだよ。前はすごく狂暴だったけどやっぱり本当の自分には嘘がつけないんだよ。」
とマルクがふざけたことを言ってきた。
「うるせえ。」
つべこべしゃべっている暇はない。今に始めないと一生終わらなそうだ。
「まずは箒でほこりを取り除くところから始めないと。ぱっぱとやるぞ。そのあと雑巾がけが待っているからな。」
「らじゃー!」
オリントラとマルクは箒を手に取る。そしてそれぞれ端から真ん中に向かって箒を掃きだした。
がらんどうとした部屋にサッサという箒とイグサがすれる音が反響する。それはとても地道な作業だった。
「最初は竜戦について知っているかもしれない人に会いに来たのに、なんか飯食べて掃除をしている。当初の目的とずれている。なんかいいように利用されている気がしてきたぜ。」
「べつにいいじゃない。僕たちおいしい料理を食べさせてもらったんだからこれくらい恩返しのうちだよ。多分これが終わったら目的の人に会わせてくれるよ。」
淡々と作業をこなす。
「でも、もしその人が何も知らなかったら今日一日何してたんだって話だぜ?」
「こういう時も必要な時間の一つだよ。努力しているときに無駄な時間はないよ。」
「そうか。お前はなんでもポジティブだな。いやもしかしたら何も考えていないということかもしれない。」
「そ、それはない!僕にはちゃんと立派な脳みそがつまっているよ!」
「スポンジみたいな脳みそじゃないといいがな。」
オリントラはシフォニーのことを考えた。あの妖狐、なにか引っかかるところがある。やはりゴーストから助けてもらった上にここにまぬかれて料理まで食べさせてもらったなんてお人良しすぎるのだと。
「なぁ、お前シフォニーについてどう思うか?」
マルクに聞く。するとマルクはなぜかびくっとして
「え、え?いや別になんとも思っていないよ。ただの良い人ってことに決まってるじゃん。別に気になったりしてないし…。」
と言ったのだった。
「なんだお前、一目ぼれか。まだ会って互いのこともあんまり知らないのに。早すぎるぞ。」
「な、なんでわかるの?ま、まさか兄貴、闇魔法の、人の心を完全に読んで支配することのできる禁断の術が使えたのか!?」
「バカかお前。そういうことじゃなくて彼女は人としてどうか聞きたいんだよ。」
するとマルクは辱めを拭うようにコホンと咳払いをした。
「僕は彼女をとてもやさしくてお人よしで、笑顔が素敵なだけの妖狐だと思うよ。べつに何かおかしなところはないし、友達に居たら楽しいタイプかなって。」
「そうか。てかお前友達とかいないのによくそんなことわかるな。」
「いっいたもん!小さい頃は沢山いたよ。今はこうやってデニスとルージェに越してきたからいないけど…。」
「ま、俺にも友達とかあんまいなかったからな。」
オリントラは大きな口を開けて笑った。マルクはそのことに驚いた。
子供たちと話しているときのシフォニーはものすごくうれしそうで楽しそうだ。子供のことが好きで、なおかつ初対面の人に対しても優しく、力になってくれるその善意はあの笑顔を見る限り本物であるオリントラはそう考えた。
そうして雑談をしながら掃除をしていった二人。
何分経っただろうか。
箒での作業がだいぶ進み、真ん中にゴミが集まってきた。マルクはすでにもうヘトヘトだった。
もともとこの部屋はきれいなのか、ゴミが想像より溜まってはいなかった。
「さてと、そろそろ箒かけはこのくらいで終わりにするか。もう十分きれいになっただろ。」
オリントラは部屋を見渡す。見た感じ埃はもうあまり落ちてなさそうだ。
「やっとおわったよ。僕もうへとへと。疲れちゃった。休憩したい。」
床に座り込むマルク。
「いや、まだまだこれからだぜ?雑巾がけ。これは四つん這いでやる必要があるからもっと疲れるはず。」
「えーー!」
マルクの叫びが響く中、いきなり部屋の扉がガラガラと開けられた。
「シフォニー?」
マルクが期待を持ってそこを見る。しかしそこにいたのはシフォニーと遊びに行ったであろう子供たちだった。
「あー、いけないんだ!お仕事さぼってる!」
「いけないんだー!」
座り込むマルクを指さしてからかう子供たち。
「違うよ!ちょっと休憩していただけだよ!」
反論するマルク。
子供たちは部屋の中にワーッと入ってきて部屋を回りだした。
「おい、騒ぐんじゃない!埃がたっちまうだろ!」
怒るオリントラを無視して子供たちはイグサの床をじっと見る。
「あー!ここいっぱい埃が残ってるよ!」
「ほんとだ!ここも!」
「そこも!」
子供たちは床を指でなぞって指に着いた埃を汚そうに見る。
どうやら端っこの方はゴミが残っていたらしい。特にマルクが担当した範囲に多く埃が残っていたみたいだ。
「お兄ちゃんたち裁量悪いね。こんなに時間があって埃がいっぱい残っているし、しかもまだ箒がけの途中とか。おっそーい!」
マルクとオリントラをからかう子供たち。すこし煽っているみたいだ。
しかしこの広さの部屋を二人で掃除するのはどうやら無理がある。
「しかたないだろ。こちとら二人しかいないんだから。お前らも暇なら手伝えよ。」
「なんで?いやだ。だってお兄ちゃんの仕事でしょ。自ら引き受けたなら責任もって最後までやらなくちゃだめだってシフォニーお姉ちゃんが言ってたもん。」
「むかつくな。シフォニーはお前ら自身を戒めてもらうためにその言葉を教えたんだと思うぞ。ていうか用がないならここからでていってくれよ。」
このままでは子供たちは邪魔になっているだけである。
「まてよ?ていうかお前らシフォニーと遊んでいたんじゃないのか?なんでこんなところに来てるんだ?」
この子供たちはシフォニーと遊んでいたはずだ。オリントラも子供たちのわがままを思ってあげてしてこの仕事を引き受けてあげたのだが。
「ああ、シフォニーお姉ちゃんならなんか用事ができたって言ってどっか行っちゃったの。」
「おい本当かよ。これじゃあ俺たちがこの仕事を引き受けた意味がないじゃないか。くそあの妖狐め。やっぱり利用する気だったのか?」
「でも仕方ないもん。シフォニーお姉ちゃんも忙しいってことぐらい僕たちもわかってるから。あの時はみんなでわがまま言っちゃったけど本当はだめなんだって。」
子供たちはしょんぼりとした顔をする。子供たちもシフォニーは忙しいとよく理解していたのだ。でも実際はそれが寂しいのだ。
「だから僕たちも暇になっちゃったし、お兄ちゃんたち二人でちゃんと掃除できてるか見張りに来たんだよ!」
子供たちがウンウンとうなずく。
「見張りに来たって…。」
「でも見た感じお兄ちゃんたち手際悪いし、へたくそだし、埃は残すし、これじゃあシフォニーお姉ちゃんの仕事を増やすだけだもん。しょうがないってことで僕たちが手伝ってあげてもいいよ?」
「本当!?それはたすかるよ!」
その言葉を聞いて勢いよく起き上がるマルク。人数が増えて自分の分量が減ったと思ったのかやる気がわいてきたようだ。
「それはありがたいが、大丈夫なのか?お前ら掃除とかちゃんとできるのか?」
「少なくともお兄ちゃんたちよりはきれいに早くできるよ。僕たちだって何回もシフォニーお姉ちゃんの手伝いしてるから。」
「そうなのか。偉いな。」
素直にほめるオリントラ。それを聞いた子供たちは
「勘違いしないでよ、これはお兄ちゃんたちのためにやってるんじゃなくてシフォニーお姉ちゃんのためだからね!お兄ちゃんたちがへたくそでこのままだとシフォニーお姉ちゃんの仕事が増えるから、仕方なく手伝っているだけだから」
となぜか怒り口調で言ってきた。
「べつになんでもいいよ!人数が増えるならどんな理由でも大歓迎だよ!」
さすがシフォニーと一緒にすごしているだけあるのだな、とオリントラはこの子供たちに感心してしまったのだった。
「まずね、そうじは上の方からやっていくのがきほんなんだよ。最初に床を掃除してしちゃったらあとで窓とかの掃除をしたときに埃がまた落ちちゃうでしょ。」
マルクとオリントラは子供たちの指導を受けて掃除をやり直すことにした。
「なるほど。たしかにこのままだったら二度手間になってしまうわけだね。さすが、掃除のプロ!」
マルクはだれが見ても大げさな態度をとる。
それに対し子供たちは
「みんなしってるよ、常識だもん。」
とあきれた。
「窓はまず水拭きして、そのあと濡れてない雑巾でからぶきするの。水をとらないと乾いたときに、きたなくなっちゃうんだよ。」
「なるほどな。でもお前たちの背丈じゃ窓まで手が届かないぞ。」
窓は大人の人の胸くらいの高さにある。とてもじゃないけど子供たちには背が低くていくら腕を伸ばしたって届かないだろう。
「いつもならシフォニーお姉ちゃんが肩車してくれるから手も届くの。でも今はシフォニーお姉ちゃんがいないんだった。どうしようかな?」
そういうと子供たちは一斉にオリントラとマルクを見つめてきた。まるで肩車してくれるよね?と訴えかけているようだ。だれもがそのつぶらな瞳で見つめられたら断ることができなさそうな勢いだった。
「…わかったよ、俺が肩車してやればいいんだな。」
ため息をつくオリントラ。それを聞いた子供たちは喜ぶ。
かがむオリントラに子供たちが一斉に駆け寄る。よいしょと一人を肩に乗せオリントラは持ち上げた。
「わー、高い!すごい!いつもと見える景色が違う!」
オリントラの方に乗った女の子は楽しそうだ。それを見たほかの子供たちは
「ずるいずるい、僕も!」
とさらにアピールをする。
「おいおい、ここにもう一人肩車できそうなやつがいるからそいつに頼め。」
「えっ僕!?」
驚くマルクを気にせず子供たちは一斉に駆け寄っていく。
「早くのせろ!」
「肩車してよー!」
なぜかマルクに対してだと子供たちは強気になる理由は考えないことにしたオリントラ。
「え、僕は肩車やったことないから無理だよ。」
「うるさい!早くやって!」
嫌がるマルクを強引によじ登り、肩に飛び乗った男の子。
その衝撃でマルクは思わずふらふらと転びそうになる。
「アブナイぞ!ちゃんと歩け!」
「はっはいっ」
完全子供たちの乗り物と化してしまったマルク。ふらふらとするので転ばないか心配なところだ。
結局オリントラが肩に一人、両腕に一人ずつ、マルクが肩に一人という形で落ち着いた。
残りの子供たちはどこからか持ってきた椅子に立ってやることにしたようだ。
「意外に三人を持つのはけっこう重いんだな。」
「僕たちべつに太ってないもん。」
「でもいつものシフォニーお姉ちゃんの高さよりも高くて楽しい!」
やはり高いところは楽しいのか子供たちはあたりを見渡す。
「おい、濡れた雑巾を俺の体につけないでくれ…。」
子供たちが興奮して振り回す雑巾がオリントラの顔にぺちぺちと当たって臭かったし気持ちが悪かった。
「ほら、担いでやったんだからきちんと窓を拭いてくれよ。」
「はーい!」
子供たちは前方に振れた雑巾を持った手をのばし窓をゴシゴシと拭き始めた。しかしまだ力が弱いからなのか拭くというよりかは拭うといった方が正しいだろう。
「あんまりきれいになってない気がするのは俺だけ?」
「ちゃんときれいになっているよ!」
オリントラは再び濡れた雑巾を顔につけられた。
マルクの方を見るとマルクの上にいる子がずいぶん狂暴な子のようで
「ふらふらすんな!もっと前だ!」
と頭をぺしぺしとたたかれていた。それを見てオリントラはかわいそうにとだけ思った。
「シフォニーはいつもこうやって掃除をしているのか…。大変だな。」
このわがままな子供たちを抱えて掃除をするシフォニーの姿が目に浮かぶ。本人たちは手伝っているつもりなのだろうがこれではかえって効率が落ちそうだ。
「でもシフォニーお姉ちゃんはいつも楽しそうに掃除をしてるよ。僕たちと一緒にいるときはなおさらね。」
うんうんと子供たちは誇らしげに首を振る。
「でも、今日のシフォニーお姉ちゃんは何かいつもと違う気がするの。」
オリントラの上にいる女の子が不意に言った。
「…どういうことだ?」
オリントラはなぜかひどくそれが気にかかった。
「なんかね、いつもの優しいシフォニーお姉ちゃんじゃなくてなんか変なところがあるの。何か考えているっていうか。」
「それ僕も思った!」
周りの子供たちも賛同していた。
「なんかわざとらしい笑顔って感じがしてちょっと不思議だったりする。」
それも子供たちはどうやら皆が思っていたみたいだ。
オリントラは思い返した。あのシフォニーに感じた違和感は、さっきはただの勘違いだろうと済ましていたが、子供たちも言うのならそれは正しいんじゃないか?と。だとしたら何がその違和感につながっているのか、それだけはいくら考えてもわからない。
「シフォニーお姉ちゃんってね、優しくて僕たちのこと大好きでいつも笑顔なのに時々悲しい顔をするときがあるの。もしかしたらシフォニーお姉ちゃんってまだ僕たちより小さいころにお母さんとお父さんをなくしているって聞いたことがあるから、ふと悲しい気持ちが湧き出てくるかも。」
「僕もパパとママがいなくなちゃったらもう生きていけないよ!」
マルクの上に乗る男の子が叫ぶ。
「だからね、私たちはいつもいたずらとかわがままなお願いとかいっぱいしているから、たまにはこうやってお手伝いもしないと。シフォニーお姉ちゃんのためなら私なんでもするもん。」
「僕もシフォニーお姉ちゃん大好きだからたまには喜ばせたい!」
こんな幼い子にもシフォニーを大切にするという自我が芽生えていた。シフォニーとやんちゃな子供たちという関係ではなくそこにはしっかりと深い絆が結ばれていたのだ。
幼いように見えて実はけっこう大人だったりするのだ。
「そういう気持ちは大切だと思うぜ。シフォニーを喜ばせたいんだったらさっさとこの掃除を終わらせるか。」
「うん!もちろん!」
元気よくあいさつする子供たち。
しかし
それから10分ほど経ったらもう子供たちは掃除に飽きていたのだった。
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