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7 博士の奇妙な愛情

 オイ・キムチ軍曹は金玉原きんぎょくばる周辺の警戒をしていた。


 彼の属する陸軍特別師団が守る広大な軍事施設は、そこに代々住んでいた村々を焼き払って造ったものだ。ぐるりと頑丈な鉄条網が張り巡らされ、彼が受け持つ報心十人隊はその南側の入り口を守っている。

 オイは得意満面だった。北部の貧民層から出た彼は最近、総統から国民英雄賞を受けた。そして二等兵から軍曹に昇進し、部下を与えられた。


 前に務めていた地域に農民が反乱を起こした。横暴な兵隊達が起こしたレイプ事件が発端だった。食べ物を食い散らかして笑いながら歩く兵隊の後ろに、時には大人までが付いて回って、捨てられたものを争って食べた。慢性的な飢饉が続いているのに軍隊は容赦なく収穫を徴収した。税金をちゃんと納めているのに、臨時徴収と言って銃を持ってトラックで奪いに来るのだ。

 我慢出来なくなった農民が手に棒きれを持って向かってきた時、オイは機関銃で十数人を撃ち殺したのだ。


 総統様と握手してその功績を讃えられた時、彼はこの指導者に命を捧げる決心をした。ぶくぶくに太った醜怪な小男を、周りの者が『愛らしい総統様』などとうっとりとして呼ぶのが始めは信じられなかったが、今では彼のことが神の様な優しいお方として脳裏に刻まれている。


 その時、隊員が走ってきた。

「隊長!大変です!ここに棲んでいた農民が鎌や鍬を持って集まってきました!」

「今、ここには総統様のミサイルがあることを知っていての反乱か!」

 兵士は驚いて、

「あ・・・いえ・・・それは農民には知らされてませんが・・・ここの食料庫を狙って集まった様で・・・」

 ちっと舌打ちするとオイは命令した。

「入り口の前に横一列になって発砲準備だ!総統様に我々の忠誠心の見せ所だ!派手にやるぞ!皆殺しにしろ!ロケット弾も用意しろ!」


 部下の兵士は喜び勇んで敬礼した。

「でーっ!」


 ****


 ボクは怒りに震えていた。

 目を掛けていた情報局長のチエが西側に情報を流した!

 ボクは全ての閣僚と局長を呼び出した。この国の組織を動かしている連中全部だ!


 円卓に全員着席していたが、ボクが入っていくと起立してパンパンと拍手をして迎える。

 だが、ボクの表情を見ると拍手が止まった。こういう顔をしているボクは恐ろしい鬼となるということをよく知っているからだ。ボクの後ろには、ボクのために命を捧げてくれる青年将校が、ボクを守るために数人付いている。


 ボクが入ってきたドアの反対側のドアがばんと開いて、二人の兵士に腕を取られ引きずられてチエが入ってきた。手と足には鎖の枷が嵌っている。


 チエは円卓の切れ目から中に放り出され、丸い空間になった床を這ってボクの方に来た。情報局の制服の階級章はちぎり取られ、涙に濡れた丸い顔には痣が幾つもあった。


「総統様・・・」

 チエは震える哀れな声で懇願した。

「お許し下さい・・・私は罠に引っ掛かりました!息子が汚いアメリカに捕らえられ、殺すと脅かされたのです!」


 ボクが指を鳴らすと、スピーカーから電話で話す声が聞こえてきた。アメリカのNSA局員と名乗る男の朝鮮語での会話だ。

 チエは恐怖のために目を見開き釣り上げてがたがた震えだした。

 『秘話』電話を使ったはずがどうして録音までされているのか分からなかった。


 この国で暗号や秘話機能を使って通信するということは、ボクちゃんに全て聞かれるということなのだ。くふ!この秘密はボクと一人の男しか知らない。その男とは・・・後で紹介するがここに来ている。

 誰も使えなかった西側のスーパーコンピュータを一人で使いこなし、水爆の設計をする傍ら、この機械を人間が人間を支配するための悪魔の機械として稼働させた。

 昔、チャウシェスクにあげたIBMのコンピュータで動く総国民の思想監視プログラムをプログラミングしたのはこの男だ。膨大な国民の一人一人のリストを『ポインター』で短時間に呼び出すことが出来るという、ボクちゃんでも理解不能のことを言っていた。コンピュータに『指先ポインター』があるのか!?


 チエとNSAの男の会話から、都合の良いところだけ放送した。

『分かった・・・アクセスコードを教えるから、すぐ私と家族を脱出させろ!ワンミリオンドル、忘れるなよ!』


 ボクは怒りと威厳をうまく調和させてチエを見下して言った。

「・・・これはお前の秘書が、お前の行動を怪しいと考えて、決死の覚悟で秘話電話を録音してくれたのだ!・・・お前に知られれば自分が殺されると言うことも忘れて忠誠を示してくれた!後で彼女に私は心からお礼をしよう」


 ボクは彼らの会話からお楽しみを考えていた。


 これでチエの後釜に座れると、副長官のカンがにやにやしながらボクに聞いた。

「総統様!で、どうしますか?この反逆者を?」

「こいつの一族を全部捕らえて豚に食わせてやれ!『ハンニバル』の一場面の様にな・・・」

「ひええっ!・・・」


「そしてミサイルの発射を早めるんだ!あとどのくらいだ?ストレンジラブ博士!」


 ストレンジラブ(奇妙な愛情)と呼ばれたのは、実名がヨンという車椅子に座った若者だった。閣僚の視線が彼に集まった。

 サングラスを掛け、人民服に黒いブーツ、黒い手袋をしている。別に足が悪いわけではないのに、車椅子で移動している。いつも引きつった笑い顔をしている。これも演技だ。彼の好きな欧米のスターを始終、真似ているのだ。彼は『ストレンジラブ』と呼ばれないと返事をしない変人だ。


 ぎりぎりと軋む様な声をわざと出しながらヨンは口を歪めながら話した。周りの閣僚達は気味の悪そうな顔をして見ている。

 いつも誰かの真似をしながら総統に仕えているこの若者が、何を考えているか知るものは一人もいなかった。


「閣下・・・燃料は積み終わり、今最終確認をしております・・・ぐっぐっぐ」

 嫌悪を催す笑い声を出した。レイ・チャールズ(2004年に没した黒人のR&B歌手)のように身を捩らせて笑う。

 ボクちゃんは、朝鮮人のくせにアメリカ映画が大好きなこの天才を飼って、時々失敗したんじゃないかと思う。でも確かにこいつは天才だった。ボクちゃんの夢を次々に実現した。そして水爆を作ってくれた。


「ハイ・・・ル・・・!」

 彼のうんざりする演技が始まった。みんな辟易している。だが、ボクが許しているので何も言えない。

 ヨンは右手を硬直させて、指先を伸ばし上に上げようとした。

 そして彼の左手がまるで別の生きものの様に右手が上がるのを抑える。そして右手と左手を争わせた。その時の彼の顔は無邪気な子供の様だ。




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