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世界 x(クロス)  作者: 快速
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第四章  ファインプレー


 六畳ほどの薄暗い寝室。カーテンの向こうから雨の音が聞こえる。部屋中に本や雑誌が積み重なっているが、足の踏場だけは確保されているところに、部屋の主の性格が現れていた。


 部屋で寝ていた男は、フロードの顔を見た途端、勢いよく起き上がり、後ずさった。


「トニー、ここで何してる?」


 その声を聞くと、「なんだ、兄貴か……」とため息をついた。

 フロードは照明のスイッチを探した。大抵入口の近くにあることは分かっているため、薄暗い部屋の中でもすぐに見つかった。照明を点けると、トニーは眩しそうに顔をしかめ、うつむいた。


「任務をほったらかして、こんな所に……」


 トニーは罰が悪いようで、目を合わせようとしない。フロードはトニーを諌めるように見下ろしていた。その時、フロードのスマホが鳴った。相手はホワイトだ。


「はい、フロードです」

「フロード、ありがとうございます。ドラゴンは消えました」ホワイトの声の向こうから、警察署の喧騒が聞こえてくる。

「了解、任務完了ですね」


 フロードはそう言うと、すぐに通信を切った。ホワイトが何か言いたそうにしていたが、今は聞きたくない。


「ははは……任務完了か。偉いね兄貴は……」トニーは自嘲した笑いを浮かべている。


 フロードはトニーの話を聞かず、「こっちに座れ」とベッドの端を指差した。トニーは言われた通り、布団を横にはらい、のそのそとベッドの端に座った。トニーはTシャツにジャージのズボンを着ていた。ジャージは黒いが、Tシャツは、真っ赤な生地に、黒い骸骨が描かれていた。


「お前、悪魔崇拝でも始めたのか?」フロードはスマホのアプリを起動させながら聞いた。

「違うよ、バンドだよ。アメリカのやつ」トニーの声には力が無い。昔からそうだが、今は余計にそう思える。


 フロードはトニーの言葉に返事をせず、アプリを起動させたスマホを、彼の胸に当てた。


「おいおい兄貴……なんで俺の心の波長をチェックすんの? わけ分かんないんだけど」

「黙ってろ」フロードは冷たく言った。


 結果が出た。それは、さっき街を襲ったドラゴンと、トニーの心の波長が一致したと言うことだ。フロードはその結果を表示したスマホを見て、大きく深呼吸した。一瞬、弟を殴りたい気持ちが湧いて来たが、今は冷静に考えるべきだと直感し、フロードは気持ちを切り替えた。何しろ、地球人だと思っていたドラゴンが、セカイトメント人だったのだ。しかも自分の弟だ。


「なんで帰って来なかった? みんな心配してたんだぞ」


 トニーはうつむいたまま首を横に振り、言った。


「心配なんて嘘だろ? 俺は一人殺しただけで、それからはずっと……任務を遂行できていない。俺はいらない人間だ」

「お前はこの任務に向いてなかっただけだ。俺よりできることだって沢山あるだろう? いらない人間じゃ無い。そうだ、料理上手だっただろ? 警察署の食堂で働いたらどうだ?」

 

 フロードは嘘をついているわけでは無い。明らかに今の食堂にトニーが入れば少しは味がマシになるだろう。トニーにもそのくらいの腕はある。


「いや、食堂は警察の人事関係ないよ」


 その通りだ。食堂のコックは、食堂の会社のバイトだ。


「とりあえず、セカイトメントに帰るぞ。帰らなきゃ大変な事になる」フロードはトニーの腕を掴んだ。

「死ぬんだろ? いいよ」トニーはそういうと、フロードの手を振りほどいた。

「そんなに地球の暮らしがいいか? セカイトメントと何が違う?」


 トニーは、床に散らばっている本や雑誌を指差した。


「娯楽が沢山ある。一人でも寂しくないんだ。俺はここでいい」トニーはそう言い、部屋に散らばっている本を指差した。


 トニーは、昔から人付き合いが下手で、いつも一人で本を読んでいた。無理やり輪の中に入れようとしても、上手くやれず、余計に孤立してしまうタイプだった。


 フロードは、雑誌の一つを拾い上げ、パラパラとめくった。


「それは科学雑誌だね。凄いよな、地球では、AIが人間の代わりをしてるんだぜ」

「えーあい?」フロードはトニーの方を見た。トニーはこの話題が好きなようで、少し顔が明るくなっていた。

「人口知能さ、機械の事だよ。ほら、いずれ車とか、飛行機とかは人間が運転しなくてもよくなるんだ。まぁ、最近暴走したってニュースがあったけど……」


 フロードはわかったフリをしてうなづき、持っていた雑誌を、積み上げてあった本の上に置き、次の雑誌をひろった。歩くのに邪魔なものをひろっているのだ。


「それはゲーム雑誌だね。ほら、セカイトメントに似てる世界で冒険するのが人気なんだよ」トニーは立ち上がり、フロードが持っている雑誌の一部分を指差して言ってきた。「誰もがそこでは英雄になれるんだよ」


 トニーの部屋には、映画雑誌や、科学雑誌、漫画、小説、ミリタリー、釣り、料理、そのほか色々。地球の(主に日本)文化にどっぷり浸かっているようだった。元から本が好きだったトニーにとっては、過剰な種類の本がある地球は天国なのだろう。


「映画とかゲームも面白いよ。兄貴もやればいいのに……」トニーは雑誌をめくっている。


 フロードは弟が地球に馴染んでしまうのが怖かった(馴染めてるとは言えないかもしれないが)。

 孤独への対処が、不健全な気がしてならない。人間誰しも、孤独に対抗する力は必要だと思うが、弟がやっている事は、孤独に対抗するのではなく、孤独を紛らわせてるだけのような気がした。人と関わらなければ、精神は隔離され、人間らしさがなくなっていってしまう。


「トニー……セカイトメントに帰るぞ」

「いやだ」トニーは雑誌から目を離さない。だからといって雑誌を読んでいるわけではないようだ。

「任務を放棄した事は、罪に問われない。それに、マナを補充したあとでも地球で暮らしたいと判断するなら、地球に住んでいいそうだ」


 トニーは雑誌をベッドの上に投げ置き、振り返らずに言った。


「帰るのが怖い。みんな俺をバカにしてる」

「そんな事はない。お前と同じ状況になったやつは沢山いる。みんな今はセカイトメントでしっかり働いているぞ」


 トニーは振り返り、フロードをにらんだ。


「いつ地球人に殺されるかわからない世界でか!?」トニーの叫び声が響いた。


 フロードはトニーの目をしっかり見てはなさない。トニーは涙目になっていた。


「ドラゴンに二人が殺されてから、あの時の恐怖が頭から離れないんだ」二人とは両親の事である。

「警察官になって訓練して、強くなったはずなのに、いつまでたっても怖いんだよ! なんで兄貴は平気なんだ⁈」


 トニーは頭を抱え込み、ベッドに座った。


「俺は、もう……帰りたくないんだ。セカイトメントも地球も……つらいんだ……」


 トニーは地球もつらいと言った。生きている事自体がつらいという事だろう。フロードはそう理解した。


「トニー、お前がセカイトメントに帰らないと言うのなら、俺はここでお前を殺さなければいけないんだ」フロードは、トニーを見下ろしながら言った。


「さっき、セカイトメントでドラゴンが街を襲った」トニーは反応しない。


「そのドラゴンを具現化していたのは……お前だ。トニー」


 トニーは顔を上げた。その顔は、驚きと絶望に染まっている。


「うそだろ? 俺は地球人じゃない」

「地球人だけがセカイトメントで心が具現化する、と言うわけじゃないらしい。特に、今のお前はマナが少なくて地球人に近いしな」

「嘘だろ……俺が街を襲って……」トニーは再度頭を抱え込んだ。膝に顔が埋まりそうだ。

 フロードはまずいと思った。これじゃ殺すどころか自殺しそうだ。どうにかして弟をセカイトメントに帰したい。そして、生きて欲しい。できれば健全に。


 何かいい方法はないかと考えていると、


「トニー……お前……もしかしたら、ファインプレーかもしれないぞ」フロードは直感的にその言葉を吐いた。

 トニーを死なせたくない為に出た、デタラメな言葉だと思った。しかし、その言葉を吐いた言い訳を探しているうちに、素晴らしい理由が思いついた。


「地球人はセカイトメントに連れて行くことができないから、殺すしかなかった。でもお前は違う」フロードは思考と言葉が同時に出ているようだった。自分でも次に何を言うかわからない。しかし、口は動く。

「トニー、お前の記憶をセカイトメントで解析すれば、地球人がセカイトメントを襲う理由が分かるかもしれないぞ!」


 フロードは自分の思い付きが信じられなくて、笑いがこみ上げて来た。

 トニーはゆっくりと顔を上げ「それは確かに、貴重な情報だ……」と呟いた。


 フロードはトニーの肩に両手を置き、視線をあわせた。


「頼む、トニー、一緒に来てくれ。お前は絶対におれが守る! 殺させやしない! もしかしたら、セカイトメントを救えるかもしれないぞ!」


 トニーは、地球で無意味に死ぬはずだった自分が、セカイトメントを救える可能性が出てきてしまった事で戸惑っていた。しかし、人の役に立ちたいという気持ちが強いのも事実だった。


「わかった。行くよ」

「よし。行くぞ!」フロードは笑顔を見せ、トニーに手を差し伸べた。

「ちょっと待って、着替えるから」トニーはフロードの手を無視し、となりの部屋へ歩いて行った。


 トニーを視線で追いながら、フロードは差し伸べた手で、頭を掻いた。


「あと、兄貴水浸しだよ。タオル持ってくるから」


 フロードはそれを聞いて、やっと気付いた。水浸しだという事と、セカイトメントの服を着ていた事に。通りすがりの人に、コスプレだと思われたかもしれない。しまったと思いながら、自宅に上着を忘れた事にも気付いた。やってしまった。


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