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世界 x(クロス)  作者: 快速
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第七章 トニーの食堂



 トニーは食堂へ向かう廊下の瓦礫を片付けていた。そこにいる署員たちも、みんな壁の破片を持ち上げ、大きく破壊された壁から、外へ運ぶ。そこにある荷車に破片を積む。それを延々と繰り返す。トニーに気づく人は、ここには居ないようだ。よく見ると、警察署の人間ではない市民もいる。


 ある程度荷車がいっぱいになると、御者が馬を連れてきて、荷車に馬をつなげ、瓦礫を持って行った。そこに、さらに荷車が運ばれてくる。なかなか終わらなそうだ。

 そこに居た責任者的な人が「一時間休憩しよう!」と大声で言った。トニーもそれに従うことにした。周りの人達はその場に座り込んだり、影の中に入ったりした。ほとんどの人が、持参した飲み物を飲んでいる。


 トニーは飲み物を持っていない。しかし、喉は乾いた。食堂に行けば何かあるだろうと思い、食堂に向かった。暑すぎて脱いだパーカーが、廊下の比較的綺麗な場所に置いてある。それを見て、トニーは自分が悪趣味なTシャツを着ていた事を思い出し、パーカーを着た。フロードが悪魔崇拝と勘違いしたTシャツだ。


 幸運(不幸)な事に、食堂は無傷だった。アルバイトのシェフは家に帰しているため、まずい料理を作ってくれる人はいない。メリが一人寂しくカウンターに座り、パンをかじっていた。なんの味も無さそうなパンだ。現に、メリの顔は無に浸っていて、食が進んでいない。


「あ、トニー。お疲れ様」メリがモゴモゴと、パンを口に入れたまま言った。

「え? 何で食堂でそんなの食ってるの?」トニーは、食堂なのだから、色々材料があるだろうと思っていた。

「マナ補充しようと思ってさ。だからほら」メリは残りのパンが入っている袋を持ち上げ、『マナ配合』と言う文字をトニーに向けた。そして「コップの氷もマナ入りだよ」と付け加えた。


 いかにも不味そうに顔をしかめたメリを見かねて、トニーはメリからパンをを取り上げた。メリの手には、かじりかけのパンが残された。


「え? 何すんの?」

「まってて」そう言うと、トニーは厨房に入り、壁に掛けてあったエプロンをつけた。


 手慣れた様子で手を消毒し、時間箱(冷蔵庫のようなもの、中の物の時を止める)を開き、卵と牛乳を取り出す。


「甘いのは好き?」トニーが聞く。

「すごく好き」


 メリが答えると、トニーは卵と牛乳、砂糖を混ぜ、それにパンを浸した。フライパンを熱し、バターを溶かす。メリはバターの香りに酔いしれ顔がにやけた。

 浸し終えたパンから、順にフライパンで焼く。両面が適度に焦げたところで、皿に乗せ、メリの前に出した。焼きたてのフレンチトーストだ。


「フレンチトーストです。どうぞ」トニーはそう言うと、フォークとナイフをメリに手渡した。「残念だけど、メープルシロップはないみたいだ」トニーは厨房を見回している。


 メリは、子供のように「わぁ〜」と感動し、「フレンチトーストって、人間でも作れるんだ」とわけの分からない事を言い、食べ始めた。


「美味い。美味いわーー!」口に頬張ったまま、メリは声を上げた。


 メリは焼きたてのフレンチトーストを食べるのは初めてだった。特にトニーの作ったフレンチトーストは、よく牛乳に浸っており、トロトロの食感で、パン屋では食べられないものだ。甘党のメリには、どストライクである。

 トニーはそれを見ながら、次のフレンチトーストを焼き始めた。とりあえず、パンがある分を、作ってしまおうと思ったのだ。


 先程、トニーがいた作業場で、休憩している人達にもこの香りは届いた。普段は食堂からいい匂いなどしない。この異変に、休憩中の人々は、食堂に誘い込まれた。


 メリが、皿に重ねられたフレンチトーストを、黙々と食べている。そこに扉を開け、署員がゾロゾロとやって来た。


「あれ? メリ、珍しいな、お前がここにいるなんて」署員の一人が言うと、メリはモゴモゴとそれに答えた。何を言っているか分からない。

「なんかうまそうなもの食ってるな」

「え? トニー! 何でここに?」中にはトニーに気付く署員もいた。

「今日のシェフはトニーだよ」メリが言った。


 トニーは否定したが、署員たちは美味しそうなフレンチトーストを見て、食欲が湧いてきたようだ。


「じゃあ、俺にもそれくれよ」メリの隣に立った署員が言った。

「オムライスは作れますか?」

「ハンバーグ食いたい」集団の後ろから顔だけ出して言ってくるものもいた。

 

 署員たちが一斉に話しかけてきて、トニーは少し混乱し、「ちょっと待ってくれ」と言い、時間箱を覗く。しかし、ろくな材料がない。ここを管理していたシェフは、やる気がなかったのだろう。

 トニーは棚や、厨房の裏を覗きに行った。野菜は少しある。あとは乾麺、調味料でなんとかするしかなかった。


 トニーは、みんなの方を向き、


「材料が少ないから、リクエストには答えられないけど、スパゲティならみんなの分を作れそうだ」


 トニーがそう言うと、全員が

「いい、良い。全然良い!」

「腹減った」

「作ってクレェ!」

 と、盛況があったので、トニーはスパゲティ作りに取り掛かった。


 メリはスパゲティも食べたくなったようで、フレンチトーストを切り分け、近くの人に分け始めた。


 その日、食堂は創設以来、初めて「美味しい」と言う声で溢れた。

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