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6 日本立つ!

「す・・・すぐ国連を!」


 粗相はいつもらしくなく頭脳が明晰になっていた。まだ4月というのに汗をどっぷりとかいていた。

「ミスター・ソソウ。すでに世界15カ国の首脳がオン・ラインになってます。15分後にテレビ会議を緊急衛星中継で行いますので、用意をお願いします」

 大統領は電話を切った。


 粗相は首相官邸の地下にある内閣府(旧内閣総理府)の非常時保安中央政府室の議長席に座っていた。

 大きな円卓には、それぞれの席ごとに17インチの液晶パネルが机の中から開く様になっており、座った者の手前をスライドすればキーボードやマイク、小型カメラがせり出してくる。


 部屋の周囲には50インチの液晶パネルが20個張り巡らされており、それぞれに同じ様な会議室の様子がリアルタイム衛星通信で映し出されていた。

 パネルの隅には『USA』、『UK』(イギリス)、『RF』(フランス)などという各国名が表示されその国の代表者か、その会議場の全体が映されている。


 粗相の横には富田嬢がぴたりと付き添っており、『JPN』と表示された真向かいのパネルにその二人の姿が映っている。

 円卓には閣僚が集まっているが、所々にまだ空席があった。


 粗相は机の上で結んだ両手の指の上に顎を乗せてカメラに語りかけた。

「日本は用意が出来ました」

 粗相や閣僚が片耳に付けたイヤホンに各国の代表の誰何が始まった。

 ここでの言葉は英語であり、日本と中国だけが自国語で話し、通訳が訳していた。


 米国大統領が先頭を切った。

「各国の皆さん、我々が入手した『北』のミサイルの情報は先にお知らせした通りです。ここにその証拠があります」

 閣僚の前のコンピュータ・ディスプレイにさーっとミサイルの図面や、弾頭の配置などが流れた。

 防衛庁の技官が持参した21インチの液晶パネルに、データを映し出し細部に食い入る様に見入っている。


「確かに弾頭が21個確認出来ました」

 彼は、度の強い眼鏡を人差し指で上に上げながらマイクに小声で報告した。


「フランスは国連から彼らに警告を与え、発射を思い止めさせることを提案します」

 フランス大統領が冷静に言った。

「それでは遅い!」

「彼らはもうすぐ秒読み段階に入る!」

 各国の代表達が口々に叫ぶ。


「ミサイルが上空を直接通る日本はどうします?」

 中国の第一書記の子均等が、抑揚のあるマンダリン(中国標準語、北京語)で話しかけた。

 粗相に皆の視線が集まり、各国の国家会議室はしんとした。


 粗相は前の首相の辞任により、消去法で首相になった男だ。

 普段の言動から批判を浴びている粗忽な首相として海外でも有名だ。もともと首相が替わっても何も対外的には変化しない日本の代表など各国にとっては誰でも良いのだ。どうせ憲法九条を持ち出して当たり障りのないことを言うだろう、と皆思っていた。


 粗相は暫く考えていたが、顔を上げると、沈鬱な顔でしゃべりだした。


「皆さん、日本は勿論、憲法九条で侵略行為のある時以外は、自ら他国を攻撃出来ません」

 防衛大臣が額に汗を流しながら頷いた。

 やっぱり、というような空気が流れる。

 粗相は続けた。


「しかし、これは国の脅威であります。引いては全世界への」

 おおっとどよめいた。いつもと違うという目で各国の代表者達は目を見合わせた。

 閣僚達は落ち着かなかった。

(一体・・・首相は何をいうつもりだ!下手をすれば我が政党は潰れる!)


「私は今、世界人として提案します」


 粗相は威厳を保った態度で周りを見回した。閣僚が何も言うなという目で粗相を睨んだ。

 だが粗相はひるまなかった。もともと目立つことが好きでスタンドプレーも多い。そのため失言も多いが。しかし粗相は一つの決心をしていた。ここで世界に向けて思う様にする。俺はそれが出来るのだ。粗相はすうと深呼吸をして言った。


「金前日を北朝鮮国民への搾取・虐待、および国際平和への恐喝・背信の犯罪者として捕らえることを!」


 一瞬、耳が痛くなる様な無音が広がった。そして次の瞬間、割れんばかりの喚きが湧き上がる。

「なんだって!証拠はあるのか!」

「確かにある!スイスやマカオの銀行には彼の個人的入金の記録が有るはずだ!それを調べ上げれば奴は終わりだ!」


 粗相は声を大にしてまた言った。訳が始まるとまたしんとした。


「彼が国家の財産を私物化していることは国家の統制法を見れば明らかです。彼が作った法律が法律でないことを証明すれば良いのです」

 これは『北』問題を調査した時に、法律学者の一人が言ったことだ。この国家簒奪の当事者は自らの法で滅ぶということだ。


 粗相が言う。

「今、国連総長がいらっしゃります。ここで判断しましょう。後からではもう遅いのです」


 会議を主導しようとしていたアメリカ大統領は、意外な流れに慌てていた。

 日和見でアメリカの核の傘下にいるひ弱な日本人に、世界の運命を決める様な動議を出されるとは心外だ!

「で・・・では、ここで方針を決定しましょう・・・国連の・・・」


「アメリカには今まで調べた全ての『北』の軍事基地・施設の情報を出して頂きましょう」

 粗相の横やりにハバナは絶句した。

「えっ!・・・いや、そうですな・・・」


 粗相が激しく言った。

「もう時間がないのです。我が国はイージス艦を派遣し日本海沿岸の軍事基地を無力化します。各国はそれぞれ出来る限りの戦闘機、爆撃機を配備し、韓国・中国は北からの難民を一時受け入れ、権力者が逃げない様に監視して頂きたい」


「中国は『北』とは友好関係を結んでいる!そんなことは出来ない!」

 子均等が叫ぶ。

 粗相がたたみかける様に言った。


「第一書記殿。考えて下さい。もしミサイルが打ち上げられれば世界各国は大混乱します。ミサイルの軌道上、確かにあなたの国は被害が小さいかも知れない。しかし、我々の国民が泣き叫んでいる時にあなた方は知らんぷりをするのですか?水爆の恐ろしさをご存じでしょう?」


 戦後、日本国が国際社会でここまで主導権を取ったことがあろうか?


「兵は拙速を良しとするといいます」

 子均等は苦虫を潰した様な顔をした。『孫子の兵法』だ。確かに彼がここまで上り詰めたのは、政権の状況を見極め、速いスピードで動いてきたからだ。それは現実社会で真理なのだ。水爆という立派な理由で国民も納得するだろう。


「出来ることをやろう」

「それが世界平和を保つことになるなら」


 主要は国々の代表は口々に自分に言い聞かせる様に言い出した。


 粗相は内心、得意だった。高揚していた。今、俺は国際社会、いや全人類の歴史に名を残そうとしているのだ!次の名言で!


「皆さん!これは世界いや人類史上始めての『義』の戦争となります!」


 隣の通訳の富田は一瞬悩んだ。『義』!なんと訳せば良いのだ!


「レディース・アンド・ジェントルマン!ディス・イズ・ザ・ファースト・ワールズ、オア、メンズ・ウオー・ジャスト・フォー・コンシャンス(良心)!」

(きゃーっ!我ながら名訳だわ!ジャスティス(正義)じゃ月並みだものね!)


 粗相は興奮のあまり腹がぶるぶる震えるのを抑えられなかった。鬼瓦の様な顔は上気し真っ赤になっていた。



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