第三章 ドラゴンの正体
次の朝、フロードは思ったより早く起きてしまった。酒のせいだろう。そんなにたくさん飲んだつもりは無いが、頭が重い。ベッドから起きあがり、こめかみを少しマッサージした。しばらくして、立ち上がり、シャワーを浴びた(シャワーの動力は魔法だ)。
シャワーを浴び終えると、リビングの椅子に座り、しばらくボーっと思考停止していた。せっかくの休みに、家族がいないと、何をしていいかわからない。つくづく、家族がいないとつまらない人生だと思った。
まずは飯を食わなくてはと思い、フロードは町に出かける事にした。町をぶらぶら歩くだけでも、マナを吸収出来るし、気分転換にもなる。ついでに、道具を今日のうちに揃えて、警察署の自分のロッカーに入れておこうと思った。
フロードは、地球に行く準備を整え、それを持って、町へ向かった。
朝の町は仕事に向かう人ばかりで、買い物客は少ない。露店の店主は準備に忙しく、カゴに入った果物やパンなどを持ち、走り回っている。今日は天気が良く、客の入りも良くなりそうだ。
馬車の往来も頻繁だ。仕事に行くお偉いさんだろう。黒塗りの高級車だ。
平和な町を見ると心が落ち着くのは、フロードが警官だからだろうか?
フロードは露店で、ハムとレタスが挟まったパンを買い、それにかぶりつきながら歩いていた。飲み物が欲しくなり、ミルクを売っている店を探し、あたりを見回した。
すると、ひとりの若者に目が止まった。頻繁に体ごと向きを変え、ぐるぐると回りながら歩いている。見るもの全てが珍しく、そこに存在するもの全てを見ようとする動きだ。
フロード以外の人々は、この若者を田舎から出てきた者だと思うだろう。しかし、それにしては荷物が少ない。服も洋服を着ている。決定打としては「すごい、ゲームみたいだ」と呟いている。つまり、地球人の心が具現化した人間だ。
フロードは、硬いパンを噛みながら、若者を見ていた。すると、うっかり目が合ってしまった。若者は、笑顔でフロードに歩みより、「すいません。それ、どこで買ったんですか?」とパンと指差した。
フロードは露店の方を振り返り、指差した。「あそこだよ」
「ありがとうございます!」
若者はお礼を言い、露店の方へ走っていった。お金なんて持っているのだろうか?
フロードは気になり、若者の行動を一部始終見ていた。どうやら金は持っていなかったらしく、商品を見ているだけだった。そして顎に手を当て、なにかを考えた後、歩き出した。職を探そうとしているのだろうか?
ちなみにセカイトメントにはギルドというものはない。ハローワークならある。
フロードが見ていると、若者の体は徐々に薄くなっていき、やがて完全に消えた。地球の彼が目を覚ましたようだ。
よくあることだ。
警察署に向かいながらノロノロと歩いていると、やはり家族の事を思い出してしまう。休日は大体、妻と娘を連れて買い物に行ったり、旅行に行ったり、家庭菜園を手伝ったりしていた。家族中心の生活だ。
今は家族がいないため、なにをしていいかわからない。フロードは結婚する前、なにをしていたかを思い出そうとした。大した思い出がない。警察官になるための勉強や、魔法の修行をしていたぐらいしか思い出せなかった。充実していたと言えるだろうが、思い出としては、灰色だ。
テレポートの魔法に重きを置き過ぎて、他が疎かになり、一度警察官の試験に落ちた事も思い出した(ティムは一度で受かった)。テレポートの魔法を覚えようとした理由は、ただ単に、その当時、テレポートを使える人が少なかったからだ。ふつうは使えないテレポートが使える人材は貴重だと思い、警察の試験にも有利になると思ったが、全く関係なかったようで、かなり落胆した。
まぁ、テレポートが得意なおかげで、地球での任務において、優秀な成績をおさめる事ができたのだから、人生なにが役に立つか分かったものではない。
しばらく歩き、警察署に近づいて来ると、石造りの家が増えて来る。石畳の道もだんだん広くなって、頑丈そうな街並みになってきた。しっかり整備されているのは、街の中心部の特徴だ。
何やら騒がしいことに気づいた。人々の歓声が聞こえ、花火のような音がパンパンと鳴っている。「祭りか?」とフロードは思った。こんな時期に祭りなどあっただろうか? いや、地球に長く居たから日付けの感覚が狂っているのだろう。そんな事を考え、音がする方を見る。
家々の屋根の上から一瞬、何かが見えた。爬虫類の羽のようなものだ。
フロードは胸騒ぎを覚え、走り出した。屋根の上からチラチラ見える羽を、首を伸ばし、位置を確認しながらそこへ向かった。曲がり角を曲がろうとした瞬間、走ってきた男にぶつかってしまった。フロードは一八〇センチの身長に体も筋肉質であった為、倒れたのは相手のほうだった。
「すまない!」
フロードは倒れた男に手を差し伸べたが、男はその手をとらず、フロードの背後を指差し「にげろーー!」と叫んだ。フロードはその方向を見た。そこでは、家々と同じくらいの大きさのドラゴンが暴れまわっていた。周りには逃げ惑う人々と、勇敢にも立ち向かう警官たちだ。ぶつかった男はいつのまにかいなくなっていた。
フロードが歓声に聞こえたものは悲鳴であり、花火の音は、警官がドラゴンに対し
て放つ光弾(魔法)の音だった。
二足歩行のドラゴンは足が遅く、人々が逃げるには問題なかった。だが、周辺の建物を、振り回した尻尾や、頭突きで、見境なく破壊している。それを止めようと、警官たちはドラゴンに手をかざし、そこから光の玉を撃っていた。
この光弾は、初級の攻撃魔法だが、単純な威力だけなら強力だ。しかし、ドラゴンは警官の攻撃をものともしない。うざい蚊とでも思っているようだ。
ドラゴンは建物に頭突きをし、崩れた瓦礫を警官にくらわせた。その警官は気絶し、倒れた。そして、道の中央に陣取っている警官3名には、火を吹こうと、思いっきり息を吸い込んだ。
フロードはそれに気づき、ドラゴンに手を向け、光弾を発射した。その光弾は警官たちが撃っていたものの十倍はでかかった。警官たちの光弾が、野球のボールなら、フロードの光弾は、人をダメにするソファー並みの大きさだった。フロードの放った光弾は、太陽と見間違う程の眩しいほどの光を放ち、ドラゴンに向かっていった。
火を吐こうとしたドラゴンの、大きく開けた口に光弾は直撃した。ドラゴンは叫び声をあげ、頭を振り、となりの建物に倒れこんだ。ドラゴンの口内はダメになった。火はもう吹けない。
しかし、こんな攻撃を続けても、ドラゴンを倒せないことはわかりきっている。フロードは警察署に向かって走り出した。
警察署はてんやわんやだった。署内に入った途端、早歩きで電話(地球の技術を盗んだ。動力は魔力)をする幹部。装備を整えて外へ走っていく警官。コーラを飲みながら、財布を落とした老婆の相手をする受付。キンキン声の相手と電話するホワイト。
ホワイトは電話をしながら、オフィスに入り、自分のデスクへと向かっていった。電話中に話しかけるのはどうかと思い、フロードは黙ってホワイトの背後に密着した。
「いま暴れてるドラゴンは、地球人だって事がわかりました。メリ! その地球人の場所を送ります。最優先です!」相手はメリのようだ。
「え? ちょっと待って下さいよ! みんな出払っちゃってますよ! トニーはいないし、ジンマ(人名)なんて中国ですよ?」
メリの声は、電話の向こうだというのに、ホワイトの声よりよく聞こえる。ホワイトもスマホを耳から十センチくらい離し、メリの声に対策している。
「テレポートで帰って来れないのですか?」
「みんなテレポートで出勤しちゃいましたよ! 1日2回もテレポート出来るのフロードだけですよ。すぐには帰って来れません」
「じゃあ、あなたが行きなさい!」
「私は人殺しをする契約じゃないですよ〜〜」メリの泣きそうな声が響く。
「わかりました。ほかの地域に連絡を取るか、フロードに連絡をするかしてみます。待機してなさい」
ホワイトは電話を切り、一瞬悩んだ。殺す対象の場所によって管轄の国が違う。ほかの国の管轄に頼むことは問題ではないが、フロードを呼び出す方が早い可能性もある。しかし、フロードは休日だ。ほかの管轄に電話しよう。
そう思い、デスクに座り、スマホのボタンを押し始めた。すると、視界の端に見慣れた靴があった。その足の持ち主を見上げると。
「あ、フロード」ホワイトは弾けるように立ち上がった。「丁度いいところに! 申し訳ありません、緊急事態なんです。後日改めて休暇を……」
「わかってます。それに、運悪く準備万端なんで」フロードは手に持った荷物をホワイトに見せた。
ホワイトはフロードの目を見てうなづき、電話をかけた。
「メリ、私のデスクの前に扉を開いて下さい。フロードが行きます!」
「えぇ! フロード休みじゃないの? あぁ、わかりました!」
メリが耳を震わせる声でそう言うと、ホワイトのデスクの上に、姿見型の空間の裂け目が現れ、その向こうには洋館のダイニングルームが見えていた。デスクの上に扉が出たため、ホワイトの目線より少し高い場所に洋館の床があった。デスクに乗ってその空間に入るしかない。
メリは顔をだし、それに気付くと「あ、やべ。すいません」と言い、隠れた。フロードは遠慮なくデスクに乗り、足跡をつけ、空間を超えた。なにせ急いでるのだ。
「頼みましたよ、フロード」
「任せて下さい」フロードは姿見に映るホワイトに向かって言った。
空間が消えると、ホワイトは無表情でデスクを拭いた。「全く、メリは……」
フロードは洋館のダイニングルームに着いてすぐ、スマホをのぞいた。ホワイトから、地球人の心の波長と、その場所が届くはずだ。マップを開き、数秒待つ。すると、地図上に赤い点滅が発生した。
スマホは、セカイトメントの技術で少し改良しているため、魔法に反応するのだ。今回も、ホワイトからスマホを経由して、情報が送られてきた。
「よし、ここなら近くを通った事がある。テレポートで行くぞ!」
「いってらっしゃい!」メリは敬礼をした。
その言葉を聞くと同時に、フロードはテレポートした。次の瞬間、身体中に雨が降り注いだ。
「また雨か!」周りは住宅街だ。雨のおかげで人通りが少ない。車も少なそうな道だ。
フロードは、雨を避ける魔法の代わりに、身体強化の魔法をかけ、猛スピードで走り出した。身体強化の魔法とは、その名の通り、体の機能を強化する魔法である。筋力も上がるし、皮膚も骨も内臓も丈夫になる。
身体強化したフロードの走る速度は、時速八〇キロは出ている。制限速度は五〇キロだが、スピード違反を気にしている場合ではないのだ。住宅街を抜け、大通りに出ると、団地が見えてきた。あの団地のどこかに、ドラゴンに具現化している地球人がいる。
セカイトメントでは、ドラゴンが行動を変えた。さっきまでは見境なく暴れまわっていたのに、今は警官たちの攻撃にわき目も振らず、一直線に建物を貫き、破片を撒き散らしながら警察署に向かっていた。
フロードは地図の出るスマホを見ながら、標的の位置を定め、団地の一つに入っていった。標的の場所には赤い点滅だ。フロードはスマホの地図を立体表示にして、何回にいるかを特定した。「5階だな」フロードは階段を駆け上がる。
ドラゴンが警察署の目の前まで迫った。そして、頭を地面すれすれまで下げ、その重みで体が傾くのをを利用し、突進してきた。ドラゴンは警察署の壁を貫き、落ちてくる瓦礫を振り払いながら、歩みを続ける。天井をツノで削り、柱を払いのけ、受付の机を踏み潰した。
署員が「逃げろ!」と叫んだ。ホワイトは戦闘が苦手だ。逃げるしかない。「なんでこんなことに」とデスクの書類をまとめ、となりの署長の部屋へ駆け込んだ。署長の部屋は机と棚があるだけの狭い部屋だ。ヒゲもそこにいた。コーラを持っていて、もう片方の手で、口に手を当て、シーっと言っている。地響きが近づいてくる。「フロード、まだなんですか……」ホワイトが呟いた。
フロードはまだだった。地球についてから、まだ10分程度だ。団地の5階に到着し、スマホを見ながら扉が並ぶ通路を走る。「ここだ!」急ブレーキをかけ、扉の取っ手に触れる。魔力を流し、鍵を破壊する。扉を引くと、チェーンに止められた。フロードはチェーンを握り、魔力を流し、破壊した。
部屋のすみで縮こまりながら、ホワイトが「怖い、ちびりそうです」と声量を抑えながらヒゲに言う。ヒゲは持っていたコーラを飲み干し、そのコップをホワイトに差し出した。ホワイトはそれをはたき落とした。
それが合図だったかのように、ドラゴンが壁を貫いて顔を出した。
二人は叫びながら狭い署長室を逃げ回った。ヒゲは部屋の隅に体をめり込ませ、ホワイトは署長の机の裏に隠れた。
フロードは扉を開け、土足のまま中に駆け込んだ。標的を殺す前に本人かどうか、心の波長を確認する作業があるが、今回は時間がない。まずは眠りから起こし、それから波長を確認する。フロードは標的がいるであろう部屋へ走る。寝室だ。
ドラゴンは机を鼻先で押し、壁に押し付けた。隠れていたホワイトは、机と壁に挟まれ、潰されそうになり、くぐもった叫び声をあげた。それを見たヒゲが、下手くそな光弾を撃つ。ドラゴンの目にあたり、反射的にドラゴンは体を起こす。天井が突き破られ、太陽がドラゴンとヒゲを照らした。ドラゴンは、痛みを振り払うように顔を振り、光弾が飛んできた方に目を向けた。そして、壁を崩しながら、体ごとヒゲへと向き直した。ヒゲは少し後悔し、ドラゴンを見上げた。
フロードは寝室の扉を開けた。ベッドの上で人が眠っている。布団に包まれ。向こうを向いていて、顔は見えない。フロードは飛びつくようにその男の肩を掴み、半ば暴力的に揺すった。
男はうなりながら、寝返りを打つ。
フロードはその男の顔をみた。無精髭を生やし、青ざめている。見覚えのある顔だ。フロードは叫んだ。
「トニー⁉︎」
ドラゴンはヒゲの目の前に立ち、大きく口を開けた。ヒゲは「愛していると妻に伝えてくれ」と叫んだ。ドラゴンはそのまま顔を下ろし、ヒゲを食った。かに見えたが、ヒゲはドラゴンをすり抜け、動けないまま立ち尽くしているだけだった。
呆然とするヒゲの目の前で、ドラゴンは薄くなっていき、やがて完全に消えた。
ホワイトは壁にめり込んだ机を、肘で打ち付けてどかし、机から脱出した。そしてヒゲを目を合わせ、言った。
「フロードがやってくれましたね……。それと……あなた結婚してませんよね?」