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世界 x(クロス)  作者: 快速
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第八章 トニーの希望


 ホワイトは壁際に吹っ飛ばされたデスクの、一番上の引き出しを開け、書類を取り出した。記憶解析班に依頼するための書類らしい。

 ホワイトは立ったまま書類を書き始めた。あまりに書きづらそうなので、フロードは周りを見渡し、壊れてない椅子を見つけ、ホワイトの所に転がしてきた。


「どうも、すみません」ホワイトは書きながら、それに座った。


「そう言えば、例の奴の呼び名が決まりましたよ」ホワイトは書類から目を離さない。

「例の奴?」

「24人を石にした犯人の呼び名を決めたんです。呼び名が無いと不便ですし」


 警察が犯人に対して、唯一出来る事が、呼び名を決める事か……。そう思いフロードは皮肉を込めて言った。「重要な事だな」


「『シャイニング』と呼ぶ事になりました。私は『フラッシュ』を押したんですけどね。『フラッシュ』だと一瞬なイメージがあるからダメだそうです」


 ホワイトはそれを言い切ると、フロードに目を向けた。書類を書き終えたようだ。


「まあ、犯人は全身が輝き続けてるみたいだからな。『シャイニング』のほうが意味はあってると思う」フロードは興味無さげに、そっぽを向いている。

 ホワイトは、あまりにも興味がなさそうなフロードに『ならこれはどうだ』と言う顔を向け、言った。


「『シャイニング』の弱点というか、有効な対策が発見されました」


 フロードもこれには興味があるようで、ホワイトに向き直した。「弱点?」

 ホワイトはニコリと笑った。


「記憶解析と現場検証を深めた結果『シャイニング』は、魔法に耐性が無い事が判明しました」

「え? そんな事なのか?」

「そうです。つまり、魔法で簡単に退治できるという事です。勿論、源の地球人を殺さないと、何度も復活しますが、そう連続で心を具現化は出来ないはずですから、警察でも十分対処できます」


 フロードは机に拳を叩きつけた。ホワイトは肩がビクッとした。


「だから、戦闘力の無い市民を襲ったのか。糞が!」フロードの叫びに、ホワイトは息を飲み、咳を一つして、話し始めた。

「多分明日には、『シャイニング』を具現化している地球人の居場所が発表されるはずです。トニーの記憶解析もありますし、何かしら進展があるはずです。フロード、明日のためにマナを取って休んで下さい」ホワイトの口調は、フロードを落ち着けるためか、いつもよりゆっくりだった。


 フロードは熱くなってしまった事を反省したようで、「ふぅー」と体の熱気を出すように息をはきだし、服をパタパタさせた。


「すまん、熱くなっちまった」

「いえ、フロードは昨日、今日と色々ありましたからね。普通の精神状態でいられる方がおかしいんです。……少しは人間らしいところあるんですね?」ホワイトはフロードを試すような笑顔を見せた。

「お前は俺をなんだと思ってんだ?」フロードはその笑顔を軽く受け流し、「家に帰って休むよ」と手を挙げ、去っていった。


 そういえば、トニーは何をしているのだろう、と思い、フロードは食堂の方へ足を進めた。廊下を歩いていると、破壊された壁から、街並みが見える。もう夕暮れ時だ。瓦礫もほとんど整理されて、歩きやすい。警官たちも、もう片付けるものが無くなり、箒と塵取りを持ってはいるが、手持ち無沙汰で、ふらふら歩いている。

 

「あ、兄貴。どうしたの?」


 フロードが壁の大穴から街並みを見ていると、横からトニーが話しかけてきた。


「あ、いや。お前が何しているのかと思ってな」

「俺は今から買い出しだよ」トニーは恥ずかしそうに笑いながら言葉を続けた。「食堂で料理を作ったら、結構評判良くてさ。もしかしたら、今日の夜も、明日も作る羽目になりそうだから、材料を買いに行こうかと……」

「おお、評判が良かったのか。買い出しなら手伝うぞ」暇だし……と心の中で付け加えた。


 フロードはトニーが嬉しそうだったのが、嬉しかった。久々に弟が笑うところを見たような気がした。フロードはトニーの横につき、歩調を合わせた。


「ちゃんと、金持ってるか? レシートを取っておかないと、経費がおりないぞ」フロードは冗談半分に指摘した。

「はは、わかってるよ、ちゃんと取っておくよ」


 二人は歩きながら、他愛の無い話を繰り返した。フロードはその中で、トニーの笑顔が純粋ではなく、暗い影を抱えていることに気づいた。


「トニー、ドラゴンの事は気にするな、とは言えないが……お陰でチャンスも運んで来てくれたのも確かだ。もしかしたら、セカイトメントを救うきっかけになるかもしれない。そうなりゃ、今回の事なんて帳消しになる」


 トニーは悲しい笑顔を見せながら答えた。


「帳消しにはならない……。けど、本当にセカイトメントを救える情報が手に入ったらいいね……そうじゃなかったら……きついな……」


 フロードはうつむくトニーに何も言えなかった。話題を変えて、気分を切り替えるしかなかった。フロードは、トニーの前にぴょんと出て、両腕を広げ、言った。


「まあ、結果はいずれ分かる事だ。今は何を買うかが問題だ。そうだろ?」

「そうだね。まずは軽いものから買いに行こうか」二人は早歩きになった。


 二人は買い物をする前に、何を作るかべきかを話し合った。地球の料理を作るのがいいという判断は一緒で、フロードは寿司を勧めた。しかし、トニーは生魚を扱う知識を持っていないと言い、却下となった。


 簡単に大勢のものを作れて、しかも美味しく、管理が難しく無いもの。


 カレーライス、牛丼、肉じゃが、シチュー、これらなら作り置きができるし、似たような材料なので、買い出しの手間もかからないし、廃棄も少なくできる。他にも色々あるが、シェフが本業ではない二人の知識ではこれが限界だった。

 最後に米屋に行き、そこで台車を借りて、二人で押し、全ての荷物を警察署に運んだ。

 その光景を見ていた署員たちは、「食堂に材料が運ばれるなんて珍しい!」と驚いた。昼頃にトニーの料理を食べていた署員は、夜もトニーが作ってくれるのかと喜び、「また行くよ」と声をかけて来た。トニーはそれに笑顔で答えた。それを見たフロードも嬉しくなった。


 基本的に夜の食堂は客が少ない(元から大していないが)。署員の半数は、5時で仕事が終わりだからだ。今は6時だ。署員の半数はもう家に帰っている。


 ホワイトはそんな中、いつも夜まで働いていた。責任のある仕事とはいえ、いつも朝から晩まで働くのは身にこたえる。夕飯は食堂へ行き、飲み物だけ頼んで、自分で作った弁当を食べるというのが日課だった(昼もである)。

 今日もその日課をこなそうと食堂まで足を運んだ。すると、食堂からざわざわと大勢の話し声が聞こえる。

 

(こんな時間まで人が残っているなんて、みんな警察署の片付けを、遅くまで手伝ってくれたのですね)ホワイトはそう思い、扉を開けた。


 扉を開けると、カレーの良い香りが漂って来た。厨房にはトニーが立っている。フロードまでそれを手伝っていた。食堂の席は満員状態で、皆カレーを夢中で食べていた。

 ホワイトは直感した。皆、片付けを遅くまでやっていたわけではなく、この料理を食べたくて、残っていたのだと。


 ホワイトは、唯一空いていたカウンターの席に座り、厨房の二人に話しかけた。


「あの、何してるんですか? フロードまで……」

「あ、すいませんホワイトさん。なんか昼に料理作ったら、それが好評すぎて、夜も作るのを期待されて……」トニーは鍋のカレーを混ぜながら答えた。

「俺も流れで手伝う羽目に……」フロードがライスをよそっている。


 フロードがよそったライスに、トニーがカレーをかけ、それをホワイトの前に出した。


「あの、注文してませんが……」

「俺の奢りです(本当は経費)。食ってみてください」トニーがそういうと、ホワイトはカレーを見て、これはなんだと首を傾げ、スプーンを手に取った。

「本当は地球で売ってる市販のルーを使いたかったんですが、今回はそれが無いんで、スパイスと小麦粉から作りました」

「そうなんですか……」ホワイトはそう言いながらも、理解できていない。地球に行ったことがないのだから、当然だろう。


 ホワイトは恐る恐る、カレーの部分だけをすくい上げ、口に入れた。しばらく味わい、これはライスと一緒に食べるべきだと気付き、ライスとカレーが一緒になってる部分を食べた。

 もぐもぐと味わうホワイト、その顔がニンマリと笑顔になっていった。


「これは……美味しいですね」ホワイトは、ニンマリ顔が恥ずかしいのか、口に手をあてている。

「よかった……」トニーは安堵した。


 ホワイトは我慢しきれず、カレーを次々と口に入れた。「飲むように食べられます」


「カレーは飲み物って言う奴もいるからね」

「大抵デブたけどな」フロードが言うと、ホワイトは咳き込んだ。


 ホワイトがカレーを食べている後ろで、署員たちが「ご馳走さま」「また作ってくれよ」などと言いながら、立ち去って行く。トニーはそれに挨拶を返しながら、食器を洗っている。客の入りが少し落ち着いたようだ。


 カレーを食べ終えたホワイトは、水を飲み、ふぅと息をついた後、トニーを睨みつけた。


「なるほど……ふむ」ホワイトはテーブルに肘をつき、手の甲で顎を支え、なにかを考えているようだった。


「食堂のシェフ、たまにやりませんか? トニー」

「え? 俺ですか?」

「はい。たまにでいいんで、お願いしたいです。私も毎日弁当を作るのは面倒ですし、食堂がまともに機能するなら、署員のみんなも喜ぶと思います」

「でも、俺以上に料理の上手い人なんてたくさんいると思うけど……」

「地球の料理を作れるのはあなただけですし、腕のいい料理人はほとんど自分の店につきっきりで、警察署に来てくれません」

「でも……警察官やりながら?」」

「軍隊だって、食事当番あるじゃないですか。そんな感じですよ」


 フロードはトニーの肩を叩き「いい話だと思うぞ、そのうち食堂専門になっちまえば、現場にでなくて済むしな」と笑顔で言った。

 ホワイトは、食堂専門になったら警察官じゃないのでは? と思った。しかし、口には出さない。


 トニーはしばらく考え込み、「じゃあ、調理師の免許が取れたら、やってみようかな……」と言った。


 ホワイトは笑顔になり、フロードも「よし!」と心の中で叫んだ。これで、ひとまず、トニーがセカイトメントで暮らす理由を作れた。地球で暮らしたいと言う確率が減ったと思った。しかし、


「となると、地球で料理の勉強もしなくちゃダメだよな……」とトニーが言った。


 フロードとホワイトは一瞬ドキッとした。


「それはもちろん……こちらで料理を出す為ですよね?」ホワイトが表情を変えず、笑顔のまま聞いた。

「そりゃあ……そうです」トニーが言うと、フロードは心の中で胸をなでおろした。


 客がいなくなった後、残ったのは三人だけだった。静寂の中、フロードの腹の音がなった。ホワイトはクスリと笑い、「あれ、飯まだなんですか?」と言った。


「味見なら少し……。カレー残ってるか?」フロードが鍋を覗き込んだ。


「残念ながら空だよ。そうだ、牛とじ丼でも作るかい?」

「牛とじ丼? 聞いたことないな」

「親子丼の肉を牛肉にしたものだよ。簡単に作れる」


 ホワイトはそれを聞くと、立ち上がり、言った。


「ここにいると、必要以上に食欲が湧いてしまいそうなので帰ります。トニー、あなたの宿舎はまだ空いているので、そこを使ってください。」

「あ、はい」

「では……また明日」ホワイトは牛とじ丼に興味があるのか、少し名残押しそうに去っていった。


 ホワイトが自分のデスクに帰ると、なぜかメリがそこにいた。


「あ、やっと見つけた! ホワイトさーーん!」メリはホワイトを見つけるなり、大声をあげ、走り寄って来た。


「大変なんですよーー!」


 メリの大変は、大したことがない事が多い。本当に大変な時は、まともに喋れないのがメリだ。


「はいはい、どうしたんですか?」ホワイトはどっと疲れが押し寄せて来た。

「私、地球に身分証忘れて来ちゃったんですーー。もう破壊されてると思いますーー。どうしたらいいですかーー?」


 やっぱり大したことが無かった。


「再発行の手続きをしましょう。この書類を書いておいてください」ホワイトはデスクから書類を取り出し、メリに突き出した。


 メリは「はーい」と返事をし、何事も無かったかのように帰って行った(宿舎に)。

 


 フロードはトニーの作った夕飯に舌鼓をうち、その後自分の家に帰った。帰る途中、教会に寄り、見張りの警官に身分証を見せ、中に入った。


 教会の中は静かだった。石になった人たちは、教会の一部と化しており、気配がない。天井に付けられた円形の大型の照明(エネルギーは魔力)が優しくオレンジ色の光を下ろしていた。窓の外から、虫の鳴き声が聞こえる。

 フロードは、教会に響く自分の足音を聞きながら、石になった妻と娘のそばまで歩き、そこにしゃがみこんだ。妻の顔を見つめる。そうしていると、妻と娘のあらゆる表情が思い出された。


 家族と一緒に夕飯を食べているときの妻の笑顔。ランプに照らされ、くしゃっとなった顔の影が深くなる。隣で娘が、大人用のスプーンに合わせ、口を目一杯広げ、スープを流し込んでいた。

 公園のアスレチックに登って降りられなくなって泣く娘。それを見て、大爆笑する妻。フロードが助け出した後、娘は数時間、妻と口をきかなかった。


 なんでもない事だ。しかし、幸せだった。今それが身にしみて理解できた。フロードはその幸せを取り返そうとするかのように、石になった妻に手を伸ばした。

 しかし、触れはしなかった。もし、触れて崩れてしまったら、もう二度と戻らないことくらいわかっているからだ。絶対に助ける。再度、そう誓い、教会を後にした。


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