5 スカイネット
東京の首相官邸に深夜、アメリカからホットラインが掛かってきた。
首相の粗相は慌ててベッドの上で、知らせを持ってきた宿直の外務省職員に怒鳴った。
「通訳の富田さんを呼べ!叩き起こして連れてこい!英語で直接電話なんて俺に取っちゃ未曾有(?)の危機だ!なんちゃって」
10分後、粗相は真っ赤なバスローブの腰に長い帯をぐるぐる巻きにして、執務室のゴシック調の椅子にふんぞり返っていた。側には欠伸をする同時通訳の富田嬢と、ジョギングする時のジャージを着ている防衛庁長官の不渡がいた。
「ハバマ大統領、お待たせしました」
粗相が出来るだけ威厳を持った低い声でスピーカーホンに呼びかける。富田がその途中から早口で英語に訳し出す。
大統領が詫びた。
「ミスター・ソソウ。まだそちらは夜ですね。とんでもない時間に申し訳ない」
「いやいや、貴方と私の仲ではないですか。エニタイム・ウエルカムですよ」
「・・・イッツ・ノー・プロブレモ。ビツーイン・ユー・アンド・ミー。イツデモ・コイコイ」
「・・・これは緊急の用事です」
粗相は内心、やれやれと思いながら、
「はい、なんでしょう」
「実は、我が国のNSAが掴んだ情報ですが・・・今、『北』が打ち上げようとしているミサイル」
「彼らは『通信衛星』と言っている奴ですね。やはりミサイル演習でしたか!」
「どうもそれ以上のものらしいのです」
「・・・?」
一瞬、通訳の声の後に沈黙が流れた。空気が重々しくなった。粗相がゆっくりと切り出す。
「・・・一体何なのです?」
「水爆です」
不渡が叫んだ。
「な、何だって!いつ奴らはそんな物を!」
「どこにでも天才はいるのです。あの『王子』はそれを見つけ出し、金に糸目を付けずに研究させたらしい。偽の米ドルで設けた金でね」
「一体どこに落とすつもりだ・・・?」
ハバナが言う。
「それも一つじゃないと言います。十数個の弾頭が載っているらしいのです。一つ一つが自由圏の国々の首都に標準がプログラムされています」
粗相は椅子から身を乗り出した。富田が緊張して訳す。
「宣戦布告ですか!?」
「ウイ・ガッタ・シチュエーション・ヒア?」
大統領の声は震えていた。
「どうも核の威嚇のために打ち上げるそうです。しかし・・・」
三人の日本人は声を揃えた。
「しかし?」
「本当に恐ろしいのは、それが彼らがスイッチを抑えることなく予期なく発射されることです」
粗相は如何にもアメリカを知っているぞとばかりにこう言った。
「どういう意味です?あ・・・そうか!全自動化だ!『スカイネット』みたいな!」
意外な答えが地球の裏側から返ってきた。
「・・・違います。彼らの意志とか機械の意志とは全く別の、ランダムな発射の可能性があるのです」
「ランダム!?」
「彼らには、我々の国の産業が標榜する様なカスタマー・サティスファクション(顧客の満足)の概念はありません。国中の産業が、いい加減な製造を行っているのです。一つ、目標があるとすれば、あの総統を喜ばせて恩賞を貰うことぐらいです」
「つ・・・つまり、品質不良と・・・?」
「NSAが彼らの情報局からミサイルのデータを吸い出しました。長い間、アメリカの最高のコンピューターでアクセスコードを割り出そうとしていて駄目だったのですが、分かってみると、『ジュゲムジュゲム・・・』みたいな一万ビットのアスキー・コードでした。一度アクセスコードが分かれば、セキュリティなど何も掛かっていない旧世代のネットワークだったのです」
ジュゲムジュゲム・・・は富田の咄嗟の名訳だった。二人の英語が話せない日本人は瞬時に理解した。だが普段使う人間はどうやって打ち込んだのだ・・・?謎の多い国だ。
「そのデータから分かったのですか?」
「ええ、専門家が見てびっくりです。あんないつ誤動作するか分からないシステムは、作ろうと思っても作れるもんじゃないと言ってました」
不渡が恐る恐る聞いた。
「つまり、核弾頭の標準も・・・?」
皆の表情がその言葉に固まった。
「・・・ミスター・ディフェンス(不渡のこと)。貴方は鋭い。そうです。つまり、狙っていない所に着弾するということです!」
日本人は合唱した。
「オー・マイ・ガッド!」