第六章 敵がいるのか?
「大丈夫か、兄貴?」
「鏡が割れた時は、どうなることかと思った」
頭の中で声が響く。
フロードは二人の声を認識するのに、少し時間がかかった。これはメリとトニーの声だと気づき、起きあがる。すると、打ち付けた背中が痛み、バランスを崩した。倒れそうになったところを、メリがフロードの腕と背中に手を当て、支えてくれた。掴まれた腕から、メリの手の震えが伝わってきた。
周りを見ると、そこは見るも無残に破壊された警察署のエントランスホールだった。周りの警察官達は、箒とちりとりを持って掃除をしていたり、手押し車で瓦礫を片付けている最中だったようだ。フロード達を唖然とした顔で見つめている。
メリは周囲を見回し、「あれ? 警察署ってこんなんだったっけ」と呟いた。
「まさかさっきのヘリの攻撃が届いたわけじゃないよな」フロードも自分の目を疑った。
警察署の奥からホワイトが走って来た。額に擦り傷があり、マントがボロボロになって、ちぎれた裾が床にスレている。元が白地なだけに、汚れが目立っていた。
「二人……三人とも! トニーまで! 一体どうしたんですか?」
「いや、わけわかんなくて!」メリは恐怖を引きずったままで、声がうわずっている。
「メリ、俺が話す。お前は食堂でマナを補充しておけ」フロードがメリとホワイトの間に入った。
「えぇ? あの食堂で⁉︎」キンキン声が響く。
「何処の飯でもいい。まずは落ち着け。深呼吸しろ。俺はホワイトに話がある」フロードは、メリが深呼吸を始めるのを確認し、続けた。「後でジンマに連絡をしてくれ。あの洋館はもう使えない。ティムの所に行くようにと」
メリは「わかった」と言い、その場で深呼吸を続けた。
「トニー、来てくれ。ホワイト、誰もいない部屋は無いか?」フロードは警察署の奥へと歩みを進めた。ホワイトもそれについて行く。
「会議室は被害も少ないですし、今は誰も使ってません」
「そこで話がしたい」
「では行きましょう」
会議室へ向かう道は、大理石の床が踏み砕かれ、柱が何本も倒されていた。壁は無くなり、部屋と廊下の境界が無くなっている。座り込んだ負傷者の足と、瓦礫を乗り越えて歩かなくてはならず、普段の倍は時間がかかった。
たまにすれ違う人達は、足を痛め、仲間に肩を貸してもらっていたり、救急箱を持って走っていたりした。
「なんでこんな事になったんだ」フロードは瓦礫を端に蹴飛ばしながら行った。
「あのドラゴンがここに来たんです。幸い、死人はででいません」ホワイトは自分の手の甲にできた擦り傷を見つめながら「けが人は居ますけど」と付け加えた。
トニーは、この惨状が自分のせいだとわかり、うつむき、歩みが遅くなった。前を行く二人との距離が少しずつ開いていく。壁際に座っていた人が、骨折していた事を思い出し、罪悪感に包まれた。
「地球人がここに来たときの対策はしていたんですけどね。攻撃力のある兵士を常在させたり、軍の武器を借りたり。でも、全く効果はなかったようです」
「そのようだな。軍がこちらに人員を送りたがらない理由も分かる……」無駄死にするからだ。
会議室へ向かう廊下は、途中から大理石の輝きを取り戻し、壁も柱も、その存在をアピールしていた。というのも、ドラゴンが通った道が、会議室からそれていたからだ。
フロードが破壊の痕跡を目で追うと、中庭に視線が進んだ。会議室前の廊下の窓から、中庭を挟んで、署長室が見える。そこはオープンテラス状態だった。ホワイトは、そのオープンテラスを見てため息をついた。
「机の下には当分入れなさそうですね」どうやら、ドラゴンに潰されかけたのがトラウマになったようだ。
「なんの話だ?」フロードが言った。
「いえいえ、なんでもありません」ホワイトは、トラウマを振り払おうとしているかのように、大げさに首を振った。
会議室につき、フロードがドアノブを掴み後ろを見ると、トニーが随分遠くにいることに気付いた。ホワイトは、なんとなしにそれを見ているが、フロードはトニーに視線を合わせた。トニーもフロードを見た。
「トニー、大丈夫だ。任せろ」
ホワイトは二人を交互に見つめ、キョトンとしている。
トニーは急いで二人に追いついた。
会議室に入ると、フロードは誰もいないことを確認し、会議室の鍵を締めた。
「大事ですね」ホワイトが言った。
フロードは椅子を三人分集め、向かい合わせた。そしてその一つに座り、二人に椅子に座るように促した。ホワイトはマントを軽くはたき、整えた。トニーはホワイトが座ったことを確認し、座った。
フロードは体を傾け、顔をなるべく二人に近づけ、小声で話し始めた。
「ホワイト、これは内密にしてほしい話なんだ。いいか?」
ホワイトも顔を近づけ、小声で返事をした。
「内容にもよりますが、善処します」
それを聞いたフロードは、トニーを見た。話していいか、確認をしているようだ。トニーは無言でうなづいた。フロードもうなづき返し、ホワイトに体を向け、一呼吸置いてから話し始めた。
「実はさっきのドラゴンを具現化していたのは……トニーなんだ」
「はい?」ホワイトは時間停止した。
「え? ちゃんと心の波長確認しました? 地球人じゃなくても心がこちらに来るものなんですか?」ホワイトは、溢れ出る疑問を塞きとめる事が出来ず、口に出した。
「波長は確認した。マナが消費されて、地球人に近かったというのもあるかもしれないが、理由はまだわからない」
「トニー、夢はどんなものを見ていましたか? 自分がドラゴンになっていたという自覚はありますか?」ホワイトは、興奮気味に目を見開いて、トニーを見ている。怒りではなく、好奇心に近い表情だ。
「い、いやぁ。夢の内容は覚えてないんです」トニーは、すまなそうにうつむき、ホワイトから目線を外した。
「つまりだ。トニーの記憶の中を解析すれば、地球人が俺たちを襲う理由がわかるかもしれないって事だ」
「確かにそうかもしれません」
地球人がセカイトメントに来る時、彼らは夢の中だ。夢の内容が、セカイトメントで暴れる理由に直結してる可能性は充分にある。
実は昔から、ホワイトはそう考えていた。しかし、確かめる方法が無かった。今その方法が目の前にあるとわかり、ホワイトは興奮を抑えられなかった。
「仮説としては、私たちが化け物に見えているとか、ゲームだと思っているとか、そんなことを言われていましたが、これで真実がわかるかもしれません」ホワイトは言いながら、キラキラした目の輝きを二人に浴びせた。「ちなみに私の仮説は、『私たちが化け物に見えている』です」と付け加えた。
ホワイトは自分の仮説を早口で語っている。トニーが警察署を破壊したという事を忘れているようだ。
「では、記憶解析班に連絡をします」と言い、立ち上がると、
「話はまだ終わりじゃ無いぞ、ホワイト」
「何でしょう? あ、トニー。任務を遂行できなかった事は気にしなくて良いですよ。まともに出来るフロードがおかしいんです」
「いや、違う。その話じゃ無い。その話も重要ではあるんだが……」フロードは『俺はおかしくない』と付け加えたかった。
ホワイトは不思議そうな顔をフロードに向けた。
「トニーをここに連れてきた事と、関係あるかどうかはわからないが、拠点が攻撃された」
「え? あの洋館をですか⁈ 攻撃って、地球人にですか?」
「ああ……いや、わからない。地球人だという証拠はないが、地球の兵器で攻撃された、攻撃ヘリってやつだ」
一瞬フロードは、地球人に襲われたと言いそうになったが、そんな証拠は無い。セカイトメントの人間には、魔法で機械を操れる者もいる。フロードだって出来る。上級者なら遠隔操作も可能だ。確実に地球人と言える証拠は無い。
それを聞いたホワイトは座り直し、フロードに向き直した。
「じゃあさっきエントランスに現れたのは……」
「攻撃から逃げる為だ。もう、あの洋館は使えない。多分跡形もないだろう」
ホワイトは腕を組み、考え始めた。その考えは、フロードにも予想がついた。
「トニーをセカイトメントに連れ帰って欲しくない奴がいるとか?」ホワイトが言った。
「その可能性はある」
「でも、あのヘリが暴走を始めたのは、兄貴が俺のところに来る前ですよ」トニーが顔を上げ遠慮がちに言った。
「何時頃ですか?」
「地球時間で、12時くらいだと……」
ホワイトは視線を上に向け、計算した。
「セカイトメントだと、6時頃ですね」
セカイトメントと地球の時差は6時間である。
「ドラゴンが具現化したのが、それより少し前です。あまり関係なさそうですね」
地球人の心が具現化しても、全てが襲いかかって来るわけではないし、すぐに襲って来るわけではない。それゆえに今回の警察官は、その存在に警戒しておく事しか出来なかった。警戒していても、どうしようもないのが現実だが。
「いや、もしかしたらだが……」フロードが重い声を出した。
二人はフロードに注目した。
「狙われていたのは、心を具現化していたトニーじゃないのか?」
二人は息を飲んだ。
「そうかもしれませんね。殺してしまえば、記憶を解析される心配もありませんし」
ホワイトは、トニーの夢の記憶が気になって仕方がない、という顔でトニーを見ている。
「でもそれだと、敵は誰の心が具現化してるか分かるって事になるんじゃ……」トニーが言った。
「いや、わからないから洋館を狙った可能性もある」
「つまり、洋館を拠点にしてる事を知ってる人物って事になりますね」
「どうだろう? 魔力探知が出来れば、どこが拠点かは分かる。地球人に魔力探知が出来ればだが」
「と言うことは、敵はセカイトメント人ですか?」
ここまで来て、三人は押し黙ってしまった。推測で会話をしても無意味だと気付いたのだ。
ホワイトは勢いよく立ち上がり、手をパンと叩いた。
「推測で敵を作るのはやめましょう! ただの偶然かもしれませんし!」
「流石に偶然は無いと思うが……」フロードが呟く。
「まずはトニーの記憶解析をします。それを見てから考えましょう」ホワイトが仕切った。
二人とも賛成だ。ここで何を語っても推測にしかならない。可能性を探るとして、今までの推測は無駄ではないが、これ以上は無駄だと判断した。
「では、トニー。準備が出来たら呼びますので、ここで待ってて下さい」ホワイトはそうい言うと、出口へ向かって歩き出した。フロードはそれを追いかけ、ある程度、トニーから距離を取ったところで、ホワイトを小声で呼び止めた。
「すまない、ホワイト。頼みがあるんだが……」ホワイトにしか聞こえない声だ。
「はい。何でしょう?」
「トニーを罪に問わないで欲しいんだ……」
それを聞いたホワイトは、不思議そうな顔でフロードを見た。ふと「ああ、そうか。ドラゴンの事ですね」と気付き、フロードに笑顔を向けた。
「トニーを裁く法律はありませんよ。殺害しか対応策が無い地球人にのみ、暗殺を許可しています。それに、今こうして対応できていますしね。まぁ前例がない事なので、法律も無いってわけです」
フロードは安堵したが、トニーの表情は曇ったままだ。やはり、罪悪感が抜けないのだろう。それを感じたホワイトは、トニーに歩み寄り、彼の肩に手を置き、言った。
「記憶解析に協力してくれますよね?」
「は、はい」トニーは力なく返事をした。
「では、それまで署の片付けを手伝ってもらえますか?」
「はい!」トニーは慌てて立ち上がった。椅子が吹っ飛ばされた。トニーは、またもや慌てて椅子を直した。
ホワイトはトニーを連れて行き、会議室を出て行った。フロードは弟が罪に問われないと言う安心と、自分が今日、休日だったと思い出した事で、ため息をついた。
本当ならダラダラと過ごすつもりだった。いや、本当なら家族と過ごせる筈だったのだ。それを思い出すと、より深いため息がフロードの腹の底から溢れ出した。
(まあ、休日を返上してトニーを助けられた、と思えばいいか)
フロードはとりあえず、前向きに気持ちを切り替え、警察署のエントランスに向かった。
エントランスホールに入る前から、署内の喧騒を切り裂き、メリのキンキン声が聞こえてくる。
本当にうるさい奴だ。その声のおかげで、大勢が行き来するエントランスホールの中、探す事なくメリを見つけられる。メリは電話をしていた。電話中にフロードに気付き、話しながら手を振ってきた。フロードは小さく手を挙げ、それに答えた。
「うん。だからね、ティムの拠点、分かるでしょ? しばらくそっちで過ごして。うん、わかった。言っとく〜」メリは電話を切り、ポケットにしまい、言った。
「今ジンマ(人名)に電話したとこ。ティムの拠点に行って貰った。でも、それだったら魔力の回復を待って、明日テレポートで行くってさ〜」
フロードが、ジンマをティムの拠点に行かせるように言ったのは、上からの命令を推測したのだ。自分の拠点にいた警察官は全員、ティムの拠点に移動するという事になるだろうという推測だ。単純な理由で、ティムの拠点は広いからだ。
「管轄はどうなるんだ? 誰かに聞いたか? メリ」
「聞いてない。多分一緒」メリは首を振った。
メリは一緒と言ったが、今までと一緒なのか? ティムの管轄とフロードの管轄を一緒にするのか? もっと詳しく言って欲しいが、メリも正確には知らないようだ。
フロードは、さっきから推測でばかり話している。これ以上推測で話をしないようにと思い、メリには詳しく聞かなかった。あとで分かる事だ。
そこに、玄関(があった場所)からヒゲが息と腹を弾ませながら、駆け込んできた。急いでいるようで、フロードには気づかず、走りすぎた。
「ヒゲ、どうした? 何があった?」フロードはヒゲを呼び止めた。ヒゲは驚いて足を止め、フロードに体半分振り返り、「フロード! 何でここに⁈ まあいいや、お前も来い!」そう言い、早歩きに切り替えて、警察署の奥へ向かった。
「目覚めたんだ」ヒゲは荒く呼吸をしながら、ハンカチを取り出し、汗を拭き始めた。
「目覚めた? 何がだ?」
「石にされた人の一人がだ。ああ……すまんがお前の奥さんじゃない」
「本当か? 理由はわかるか?」フロードは驚いて、ヒゲの顔を覗き込んだ。
「分からん。だが、これで記憶の解析が出来る」
「ちょうどホワイトが、弟の記憶解析を手配しているところだ。いいタイミングだな」
「トニーの? 帰ってきたのか⁈」
「ああ、詳しいことはまだ話せないが、そうだ」
「トニーの記憶に何があるかは分からんが、何か掴めそうなのか?」ヒゲは呼吸を整えようと、ゆっくり歩き始めた。
「掴める事を願ってるってところだ」フロードはヒゲに付き添いながら、誰かの気配を感じ、後ろを見た。メリが早歩きでついてきている。
「メリ、どこかでマナを補充しとけ。お前疲れてるだろ?」フロードは連続で鏡の扉を開いたメリの精神を心配していた。魔法は体力も消費するが、精神も消費するのだ。
「私も聞きたいんだけど」メリの声は、警察署の喧騒の中でも、はっきり聞こえる。
「わかった。今は推測でしか言えないから、確実にわかったら教えてやるよ。飯食って来い」
フロードが言うと、メリは手で了解、と合図し、去って行った。教えてやるよと言ったが、重要な事が分かったら、会議や連絡網で伝わるので、フロード自身が教える気は無かった。とりあえずメリを納得させ、休ませたかったのだ。
優しさではない。メリは衝動のままに行動するので、休みを忘れる事がある。それで仕事に支障が出た事はないが、あからさまに不機嫌になるのだ。その割りを食うのはほとんどフロードだった。それを長年の経験で分かっているので、メリにはちゃんと休憩を取って欲しいのだ。ちなみに本人は、疲れによる不機嫌を自覚していないので、たちが悪い。