プロローグ
「お、柊芽おは。いきなりで悪いんだけど、くーちゃんしってるか?」
教室に入って途端に話しかけてきたのは、白坂|詩呂元気系の男子だ。俺が教室に入った時にはもう目の前にいたから、待ち伏せでもしていたのだろう。別にそこまでしてアイドルの話をしなくても。
「顔と名前くらいなら」
「は?まじかよ。あのくーちゃんだぞ!?今じゃテレビじゃ見ない日なんてないし、いろんなジャンルで引っ張りだこだぞ?」
「いや、だから顔と名前は知ってるって言ってるだろ」
別にテレビは普通に見るのだが、大体スポーツ系しか見ないからドラマとかニュースはあんまり見ないだけ。
でも、顔と名前を知っているのは、例えば野球だと始球式だったり、バスケとかサッカーだとゲストとして呼ばれているからだ。
「ま、とにかく一応知ってるんだな?」
「だからそう言ってるだろ」と言って軽くコツンと頭を叩く。
「その、お願いあるんだけど」
「ん?なんだよ」
「なになに、しゅーっちと、しろっち何話してんの?」
いきなり飛びついて話に食い込んできたのは、九絽瀬黒香。こいつも元気系女子だ。
ちなみに、しゅーっちてのは、俺柊柊芽で、しろっちは詩呂のことだ。
「いや、ほらくーちゃんっていう、アイドルの話」
「……あー、今すっごい人気だよね。でもしゅーっちあんまりそういうの興味なくない?」
「俺じゃなくてこいつな」
「あ、なるほどね。確かにしろっちが好きそうな顔してるもんね!」
「どんな顔だよ」
と、詩呂が返すと黒香が、んー、と顎の下に指を突き立て考える。
「しろっちが好きそうな顔!」
『「まんまじゃねえか!」』
「おー、相変わらず仲良いねー」
「まぁ小学からの付き合いだしな。それより、何言おうとしてたんだ?」
「あ、そうそれそれ!」
黒香が入ってきたことにより少しだけ遠回りする形になってしまったが、ようやく本題が聞けそうだ。
「実はさ俺まきまきの、握手&サイン券当たったんだよ」
「おー!よくわからんけど、それ結構すごいんじゃないのか?」
「そうなんだよ!そうなんだけどさ……」
「だけど?」
途端に詩呂がものすごく悔しそうな表情になる。
「実はその日サッカー部の大会入ってんだよ」
「まじ?」
「まじまじ」
「だからさ、その」
悔しい表情になったかと思えばすぐに、何か期待するような表情に変わる。なんて忙しいやつだ。
「俺の代わりに行ってきてくれ!」
「はぁ?なんでだよ。別に握手とサインくらい……」
そこで、詩呂が俺に何を期待しているのか気づく。
「お前もしかして、俺にサインもらってこいってことか?」
「その通り!」
ビシッと指を刺される。その通り!って言われてもなぁ。
「嫌だよ、絶対人多いじゃん」
「そこをなんとか」
「えー」
俺が嫌がっていると、詩呂が体を乗り出して頭を下げる。
「頼む!もし行ってくれたら、チョコパフェ奢るから!」
チョコ……パフェだと?それは俺が一番大好きな食べ物だ。ファミレスに行くと必ず食べるし、男1人で行くのが
キツイ店とかだと妹に土下座をしてでも付いてきてもらっている。いつも、兄さん、そこまでする?と貶されているような目線を送られる。妹よ、誰がそんな口悪い子に育てたんだ。
「し、仕方ないな」
「まじか!サンキュー柊芽!」
「しゅーっちめっちゃ現金なやつじゃん!」
机を叩きながら大笑いをする黒香。それに、俺の手を痛いくらいに強く握りしめている師呂。
まぁ、その会場とかも、こいつらに比べたらだいぶ静かだろう。
だが、そこで黒香が何かボソボソと呟いている。
「どう……しゅー……ちゃう」
「ん?どうした黒香」
「え、い、いや!なんでもない!」
手をブンブン振って否定している。これ、絶対になんかあるだろ。……まぁいいか。
それよりも、詩呂。早く手を離せ。周りから変な視線受けてるのに気づけ。
「で、いつ?」
「あぁ、えっと確か今週の日曜!」
「明後日じゃねえか!」
「どうせ柊芽暇だろうと思ってさ」
「まぁ、そうだけどさ」
俺もいざとなったら忙しくなるんだぞ。ただ部活に俺と黒香と、もう二人他のクラスの女子だけだから、あんまり活動してないだけだ。ちなみにバスケ部。
男子一人だから、ハーレム部とか言われてるけどな。
「じゃ、頼んだぞ柊芽!」
「おう。チョコパフェ忘れんなよ」
「まかせとけって」
ちょうどいい時間だっから、その話が終わるとちょっと雑談して、自分の席に二人とも帰っていった。
ただ、最後まで何か考えているような顔をしていた、黒香が少し気になった。