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世界 x(クロス)  作者: 快速
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第一章 地球から異世界へ。そして、地球での任務

 フロードは、いつも通り仕事を終えた後、雑貨店に立ち寄り、妻と娘へのお土産を選んだ。

 自分の故郷には無いもの、と言う話なので、ディズニーのキャラクターが持ち手に描かれたスプーンを買うことにした。もちろん子供用である。


 妻には髪飾りだ。シュシュとかいうもので、藍色の生地に派手なキラキラのついた、よくわからない物だった。妻の年にしては派手すぎるかもしれないと思ったが、大丈夫だろうと、根拠のない自信を持ってフロードはそれを買った。


 雑貨店を出たフロードは、人気のない路地に入り、消えた。

 そして、フロードは突然、洋館の玄関に現れた。


 なにもない所に、大柄な男が突然現れるのだ。メリは面食らい、後ずさりし、下駄箱に背中をぶつけた。


「ちょっと! テレポートするときは玄関にしてって言ってるじゃん!」驚いたメリは、手に持った箒を振り回している。玄関の掃除をしていたようだ。

「いや、ここは玄関だろう?」

「外の事! 玄関の外!」メリは箒で玄関の扉を指している。

「外にテレポートしたら、誰かに見られるかもしれないだろ? 魔法を使ってるところは地球人には見られちゃいけないってわかってるだろ?」


 メリは唸り、「とりあえず驚かせないで!」とキンキン声を上げた。フロードはどうすればいいんだと思い、頭を掻いた。


 フロードは自室に戻り、故郷に帰る準備を始めた。と言っても、着替えるだけだ。


 フロードが着替えたその服は、中世の騎士のような格好だ。この格好で外に出てしまったら、コスプレだと騒がれるだろう。最後に壊れた腕時計をし、スマホで時間を確認する。土産は懐に入れておいた。


 フロードが自室から出て、ダイニングルームに行くと、メリが腕を組み、首を傾げてこちらを見つめてきた。


「なんか……その格好の方が違和感ある。地球の服を着たフロードばかり見てるからかな?」

「俺もだ。地球の服の方が機能的だし、着替えも簡単だ。セカイトメントに帰る時もこの世界の服を着ていたいぐらいだ」

「いいと思うよ。ティムなんか、かなりの確率で地球の服着て、セカイトメント帰ってるよ」


 “セカイトメント“とは、この二人の出身地の異世界だ。そしてセカイトメントの人々は、読者の方々の世界を“地球”と呼んでいる。


「さぁ、準備はできてるよ。カモーン」メリはそう言いながら、廊下の奥に進んだ。廊下の奥には、古いデザインの姿見があった。


 フロードは姿見の前に立ち、服が整っている事を確認した。しかし、ある事に気づき、メリを見た。


「おい、トニーは来ないのか? 今日は一緒のはずだろ?」


 トニーはフロードの弟で、同じ警官だ。


「トニーは、半年(多分)も定例会議すっぽかしてるよ」メリは肩をすくめた。

「そうだったのか、まずいな」

「多分その事も会議で話すと思うよ。じゃあ行ってらっしゃい」


 メリはそう言うと、鏡に手をかざした。すると、フロードを映していた鏡は、一瞬の光を放ち、次の瞬間には、街の風景を映していた。


 フロードは鏡に向かって足を出す。するとその足は鏡の中に入り込み、さらに歩みを進めると、体全体が鏡に飲み込まれた。


 フロードは街の通りにいた。背後には鏡の形に空間が切り取られており、メリが顔を出している。その背後には、今まで居た屋敷のダイニングルームだ。


 この、異世界と地球をつなぐ仕事が、”ゲートキーパー”だ。メリはゲートキーパーの魔法が使える、数少ない才能の持ち主だった。この才能を持っているということは、あらゆる魔法を使える素質を持っている、という事なのだが、前にも言った通り、メリはやる気が無い。


「じゃあ会議が終わったら連絡してね」メリはそう言うと、手をひらひらさせて、空間を閉じた。もうそこには何もない。街の風景が広がっているだけだ。


 街の建物はほぼ全て石造りであり、道も石畳だ。電信柱など一切なく、青空を見上げるのに邪魔なものはない。通りを行く人々は民族衣装のようなものを着ている。フロードが道を渡ろうとすると、馬車が前を通り過ぎた。フロードにとっては、1ヶ月ぶりの風景だ。



 道を渡ったフロードは、ほかの建物より大きくて、頑丈そうな、物々しい建物に向かって行った。その建物は、警察署だった。入り口の前に騎士の格好をした警備員がいる。

 フロードが警備員に、胸につけた身分証を見せると、警備員は敬礼を一つした。その敬礼に会釈を返し、フロードは中に入って行った。


 警察署のエントランスホールは、制服の警官が慌ただしく行き来して、大勢の革靴が、大理石の床をせわしなく鳴らしていた。フロードはそれを横目に通り過ぎ、目的の会議室に向かった。


「フロード、久しぶりだな」


 会議室の扉の手前で、小太りで口髭の男に話しかけられた。

 フロードの同期のヒフトゲン・シェイブズという男だ。フロードや他の同僚は、この男を、略してヒゲと読んでいる。


「おお、ヒゲ。久しぶりだな」


 ヒゲはいつもなら、仕事中でも飲みに誘ってくるような陽気なやつなのだが、今日は様子が違った。フロードの目をまっすぐ見れず、神妙な顔をしている。


「これから、会議か? 重要な話があるんだが」ヒゲの目は泳いでいる。

「そうだな、定例会議だ。なんだ? 飲みに誘っているわけじゃなさそうだな」

「ああ……なら会議が終わってから話そう。俺の話は急ぎじゃない。食堂で待ってるよ」

「わかった。会議が終わったら行くよ」


 フロードはヒゲの落ち着きのない態度に違和感を感じながらも、これから会議だという事もあり、気持ちを切り替える事にした。フロードは気持ちの切り替えが上手であり、それが日々の仕事を確実なものにしていた。地球での任務に抜擢されたのも、この特技によるものが大きい。


 扉を開けると、大勢の警官たちが黒板に向かって座っており、机の無い教室のようだった。そこにいる全員がフロードに注目した。どうやら一番最後のようだ。フロードは全員の視線に気まずさを覚え「すいません、遅れました」と行った。


「いや、遅れていません。ギリギリですが」


 黒板の前に立っている女性が、机に両手を付きながら言った。金髪のポニーテールで、白いマントを着ている。この会議室の中では一番階級が高い人間だ。だが、身長は一番低そうだ。フロードは白いマントの女性に歩み寄った。


「ホワイト、俺の席はどこですか? 空いてないんだけど……」


 ホワイトとは白いマントの女性の名だ。


「今回は初めて地球に行く人もいます、フロードは教える側です。だから席はありません」


 フロードは少し硬直した。そして、ホワイトにだけ聞こえる声で言った。


「まじですか」

「まじです」嫌とは言わせない強い語気だ。


 フロードはため息と共に「そうですかーー」と吐いた。自分たちに注目する警察官たちを、なんとなしに眺める。見知った顔もいるし、知らない顔も居た。見知ったやつの中には、フロードの気まずそうな顔をみて、笑いをこらえているのも居た。


「よし、ではこれから任務の説明をします。注目!」


 言われなくても、警官たちは注目している。


「みんな、ここ10年の間に、強力な魔物や、犯罪者が増えているのは知っていますね?」


 当然、全員が知っている。10年前に、今まで見たことの無い魔物が、突然前触れもなく現れ、街を焼け野原にした。そして同時期に、強力な魔法を使う人間が現れ、虐殺行為など、大規模な犯罪を犯した。


 その当時(今もそうだが)の警察や軍の能力をはるかに超える圧倒的な暴力に、この世界は危機に陥ったのだ。


 そして、もっと悪いことに、それは一度で終わらず、今もなお繰り返されている。


「この国の力では対応出来ない、魔物や犯罪者を倒すのがみんなの仕事です」


 警官の約半分がざわついた。新人だろう。そりゃそうだ。対応出来ないものをどう倒すのか分からないのだから……。それでもホワイトは続けた。


「安心しなさい、そんな強力な犯罪者に真正面から戦いを挑むわけではありません。奴らの根源を叩きます」


 新人の一部は、興味深いようで、ホワイトの声を一つも聞き逃したくないと思い、身を乗り出し、耳を傾けた。


「奴らの根源は地球人です」


 さっきより大きく新人がざわめいた。「まじか」とか「嘘だろ」という声も聞こえたが、「なるほど」と言っているのも居た。数秒のざわめきが収まると、ホワイトは続けた。


「地球人が、彼らの世界で寝ている時や、昏睡状態。まぁ意識を失っている時ですね。そんな状態の時に、心が私たちの世界で具現化し、猛威を振るっているのです」


 それを聞いた新人の一人が、勢いよく立ち上がって、叫んだ。


「地球人を皆殺しにすればいいって事ですね!」


 全員がその新人に注目した。ホワイトもフロードも、目を丸くしてその新人を見た。その新人は息を荒げている。目の前に地球人を差し出したら、殴りかかりそうな顔だ。どうやら、魔物か犯罪者に親しいものが殺されたのだろうと察しがつく(地球人が変化したものとは限らないが)。


「そう単純では無いのです。まあ座りなさい」


 それを聞いた新人は我に返り、気まずそうに座った。


「地球人が眠っている間に、心がこちらの世界へ来る事例は、分かっているだけでも、年間10000件あります。私たちが把握していないだけで、その倍はあると推測されます」


 ホワイトは筒状に丸められた資料を取り出し、フロードに渡した。黒板に貼れという事らしい。フロードは資料を開きながら、ノロノロと磁石を探し始めた。


「ここに貼っている資料によると、地球人がこちらの世界で、犯罪者や魔物になる確率は1000分の1です」


 まだ貼れていない。フロードはあわてて資料を張り出した。少し斜めになっている。新人達のフロードに対する印象は、ノロマなオヤジとなった。


「まぁ地球人のほとんどは、一般市民かそれ以下の動物になるわけです。人によっては、こちらの世界で普通に働いたりもします」


 さっき立ち上がった新人は、自分の行動を恥じているのか、口を手で隠し、うんうんと頷いている。


「後手に回ってしまいますが、魔物や犯罪者が発見され、通常の対応策が効かない場合のみ、彼らの心の波長を読み取り、分析します。そして、その反応と同じ地球人を探し出し……」ホワイトはそこで言葉がつかえたが、咳を一つして、続けた。


「つまりですね、皆さんの任務は魔物を生み出している地球人を発見し……」


「その地球人を殺す」フロードが割り込んだ。


 ホワイトがフロードをにらんだ。「自分が言いにくい事を、さらりと言いやがって」という顔だ。


「その通りです。まぁ……そうなんです……。」


 ホワイトは、人殺しが警察の本分ではない事を分かっている。彼女の責任ではないのだが、こんな任務を与えなくてはならない事に、多少の罪悪感を感じているようだ。ホワイトが悪いわけではない。罪悪感を感じる必要は無いと、フロードは昔から言っているが、ホワイトはなかなかそこから抜け出せないようだ。


 新人がざわついた。当然の反応だ。彼らだって、まさか自分の任務が殺人だとは思っていなかっただろう。


「そこで、ベテランの経験をみんなにシェアしたいと思ってですね」


 ホワイトはそう言い、フロードの二の腕を叩いた。


「経験をシェア?」フロードはホワイトに怪訝な顔を向けた。

「はい。地球で住む方法とか、飯の買い方とか、法律とか、困った事とか。あと……任務の遂行に気をつけてる事とか……」

「ホワイトさんが説明するもんじゃないんすか?」

「私は地球に行ったことがありません。話で聞いたことがある程度です。あなたは一番成績がいいし、長いこと地球に住んでるから適任です」


 フロードはため息をついた。「こういう事か」と気持ちを切り替え、地球の生活を思い出し、どう話すか考えながら警官達を見た。とりあえず昨日の事でも話そうか?


 フロードはまず、水道、電化製品、ガスコンロなどの使い方を話した。蛇口をひねれば水がでて、スイッチを入れれば照明がつく、ガスコンロは、ガスの元栓を開けなければつかない。基本的な事だ。


「なるほど、魔法が使えない地球人は、代わりに電気という公共のエネルギーが使えるというわけですね。かなり魔法に近いですね、その電気というものは……。電化製品が魔法で、電気が魔力といった感じですね」ホワイトは、自分では分かりきった事を、新人にもわかりやすくまとめた。


「ああ、初めて照明をつけた時、いきなり光が降り注いだもんだから、『この世界には魔法がないんじゃなかったのか?』と先輩に聞いたくらいだ。かなり驚いたよ」フロードが身振り付きで、その時の状況を再現した。警官たちから笑いが起こる。まあ好印象な出だしだ。


 次はお金の話だ。あらゆる事にお金がかかることを説明した。水に金がかかる事に驚かれていたが、セカイトメントでは、いちいち井戸に行かなければならない。そこら中に蛇口がある国なら、金をとってもいいだろうと納得させた。


 そして、作戦の拠点は、あらゆる国にある事を話した。フロードがいた洋館もその一つで、基本的に拠点の管轄は、その国全体だ。しかしそれでも、たまに別の国に行く事もある、と言う事も話した。行きは飛行機を使うが、帰りは魔法のテレポートだ。テレポートは行ったことのある場所と、視認(裸眼)出来る場所にしか出来ない。しかも、魔力消費が激しく、あまり使いたくないものだ(ゲートキーパーの魔法はもっと消費が激しい)。フロードなら、1日2回が限界だろう。フロードは多くの国に行き、任務を果たしてきた。


「つまり、ベテランになればなるほどいろんな国にテレポート出来るようになります。飛行機の予算も浮きます」ホワイトが口を挟んだ。

「そして、『あなた、あの国にテレポート出来ますよね。だから行きなさい』とこき使われるようになるんだ」フロードがホワイトの口調を真似て愚痴った。


 ホワイトがフロードの背中をぽんぽん叩きながら「その分給料はいいでしょ? ちゃんと奥さんが使ってくれてるから安心しなさい!」と言った。「俺にも使わせてくれ!」フロードは悲痛な叫びを上げた。

 漫才のような二人の掛け合いに、会議室は笑いに包まれた。ホワイトは一瞬「あ……」という声を上げた。フロードにしか聞こえない声だった。言ってはいけない事を言ってしまったようで、口に手を当てた。フロードは不思議に思ったが、会議中だった事もあり、疑問を頭の隅に追いやった。


 笑いの余韻が残っているうちに、質問の手が上がった。


「あちらでの生活費は出るんですか?」


 この質問にはホワイトが答えた。セカイトメントにはラビーと言う金属がある。何処でも取れるし、人工的にも作れる。ありふれた石だ。無料では無いが、安い。地球では金と呼ばれている。


「地球では……国にもよりますが、ラビー100gを換金すれば、3ヶ月は暮らせるお金になります。だから、警察から支給されるのはラビーです。ただし、ラビーも無料ではありません。定例会議の時に1ヶ月でいくら使ったかを報告してもらいます」


「そして、俺たちが使った1ヶ月の平均額が、次の予算になる。みんなで無駄遣いして予算を増やそうぜ!」フロードの言葉に、警官たちが「おーっ!」と一致団結した。

「貴方達! そんなことで一致団結しないでください! 慎ましく暮らしなさい!」


「でも、そんなに安く暮らせて便利なら、一生地球で暮らしたくなるんじゃないかな?」新人警官の一人が言った。


 ホワイトもフロードもその一言に凍りついた。質問した警官も、二人の笑顔がみるみるうちに無表情に変わって行くのを見て、何か悪いことを言ってしまったのかと思い、周りを落ち着きなく見回した。


「そういう方もいました。たまにですけど……。定例会議に出なくなり、自分は地球で暮らして行くと手紙だけ残して……」


 質問した警官は「それでどうなったんですか」と、身じろぎひとつできずに言った。


「死んだよ。地球にはマナが無いんだ」


 マナと言うのは、自然界に存在するエネルギーのようなもので、簡単に言えば、心の血液である。体に栄養を送るのが血液なら、セカイトメントの人間の心に栄養を送るのはマナなのだ。

 セカイトメントの人間は、地球に長くいると、心が疲れていき、最後には生きる気力を失い、死んでしまう。だからこそ定例会議を設け、1ヶ月に一度、セカイトメントに帰ってきてもらうのだ。


「そいつは成績が悪くてな、定例会議でしこたま怒られてた。ほかの任務につかせようって考えてた時に連絡が取れなくなって……探し当てた時にはもう手遅れだったよ。ちなみに、怒ってたやつはホワイトじゃないぞ」


 フロードはフォローした。あまりにホワイトが罪悪感にまみれた顔をしているので、ホワイトが間接的に殺したと思われるかもしれなかったからだ。

 というか、ホワイトはそういうところが真面目すぎるのだ。自分では、どうすることも出来ない事なのに、なにか方法があったんじゃないかと思いを巡らせ、自分を責めるのは、彼女の悪い癖だ。


「任務が嫌になったら、全然言ってくれてかまいません。人によってはマナの消費が早い場合もあり、向き不向きがあります。それに、人を殺すのです。辛くないわけがありません。この任務は強制ではないので……」


 死んだ奴のことを思い出してるのか、その家族の悲しむ顔を思い出してるのかわからないが、ホワイトは少し涙目になっていた。


「この任務を受け入れられる方だけ、この部屋に残ってください。できない方を責める人は居ません、居たらわたしが許しません。五分待ちます。その間に決定を」


 誰も席を立たない。元々、自分の命をかけている連中な訳だから、人を殺すのも覚悟しているわけだ。それに、地球の暮らしは悪くないというのもあるだろう。


 五分待ち、ホワイトは全員を見渡し、うなづいた。そして、机の上に揃っていた書類を持ち上げ、トントンと机に打ちつけながら言った。


「よし、みんな任務を受けてくれるという事ですね。では、書類をまわすので、サインを……」

「ちょっと待った」


 フロードは書類を配ろうとするホワイトの前に出て、警官たちに「まだ話すべき事があった」と言い、手をこまねき、笑顔を振りまいた。警官たちは、フロードの笑顔から、まだなにか愉快な話があるのかと期待した。


「まだ、重要な俺の経験を話していなかった。マニュアルには書いていないことを教えてあげよう」


 ホワイトは書類を持ったままフロードの後頭部を見つめている。


「マニュアルにある通り、地球人は簡単に殺せる。体に魔力を流してやれば一発だ。頭ならよりいいだろう」フロードは笑顔のまま続ける。


「昨日殺した地球人は14才の少年だった。平和ボケってやつかな? 他に誰もいない場所で、俺と二人きりになってんのに、ひとっつも警戒していなかった」フロードは身振り手振りを加えながら、いかにも愉快そうに話した。警官たちも、我らの仕事は簡単だという結論に至ることを期待していた。


「俺はすれ違いざまに、右手でその少年の頭を掴んだ。そして軽く魔力を流した。まぁ、そうだな……タバコに火をつけるほどの魔力だな。それだけで、地球人の少年の脳みそは破壊できた。脆いだろ? まあでも、頭じゃなかったら、もっと強く流したほうがいいかもな」


 警官たちから「そんなに脆いのか」とか「楽勝だな」という声が漏れた。フロードはにっこりと笑いながら続ける。


「その子が倒れたから、一応手を合わせてやったんだが、そのときにスマートフォンの画面が見えてな」

「スマートフォンってなんでしたっけ?」警官が質問してきた。

「連絡機です。文字を送れるやつ」ホワイトが答えた。

「なるほど、で、それが何なんです?」

「そのスマートフォンにはこう書かれていた」


「『カレーを作ったから、早く帰ってきなさい』。母親からだ」


 会議室は静まり返った。ホワイトはうつむき、気付かれないように深呼吸をした。

 

 警官たちは息を飲んだ。ほとんどの警官が「しまった」と感じただろう。警官たちは、地球人を殺すのが簡単で、楽な仕事だという視点でしか考えていなかった。地球人にも家族がいて、生活があるということを忘れていたのだ。


 フロードはそれでも笑顔を崩さない。笑顔のまま、母親の子供を殺したことを語った。警官たちは、フロードの強さを感じ取った。いや、異常性かもしれない。


「フロード、そろそろ話は終わらせて……」

「おい!ティム! お前あれ覚えているか?」ホワイトの声に気づかないふりをして、フロードは警官の中の友人に話しかけた。「俺たちの故郷を襲ったドラゴン!」フロードは笑顔だが、その笑顔には狂気が混ざっていた。


「俺の両親とお前の家族を殺したドラゴンだよ。覚えてるか?」

「ああ、忘れるわけ無いだろ」ティムと呼ばれた警官は、フロードと同郷で幼馴染だ。フロードの勢いにたじろいでいる。


「そいつも地球人だった。そいつを殺す任務も簡単だった。すごく印象に残ってる」


 警官たちは、嫌な予感しかなかった。しかし、聞いておかなければならないと確信していた。自分の任務に関わることなのだ。自分がこれから経験するかもしれない事なのだ。


「そいつがいたのは、普通の家だった。住宅街にある普通の家庭ってやつだ。簡単に侵入出来たよ。ほとんどの鍵は魔法で開くし、姿を消していれば、となりにいても気づかれない。地球人は本当、魔法に耐性がない」


 地球の防犯システムは魔法には無力だった。どんなに最新の技術を駆使しても、初級の魔法で開いてしまうのだ。その気になれば、核兵器のセキュリティでさえ、突破できるだろう。


「で、その家に侵入してわかったのは、ドラゴンの正体は赤ん坊だったって事だ。まだミルクしか飲めない、話す事も出来ないような生まれたばかりのバブバブ言ってるやつだ」


 フロードの話にホワイトは聞き入った。初めて聞く話だ。ホワイトからはフロードの表情は見えない。ホワイトはフロードの後頭部を凝視した。後頭部から、表情を少しでも読み取ろうとしているように。


「母親がその子にミルクをやり始めた。まあ、ここで誤解しないで欲しいのは、俺は何も感じなかったわけじゃない。こんな赤ん坊を殺さなきゃならないなんて、ひどい任務だと思ったよ」


 ホワイトはフロードの後頭部から目をそらした。


「でも、そこで思い出したんだ。こいつは俺の両親を食い散らかして、糞にした張本人だってな。今俺がしてる腕時計。みんな見えるか?」


 フロードは腕を上げ、腕時計を警官たちに見せた。銀のメッキがところどころ剥がれた古臭い時計だった。


「こいつは、オヤジの形見だ。ドラゴンの糞の中から発見された」


 ティムも似た経験をした事がある。フロードの話に、けわしい顔でうなづいている。


「俺はこの腕時計とその赤ん坊を見比べた。この赤ん坊が生きている限り、俺みたいな思いをする奴が増えてしまう」


 ホワイトはフロードの話に聞き入り、書類を持ったまま硬直している。


「だから俺はその母親の横に立ち……おっと、姿は消しているからな?」フロードは一歩下がり、ホワイトのとなりに立った。そして人差し指を立て、その指で書類にポンと触れて、


「任務完了だ」


 ホワイトは、自分が母親役にされていた事に気付くと、書類が子供役だという事に気付き、書類を見つめた。子供を持ったことが無いためイメージがわかないようだ。


 フロードは「ふぅー」と大きく息を吐き「まぁ、俺が思うこの仕事のコツはだな。母親の悲鳴が聞きたくないなら、任務完了したら、さっさとテレポートで帰れって事だよ」と締めくくった。警官たちの反応は、無い。


「フロード、もういいですか?」ホワイトがフロードの顔を覗き込む。

「ああ、いいですよ。どうぞどうぞ」


 ホワイトは再度書類を配ろうとした。「では、任務についてくれる方は、書類にサインを……」


 新人が一人立ち上がり、会議室から出て行った。


 また一人、また一人……新人は一人も残らなかった。ホワイトに向かって頭を下げていくやつもいた。ティムは苦い笑顔でフロードを見つめた。「やっちまったな」と目が言っている。



 中堅しか残らなかった会議室を見渡し、フロードは、パンッと手を叩き、手をこまねきながら「よし!」と言った。


「よしじゃない!」ホワイトの蹴りがフロードのケツに入った。いい音がなり、残った警官たちは控えめながら、笑顔になった。


「フロードォ、あんな話ししたら、残るやつも残らないでしょ! 人出が足りないってのに!」

「ホワイトさん。地が出てますよ」ティムがからかった。

「でもいいでしょ、ちゃんと理解してから仕事に就く。それが長続きのコツだし、うっかり心を病む事もない」フロードがホワイトをなだめた。ホワイトは、「うっ」と唸った。死んだ警官のことを思い出したようで、勢いが一瞬で消えた。


「貴方達は続けてくれるんですよね?」ホワイトが警官たちを見ると、残った中堅の警官たちはうなづいた。

「給料がいいし、休みも多いホワイト企業だしな」ティムが言うと、会議室で爆笑が起こった。


 ホワイトは、一人だけこの下らないダジャレを理解できず、警官たちをみまわした。ホワイト企業なんて言葉は、セカイトメントには無い。地球に言った事の無いホワイトには、わけが分からなかった。「ああ、もう! 書類配りますよ!」と、ホワイトは半ばヤケになり、書類を配り始めた。


 笑いの余韻を残しながら、警官たちは書類を書いている。名前を書くだけだが、膝の上に書類を乗せて書いているため、書きづらそうだ。フロードはちゃっかり黒板の前の机で書いているが、それでも字は下手だ。


「そういえば、任務と関係ないかもしれないんですけど、聞いていいですか?」ティムが書類を書きながら言った。

「なんです? 質問によっては答えますよ」

「地球人の心がこちらに来て具現化するなら、セカイトメント人の心も、地球に行ったりしないんすか?」

「ああ。しますよ」ホワイトは、さも当然のように言った。


「ただし、地球は心が具現化しない世界です。こちらから向こうに行っても、何もできないのがほとんどです。取り憑くものがあれば別ですがね」


 フロードは聞いてないふりをしているが、しっかり聞いている。自分も気になっていたが、質問するほどでも無いと思って、忘れていたのだ。ホワイトは続ける。


「たまに、地球人にも心を見る能力のある人がいて、セカイトメントから来た人を見ることがあるようです。それで、幽霊とかお化けとか騒ぐようです」

「なるほど」ティムは書類に視線を戻し、「書き終わりました」と立ち上がって、ホワイトに書類を渡した。


 “地球人を殺害する任務を続ける”と言う書類にサインをすると、緊急事態がなければ、 次の日は休める。ティムはフロードに歩み寄り「明日か今日、飲みに行かないか?」と聞いて来た。


「すまん、家族と約束があってな」とフロードが言うと、ティムは

「お、良いねえ。家族は大切に出来る時にするべきだぜ」と返した。


 ティムは軽く言っているが、彼は家族を失っている。それを知っているフロードにはかなり説得力があった。ティムは、フロードに顔を近づけ、耳打ちした。


「じゃあ地球で飲もうぜ」


 フロードは笑顔でうなづいた。それを見るとティムはニコリと笑い、会議室にいる全員に向かって手を振り、出て行った。


 ホワイトは、警官たちから書類を受け取りながら、横目でフロードを見て「聞こえましたよ」と言った。「全く……」とため息をつくホワイト。


「少なくとも、貴方達2人の精神は安定してそうですね」ホワイトは、笑顔をフロードに向けた。


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